第12話 姉と僕と変身生物

 帰宅したとき、美架絵流ミカエル姉さんはソファに座り、ビールを片手に大画面のテレビを見ていた。中国のSFドラマで、巨大なアンテナが映っている。

「ねえ、訊きたいことがあるんだけど」と話しかけると、姉はロング缶をぐびりと飲みながら、僕に視線を寄こした。


「もし僕が変身生物だってわかったら、姉さんはどうする?」

 彼女はテレビの電源を切った。

「おまえ、変身生物だったのか?」

「仮定の話だよ」

「そうだな……」

 姉は尖った顎に右手の指を当てる。

「調べる」

「姉さんは僕を調べるのか?」

「あたりまえだ。私は生命工学科の学生だぞ」

「そういえばそうだったね。いつもビールを飲んで、テレビを見ている姿しか目にしないから忘れてたよ」


 姉が手招きしたので、僕は彼女の隣に座った。

「いまや変身生物は、きわめて上手に人間社会に溶け込んでいる」

「どうもそうらしいね。そういう言説をよく読むよ」

「彼らは20世紀に宇宙からやってきた」

「断言できるの? はっきりとした証拠はないと認識しているんだけど」

「断言はできんな。まあ話半分に聞いておけ」

 姉のコーラルピンクの唇に、にんまりとした笑みが浮かんだ。


「円盤型宇宙船に乗って、太陽系外から地球を訪れた宇宙人、それが変身生物の正体だ」

 時根美架絵流は断言しつづける。クエスちゃんより胡散くさい。

「彼らは地球を制圧できるほどの武力を持ってはいなかった。地球人の方が危険な兵器を持っているぐらいだった。宇宙人は地球の核兵器に怖れおののいた」

「嘘くさいなあ。恒星間飛行できる科学力を持った生物が、原子爆弾や水素爆弾ぐらいで驚くはずがないよ」

「聡明な弟よ、彼らは宗教的な理由で兵器を生産しないのかもしれん。知的生物は殺さないという倫理を持っているのかもしれん。とにかく彼らは地球に対して、武力攻撃をしなかった」

「確かに、宇宙戦争は起こらなかったね」


 UFOが人類と戦争をしたという記録はない。

 地球人類は数々の人間同士での戦争を遂行したが、宇宙生物を相手取った戦争はまだやったことがない。


「宇宙人は核戦争のような愚かな手段は用いなかった。地球を放射能で汚染したくなかったのかもしれない。もっとスマートに侵略をした。変身能力を使った同化作戦だ」

 姉は変身生物の侵略を同化作戦と表現した。


「彼らは地球人を調査し、人間に化ける方法を生み出した。最初はうまくいかず、死んで砂になったり、液体になったりした。生殖方法もおかしくて、分裂生殖をしたりした。だが、彼らはしだいに巧妙になり、人間そっくりになった。人間そのものになった。たとえ解剖しても、見分けのつけようもないほどに」

 美架絵流姉さんはビールを飲み干し、アルミ缶を握りつぶした。

「彼らは完全に人間社会に溶け込んで、地球人と結婚したりしている。人間と変身生物のペアが、有性生殖で子孫を増やす。さて、ここまできたら、人間と変身生物は、もはや同じ種類の生物と言えるのではないか?」

「そうかもしれないね」


「弟よ、おまえが変身生物だとしたら、私は徹底的に調べて、人間との差異を探す。もしなにもちがいがなかったら、おまえは変身生物であったとしても、人間であると言える。私の言っていることはわかるか?」

「なんとなくわかる気がするよ」

「完全に同化したら同じ種だ。しかし……」

 姉は悲しげに微笑んだ。

「宇宙生物はきわめて巧妙に化けていると思う。彼らは人間以上の存在だ。きっと変身能力を維持したまま、人間になりすましていることだろう。地球人類には、解剖学的な差異を見つけることはできない。だが、我々には感知できない差異が、きっと存在しているはずだ。量子レベルか、さらに未知のレベルか、私にはなんとも言えないが」

 断言していた姉が、いつの間にか推測していた。


「私が思うに、いつしか真正な地球人はいなくなり、すべて地球外起源の生命体に入れかわっていました、というのが変身生物の侵略の最終形ではないだろうか」

 姉は持説の披露を終えると、冷蔵庫から新たなロング缶を取り出して、テレビの電源をつけた。    

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