第13話 動画3 クエスちゃんとエクスさん
木曜日にも世界史の授業がある。
しかし、教室を訪れたのは境川先生ではなく、副校長の
「この時間は自習となりました」
「副校長先生、境川先生はどうしたんですか?」ときみは訊く。
蟹谷先生は昆虫のように感情がうかがえない瞳をきみに向ける。
「境川先生は休職しました。あの人は変身生物だったのです。もう学校には戻ってこないかもしれません」
僕は驚いた。
クラスメイトたちもびっくりしたようで、教室内はざわめいた。
「境川先生は変身生物を駆除すべきだと言ってました。その先生が変身生物だったんですか?」
「そのとおりです。境川先生の言葉は、自らの正体をくらますための偽装だったのかもしれません。あるいは、自分が変身生物だと知らず、人間だと思い込んでいたのかも」
「境川先生はいまどこにいるのですか? どうなっちゃうんですか?」
きみの問いに対して、副校長は首を振った。
「私たちも詳細は把握していません。世界史の授業に関しては、臨時教師を探していますから、心配はいりませんよ」
「そんな心配はしていません。変身生物だと知られたらどうなるのかが、気になったんです」
「国家の機密に関することです。私にはわかりません」
副校長が本当になにも知らないのか、生徒には口を閉ざしているのか、僕には判断できない。
蟹谷先生が教室から去った後、きみは席を立ち、僕のそばに来た。
「時根、なんだか気味が悪いよ。境川先生が変身生物だったなんて。先生はどうなっちゃうの?」
「僕は多少、変身生物について調べているけど、はっきりしたことはわからないよ。殺されてしまうとも、研究所に収容されるとも言われている」
「どっちも嫌だね。境川先生のことはなんとなく好きじゃなかったけど、殺されてほしくはないよ。収容されるのもかわいそうだ。変身生物だとしても、人間と変わりなかったじゃないか」
「人間に擬態するのが、変身生物だからね」
「なんだか怖い。千佳ちゃんが、自分を人間だと思っている変身生物が増えているって言ってたよね。草壁先輩が変身生物かもしれないって、疑ってたよね。もしかしたら、ワタシもそうなのかな?」
「きみは心配しなくていい」
僕は根拠なくきみを励ます。
「僕はいつまでもきみの味方だ。たとえきみが変身生物だったとしても」
きみはこわばっていた表情をやわらげる。
「変身生物は解剖されるんだぜ!」とクラスメイトの誰かが叫んでいた。
昼休み、きみと僕はA組に寄り、志賀さんを誘って、校舎の屋上へ行った。
お弁当を食べながら話す。
「千佳ちゃん、境川先生が変身生物だったんだって」
「き、き、聞きました。さ、境川先生も綺麗な人でしたからね。へ、変身生物だったとしても、ウチは驚きません」
「綺麗な人はみんな変身生物なの?」
「そ、そうとは限りませんが」
志賀さんはきみを見つめる。
きみは境川先生よりも遥かに美形だ。
「こ、これを見てください」
志賀さんはプリーツスカートのポケットからスマホを取り出し、なにかを検索してから、僕たちに向けた。
そこには「変身生物を追う5 クエスちゃんとエクスさんの対談」というタイトルが表示されていた。
「ハローCQ、クエスちゃんやで~」
頭部がクエスチョンマークになっているセーラー服の女子高生が登場。
「クエスちゃん? なにこれ、キモかわ」ときみはつぶやく。
「変身生物シリーズの第5弾や。今回は対談をお送りするで~。ウチとエクスさんとで、変身生物について語っていくっちゅう企画なんや。見てってや~」
つづいて、頭部がエクスクラメーションマークになっている白衣を着た学者風の人物が現れる。
「びっくり研究所のエクスだ。世界の謎を探求している。もちろん変身生物も研究対象だ」
男性の声。クエスちゃんの声と同様に、電気的にひずんでいる。
「エクスさん、20世紀と21世紀とで、変身生物が大きく変わったと思うんやけど、そのあたりのことを聞かせてえな」
「20世紀は侵略初期で、変身生物はいろいろと試行錯誤していたようだ。失敗が多かったし、人間と異なる点も多々あって、分裂生殖なんかをしていた。しかし、21世紀に入り、彼女たちの侵略はより洗練され、熟練されてきた」
「訊きたいことはいろいろあるんやけど、まずは『彼女たち』という女性代名詞を使ったことから頼むわ」
「変身生物は女性型も男性型もあるが、大本は女性の姿であるようなのだ。女王変身生物という言葉もある」
きみは興味深そうに動画を見ている。
「じゃあ次、侵略の洗練について説明してえや」
「まず、人間との差異がほとんど見つからなくなってきたのだ。生殖方法も有性生殖に変わった。変身生物は人間とセックスし、子供を生むことができるようになったのだよ」
エクスさんの話を聞いて、きみは「セッ……」と声を出した。顔が赤くなっている。
「さらなる洗練としては、変身の高度化がある。変身生物は人間の美的感覚を学び、より美しい容姿になろうとしているようだ。その方が他人に好かれ、生殖のチャンスが増えるからだろうな」
「変身生物は天才的な知力や体力を持つ個体が多いとも聞くけど、本当なんやろか?」
「本当だ。高い能力によって、社会の中で中枢的な地位を得て、侵略を確固たるものにし、人間を支配しようとしていると考えられる」
「怖いわ~」
「怖いと言ってもよかろう。しかし、怖くないとも言える。変身生物の倫理観は人間よりも高いのではないかと私は考えている。武力行使を侵略手段に使わなかったことが、その状況証拠だ。変身生物に支配された社会の方が、人間だけの社会より、暮らしやすく平和な社会になるかもしれない。世界から戦争がなくなるかもしれない。だとしたら、その方が良いではないか」
「なるほどな~。そうかもしれんね」
「おっと、時間だ。まだまだ話したいことはあるが、私は研究に戻らなければならん。さらばだ、クエスちゃん」
「またな~、エクスさん」
クエスちゃんが手を振り、エクスさんが走り去って、小さくなっていく。
「対談というより、インタビューみたいになったけど、どないやったやろか。楽しんでもらえたならええんやけど。これからも変身生物について調べていくから、また見てな。クエスちゃんからのお願いやで~」
動画が終わり、志賀さんはスマホを仕舞う。
「つまり変身生物は、美人や天才が多いってことだね?」ときみは言う。
「く、クエスちゃんと、え、エクスさんは、そう推測しているようですね。で、でも、美人や天才がみんな変身生物だとは、い、言い切れません」
「まあそうよね。美人イコール変身生物って決めつけられたら、たまったもんじゃないよね」
「そ、その場合、り、凜奈さんは変身生物に決定ですね」
「ワタシは美人じゃないよ~」ときみは否定するが、衆目はそうは見ないだろう。
「へ、変身生物の侵略が、ど、どの程度進んでいるのか、ど、どのくらいの数が社会にひそんでいるのか、ぜ、全貌は不明です。う、ウチはその謎について知りたいんです」
僕はお弁当を食べ終わった。
彼女たちは話に夢中で、とてもゆっくりと食べていた。昼休み終了5分前の予鈴が鳴ってから、あわてて掻っ込んでいた。
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