第7話 きみと僕と死神

 翌日もきみと僕は一緒に登校する。

「昨日の夜、変化球の投げ方をネットで研究したよ」ときみは言う。

「ツーシームやカットボールから練習すべきという理屈はわかった。でも、ワタシはやっぱりスプリットやスライダーを投げたい」

「焦らないで」

「決め球がないと、甲子園には行けない」

「甲子園出場は来年でも再来年でもいいじゃないか。それにきみの速球は充分に決め球として通用するよ」

 きみは不満そうな顔をする。


「速球と変化球をビシビシ決めたい。今年から全国大会に行きたいよ」

「どうしてそんなに甲子園にこだわるの?」

 きみは思いつめたような顔をして僕を見る。

「時根とつくる最高の思い出が欲しいんだよ」

「えっ?」

 僕はきみを見つめる。きみは耳まで赤くなって、うつむいてしまう。

「ちょっと、それどういう意味?」

 きみは答えない。

「ねえ、なんか意味深なこと言ったよね」

「うるさい! なにも言ってないよ」

「言った」

「言ってない言ってない言ってない」

 きみはそう言い張って、ずんずんと歩いていってしまった。


 青十字高校に到着。

 僕たちはそこで嬉しい光景を見た。

 野球同好会のポスターの前で、小柄な女の子が立ち止まっていたのだ。

 きみは急いで上履きに履きかえ、掲示板に向かって走っていった。僕もすぐに追った。


「ねえ、野球に興味あるの?」ときみは声をかける。

 話しかけられて、女生徒はすごくびっくりしたようで、身体をのけぞらせた。腰まで伸びている赤茶色の髪が広がった。

「あ、う、ウチは……」

 彼女は口ごもった。

 左目が前髪で隠れている。右耳の少し上に死神の髪飾りをつけている。

 顔色は青白いが、目鼻立ちは整っていて、可愛らしい子だ。僕はなんとなくリスを思い浮かべた。垂れ目でビクビクして、臆病そうなところが小動物っぽい。

 同じクラスではないが、見覚えのある顔。たぶん1年生だ。


「野球好き?」

 きみが詰め寄ると、死神の髪飾りの女の子はじりじりと後ずさった。くるっときみに背を向けて、脱兎のごとく逃走する。

「あっ、待って!」

 きみは叫ぶ。その子は階段を駆け上っていく。

 きみは追う。死神の髪飾りの子は逃げる。僕も階段を走って追う。


「こ、来ないでください~」

「ワタシの教室もそっちなんだよ」

 女の子はおとなしそうな外見とは裏腹に、意外な運動能力を持っていて、階段を一段飛ばしで駆ける。速い。

 きみも僕も足は速い方なのだが、追いつけない。

 彼女は4階まで一気に走って、教室に飛び込む。そこが1年A組であることを、僕たちは確かめた。


 昼休み、きみと僕はお弁当を持って、A組へ行く。

 死神の髪飾りの子はひとりぼっちで席に座り、弁当箱を包む布を広げているところだった。

 きみはずかずかと歩いていく。

「一緒に食べていい?」

 女の子はぶるぶると首を振る。

「えーっ、いいじゃんいいじゃん、ちょっとお話しようよ」

 その子は弁当箱を持って立ち上がる。

 彼女はまた逃げ出した。すぐさま僕たちは追う。

 逃走先は屋上だった。

 彼女はそこでうつむいて、僕たちを待っていた。


「お、お、お話はしてもいいです。で、でもウチ、教室でしゃべるのは、ち、ちょっと恥ずかしくて。き、吃音だから……」

 恥ずかしがり屋の女の子だった。僕は別に吃音を気にはしない。

「お、おふたりは、そ、空尾さんと時根くんですよね。や、や、野球部を復活させようとしている……」

「ワタシたちのこと知ってるの?」

 こくこくとうなずく。


「ウチ、き、興味のあることを調べるのが、す、好きで。や、野球も好きで。ぐ、グラウンドで練習しているおふたりを見て、き、き、興味を持ったんです」

「やっぱり野球好きなんだね。名前を教えてよ!」

「し、し、志賀千佳しがちかです」

「しがちか? 死が近っ! 死神みたいだね!」

 きみは失礼なことを口走る。

「え、えへっ。へ、変な名前ですよね。実はウチ、し、死にも興味があって、死んだらどうなるんだろうなあって、か、考えるのも好きなんです。ゆ、幽霊っていると思います?」

 死神の髪飾りをして、野球が好きで、死や幽霊に興味があって、人見知りな志賀千佳さん。

 本当に変わった子だ。


「いたら面白いよね!」ときみは会話をつづける。

「お、お、面白いですよね」

「志賀さん、友達になろう!」

 きみは両手を伸ばし、志賀さんの手を握る。

「えっ? う、ウチと友達になってくれるんですか? と、と、友達……い、いい響き……」

 うっとりした表情になる志賀さん。


「友達になって、野球をして遊ぼう。野球部に入ってよ! いまは同好会だけど、すぐ部に昇格させるから」

 きみはすかさず勧誘する。

 志賀さんは我に返って、ジト目になる。


「と、友達になってくれるって、嘘ですね……。そ、空尾さんは、ウチを野球部の頭数にしたいだけ……」

「ちがうよ! 頭数なんて全然考えてない!」ときみは力強く言う。

「即戦力だよ! 志賀さんは足が速い。盗塁王になってよ!」

「そ、即戦力? む、無理です。う、ウチは野球を観戦するのが好きなだけなんです。や、やったことありません。ま、守れないし、打てません。ま、ましてや盗塁なんて、絶対に無理……」

「初心者大歓迎だよ!」ときみは声を大にして言う。つい先日「初心者は歓迎しない。経験者がいい」と言っていたくせに。

「うう、か、考えさせてください……」 

 ついに志賀さんが前向きなことを言う。


「千佳ちゃん、入って!」

 きみはさらに迫る。

 無理強いは良くないと僕は思うが、きみの勢いを止めるタイミングがない。

「ち、ち、千佳ちゃん?」

「ワタシのことは凜奈って呼んで!」

「り、り、凜奈さん……」

「凜奈! 呼び捨てで!」

「り、凜奈……さん」

「凜奈!」

「む、無理です、凜奈さん……」

「まあいいや。で、野球同好会入ってくれるよね、千佳ちゃん」

 きみはひまわりのような笑みを浮かべて、志賀さんに顔を近づける。

 彼女は顔中を真っ赤にして、のぼせたようになっている。

「は、は、は、入ります……」

 とうとう志賀さんは押し切られてしまった。僕の幼馴染は強引だ。


 その後、僕たちは屋上でお弁当を食べた。

 ガールズトークがつづき、僕はふたりを見守る。

「野球の練習しようね」

「は、はい」

「守備位置の希望とかある?」

「せ、セカンドを守れたらいいな、とは思います……。好きなんです、セカンド……。無理でしょうけど」

 2塁手は状況判断の鋭さを求められるむずかしいポジションだ。クレバーな人が向いている。あわせて守備範囲が広く、肩が強いことが望まれる。

「千佳ちゃんならできるよ!」

 志賀さんの野球能力はまだまったくわからないのに、きみは自信満々に断言する。

「そ、そうでしょうか?」

「本塁へ送球! 必ず刺す死神の千佳、なんてね」

「え、えへ、し、死神の千佳、かっこいい……」

 人見知りなのに、けっこうチョロい志賀千佳さん。

 放課後、きみと僕は志賀さんを職員室へ連れていき、高浜先生に引き合わせた。  

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