第11話 親睦会

 僕たちは草壁先輩を受け入れることにした。

 きみは希望に満ちあふれたような明るい顔をし、志賀さんも微笑んでいる。

 逆に僕の心の中には不安しかないが、この4人で前に進んでいくしかない。

 あとひとり入ってくれれば5人。野球同好会は部に昇格できる。

 当面はそれが目標だ。


「あ、あ、あの、提案があるのですが……」と志賀さんが言う。

「どうしたの、千佳ちゃん?」

「こ、このあと、ファミレスにでも行きませんか? そ、そこで親睦を深められれはいいなって、お、思ったんです。う、ウチたち、まだ草壁先輩に自己紹介もしていませんし、と、友達と寄り道するっていうのに、憧れがあって……」

「それいいじゃん、行こうよファミレス」

「僕もかまわないが、先輩はどうします?」

「もちろん行く。おまえたちと親睦を深めたい」


 というわけで、僕たちは駅前にあるコスパが良いと評判のイタリアンレストランに立ち寄った。

 4人掛けのテーブル席に案内され、きみと僕は隣り合って座った。対面に草壁先輩と志賀さん。

 全員がドリンクバーを頼み、きみはティラミス、僕はジェラート、志賀さんはチョコレートケーキを注文した。先輩は目を輝かせてカルボナーラを選んだ。


「先輩、家で晩ごはんは食べないんですか?」

「もちろん食べるぞ」

「カルボナーラを食べて、まだお腹に入るんですか?」

「おまえがなにを言っているのかわからん。スパゲティはおやつだろう?」

「時根、高校生の胃袋は無限大だよ! ワタシたちだってよくラーメンを食べて帰るじゃないか」

「ラーメンは別腹だ!」

「と、時根くん、言ってることが先輩と変わりません……」


 考えてみれば、ラーメンもスパゲティもちゅるっと食べられる麺類だ。どちらも別腹だと言っていい。

 僕らはドリンクバーへ行って好きな飲み物を選び、席に戻った。


「まずは自己紹介から始めましょうか」

 僕はとりあえず仕切り役をつとめた。

「おう。ではまず先輩であるあたしからいくぞ」

 露骨に先輩風を吹かせながら、草壁先輩が立ち上がる。

「あたしの名は草壁静。根なし草の草に、立ちはだかる壁の壁、静御前の静だ。ポジションは投手で、県下一のピッチャーであると自負している。バッティングは残念ながら得意ではない。当たればホームランまちがいなしなのだが、三振率が10割なのだ」

「先輩、ホームラン打ったことあるの?」

「いや、打席に立つと必ず三振するから、まだ打ってない」

「ホームランまちがいなしって言えんやろー!」ときみは突っ込む。

「適切なツッコミありがとう。感謝する」と言って、先輩は座る。


「言いたいことがあるから、次はワタシね」

 座ったまま、きみは話し出す。

「ワタシの名前は空尾凜奈。隣にいる時根とは生まれたときからの幼馴染よ。保育所時代からキャッチボールをしている仲なの。ポジションは投手。ここ重要なんだけど、県下一のピッチャーはワタシ。ゆえに草壁先輩はどんなにがんばっても、県で2番目ってことになるわね」

「意義あり! 1番はあたしだ」

「勝負する?」

「受けて立とう!」

 ふたりは睨み合った。

「待ってよ。けんかしないで!」

「時根、これはけんかじゃない。ワタシと先輩のポジション争いだ」

「チームにピッチャーがふたりいてもいいだろう?」

「じゃあ先発投手争い」

「とにかく今日は争わないでくれ。親睦を深めるために来たんだぞ。亀裂を深めてどうする?」

「それもそうね」

 きみは口をつぐむ。


「では次は僕で。名前は時根巡也です。好きなものは野球とラーメン。インスタントラーメンからエスカルゴラーメンまで幅広く食べてます」

「え、え、エスカルゴラーメンなんてあるんですか?」

「あるよ。コスパ悪いけどね。えー、自己紹介をつづけます。ポジションはキャッチャーです。小学4年生のときから空尾とバッテリーを組んでいます。バッティングは割と得意で、中学時代の公式戦では、ホームラン率3割でした」

「え、え、打率じゃなくて、ほ、ホームラン率3割なんですか?」

「打率は6割だよ」

「か、怪物……」

「すごいじゃないか、時根! あたしが投げて、おまえが打つ。青十字高校の勝利の方程式がいま完成した!」

「ワタシが投げて、時根が打って、勝つのよ!」

「けんかしないで! じゃあ最後は志賀さん、どうぞ」

「あ、う、えっと、志賀千佳です……」


 彼女がおずおずと自己紹介を始めたとき、間が悪く、注文の品が運ばれてきた。

 カルボナーラを見て、草壁先輩の目がきらりと光る。

 フォークを握りしめて、「いただきまーす」と言う。もう志賀さんは眼中にないようだ。

「つづきは食事が終わってからにしようか」

「そ、そ、そうさせてもらいますね」

 僕たちも甘い物を食べることにした。

 先輩の食べっぷりはすさまじく、僕がジェラートを食べ終わる前に、カルボナーラをぺろりとたいらげていた。

 自己紹介が再開される。


「えっと、ウチ、野球はまったくの初心者なんです。あ、あの、野球観戦は好きなんですけど……。しゅ、趣味は、せ、世界の謎の探求です。さ、最近は変身生物のことが気になっていて、い、いろいろと本を読んだり、ど、動画を見たりしています」

「変身生物の動画?」

 僕は興味を惹かれた。

「クエスちゃんの謎なぞチャンネルって知ってる?」

「く、く、く、クエスちゃん! し、し、し、知ってます!」

「あれ面白いよね?」

「あう、え、ええ、興味深いですよね。ふふふっ」

 志賀さんは笑った。僕を同好の士だと思って、喜んだのかもしれない。


「へ、変身生物は世界の敵みたいに言う人もいますけど、う、ウチは、そうじゃないと思うんです。に、に、人間と同じ形態を持ち、せ、せ、生殖もともにできるとなれば、に、人間と、へ、変身生物は、もはや同じ動物と言えるのではないでしょうか」

 志賀さんは変身生物擁護派だったのか。僕と考え方が近い。


「やさしい意見だな、志賀。だが、変身生物は人類になりかわろうとしている侵略者で、見つけしだい殺さなくてはならんと考えている人も多い。それについてはどう思う?」

 草壁先輩も変身生物の話題に乗ってきた。

「て、天才と見られていた人間が、実は変身生物だったって例が、き、近年、とても増えているんです。に、人間社会を支えているのは、す、すでに変身生物なのかもしれないんです。き、共存共栄するべきです」

「それは人間社会が、変身生物社会とでも言うべきものに変貌しつつあるってことだよな? 早急に社会を人間の手に取り戻さなくてはならないんじゃないのか? そう考えている人が多数派だ」

「く、草壁先輩が変身生物だったとしても、そう言えますか?」

「えっ、なに言ってんの、おまえ?」


 先輩は顔を真っ赤にして、どんっと拳でテーブルを叩いた。

「あたしは人間だ! 変身生物なんかであるわけがないじゃないか!」

「じ、自分を人間だと思っている変身生物が、ふ、増えているんです」

 志賀さんは反論する。

「せ、せ、先輩はさっき、じ、自分のことを県下一のピッチャーだと言いました。せ、先輩は天才投手なのかもしれません。て、天才は、変身生物であることが多いんです。先輩は、へ、変身生物かもしれないんです」

 草壁先輩は言葉を失った。

「く、加えて言えば、な、並はずれた美貌の持ち主も、変身生物である可能性が高いというデータがあるんです。せ、先輩は、すごい美人です。へ、変身生物なんじゃないですか?」

 先輩は表情を険しくして、沈黙をつづけた。

 志賀さんは僕たちを見回した。

 きみも抜群の容姿を持つ天才的な投手。僕は中学時代に天才ともてはやされたことがある打者。

 僕たちは変身生物なのかもしれない。

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