世界の敵と愛し合え！

第8話 動画２ 変身生物の女王

　夜になり、僕は自分の部屋で動画を見る。

　クエスちゃんの「謎なぞチャンネル」が最近のお気に入りだ。

「変身生物を追う３　全滅した地区」をタップ。

「ハローＣＱ、クエスちゃんやで～」

　頭部がクエスチョンマークになっているセーラー服の女子高生が登場して、元気よくあいさつする。

「変身生物シリーズの第３回は、謎に包まれたその生態に迫っていくで。最後まで見てえな～」

　ひずんだ女性の声にも慣れてきた。

「１９６８年秋　Ｓ県Ｃ市Ｔ村Ｕ地区にて」というテロップ。

　細い砂利道とその背後に広がる針葉樹林の画像。

　林の上空に黒い楕円がある。ＵＦＯに見えなくもない。

「１９６８年９月２６日、Ｃ市Ｔ村で空飛ぶ円盤の目撃情報があったんや。Ｕ地区に住む佐藤由美子さん、３３歳、主婦がその日行方不明になった。発見されたのは１０月１日。砂利道で倒れていた」

　道にうつ伏せになっているロングスカートを穿いた女性の画像。相変わらず粗い写真だ。

「佐藤さんはその間の記憶がないと話してる。ウチは彼女がアブダクションされたと確信しとる。帰ってきた佐藤さんは変身生物やったんや」

　女性の横顔が映る。モノクロの写真で、目がマジックで消されている。個人の特定はできそうにない。

「その年の秋、Ｕ地区で行方不明事件が続発した。いずれも数日後に発見されたが、行方不明者の数はなんと５７人にも及んだ。地区の人口のほとんどすべてや。１０月から１１月にかけてのことや」

　林の上に浮かぶ満月の画像。そんなものまでＵＦＯに見えてしまう。

「不思議なのは、空飛ぶ円盤が目撃されたのは一度きりで、円盤はひとつだけだったということや。大量アブダクションの証拠はあらへん」

　黒い楕円がクローズアップされる。ただのピンボケの楕円でしかない。

「１１月３０日、佐藤さんが刺殺されるという事件が起きた。その日、Ｕ地区の住民はほぼ全員、砂になってしまったと言われておるんよ」

　木造校舎のある小学校の校庭にいくつかできている砂の山の画像。

　砂利道の上に点々と連なる砂の山の画像。

「変身生物は女王から分裂して増殖するという説がある。女王が死ぬと、その子孫も死ぬと言われとる。ウチは、佐藤由美子さんは女王やったんやないかと見てる」

　再び映る女性の横顔。

「この話には後日談があって、１９７０年代になって、Ｕ地区のあちこちから人骨が発掘されたんや。佐藤さんが殺して埋め、代わりに変身生物を増殖させたんとちゃうやろか」

　セーラー服の女の子が公園で砂の山をつくっている動画。その顔にはモザイクがかけられている。

　僕はふと、クエスちゃん本人ではないかと思った。

「変身生物についてはわからんことばかりや。これからも調査を進めるから、また見てな。クエスちゃんからのお願いやで～」

　クエスちゃんが手を振る。

　画面にエンドマークが映り、第３回が終わる。

　間を置かず、僕は次の動画を見る。

　第４回は「変身生物を追う４　恐怖の分裂生殖」というタイトルだ。

「ハローＣＱ、クエスちゃんやで～」

　頭部がクエスチョンマークになっているクエスちゃん。

　だんだんと見慣れて、なんだか親近感を覚えるようになってきた。

　僕のために変身生物について調べてくれているような気さえする。そんなはずはないけれど。

「変身生物シリーズの第４弾や。今回はウチが集めた分裂生殖中の画像を公開するで。著作権フリーのもの、著作権者から許諾をもらったもの、両方見てもらうからな～。残念ながら、許可が得られへん写真が多くて、あまりたくさんの画像はないんやけどな」

　クエスちゃんがひずんだ声で語る。

「キモい画像が多いから、スプラッタが苦手な人は見ん方がええかも。裸体にはモザイクをかけるから、エロくはないはずや」

　白人女性の裸の画像。相変わらず粗い写真で、胸と股間にモザイクがかかっている。

　その女性が奇妙に膨張している画像に差し替わる。

　人体がふたつに分かれる途中のような画像に替わる。画像は極めて粗く、輪郭がぼやけている。

　白人女性と白人男性の裸の画像。女性は元の姿と同じように見えるが、はっきりとはわからない。

「これはオーストリアの研究者が撮影し、公開してるもんや。ひとりの女性から別の男性が分裂して生まれる過程を撮影したもんや。著作権フリーやから、使いたい人は使ってもええで」

　ドイツ語の本の画像。僕にはなんて書いてあるか判読できない。

「さあ、次はいよいよ著作権ありの画像や。ウチの関係者が特別に許諾を取ったものやから、みんなは利用したらあかんで。複製や二次利用は禁止や。見るだけにしといてな。えげつない画像やから、視聴注意や。苦手な人はホンマに見たらだめやで」

　日本人らしき女性の下半身が液状になっている画像。

　顔が溶けかかっている女性の画像。

　男と女、ふたつの人体が混ざり合って、手足が８本ある画像。

　腕と足を共有しているふたりの女性の画像。

　３つの人体が溶けあっている画像。

「かなり怖いやろ？　ウチはホラー映画見るの平気やから、まあなんともないんやけどな」

　僕も平気だったが、静止画像だからかもしれない。動画なら、相当気持ち悪いだろう。

「変身生物のことは興味が尽きんね。引きつづき調べていきたいと思うとる。また見てな。クエスちゃんからのお願いやで～」

　クエスちゃんがお辞儀し、エンドマークが映る。　

　変身生物分裂生殖説は本でも読んだことがある。

　この説は２０世紀には有力だったらしい。

　ひとりの変身生物がウネウネとうごめいて、ふたつに分かれたところを見たという記録は、実は世界中でありふれている。

　しかし、分裂生殖目撃談はゼロ年代に急減し、いまでは完全になくなっている。

　変身生物有性生殖説が現在の主流だ。

　変身生物は進化を遂げたのかもしれない。