第6話 きみと僕と生徒会

 放課後、きみと僕は生徒会室へ行く。

 最初はそれがどこにあるのかも知らなかった。担任教師の歌丸先生にたずねて、2階にあると教えてもらった。

 ポスターを持って、ドアをノックする。

「どうぞ」という返答を待って、僕はドアを開けた。


 中には4人の生徒がいた。

 上座の机についているのが生徒会長だろう。背の高いぱっつんボブの大人っぽい女子で、切れ長の目をしている。

 他に男子がひとり、女子がふたりいて、会議用の机で向かい合っている。副会長、会計、書記といった役どころなのかもしれない。


「ようこそ生徒会室へ! ボクは生徒会長の喜多緑きたみどりだ。お茶でも飲んでいきたまえ!」

 いきなりテンションの高い対応をされて驚く。

「お茶はいりません。ポスターの掲示許可をいただきに来ただけですから」と僕は答えたのだが、

「せっかくだからお茶をもらおうよ」ときみは言う。 

「ネネくん、お茶を出してあげてくれ! きみたちは座ってくれたまえ!」


 間髪入れず喜多会長が指示を出した。

 背が低く、目がくりっとした童顔の女子が立ち上がって、茶葉からていねいに紅茶を淹れる。

 きみと僕は空いているパイプ椅子に座った。

 小学生とまちがってしまいそうな容姿のネネくんと呼ばれた女生徒が、しずしずとティーカップを置いてくれる。甘い香りが立ち昇ってくる。


「アールグレイなのじゃ」と彼女が言う。

「ありがとうございます。いただきます」

 僕たちは紅茶を飲む。

 僕は紅茶には詳しくなくて、ティーバッグで淹れたものをたまに飲む程度なのだが、これがかなり美味しい紅茶だとわかった。味も香りも上品だ。

 生徒会のメンバーはこんなものを毎日飲んでいるのだろうか。セレブなのか?


「名前を教えてくれないか?」と生徒会長から訊かれる。

「1年B組の時根巡也です」

「同じく1年B組、空尾凜奈」

「時根くんと空尾さんか。あらためまして、ボクは3年の喜多緑。紅茶を淹れたのは、生徒会書記で2年の毬藻まりもネネくんだ。あとは……まあ一度には覚えられないだろう。今日はボクとネネくんのことだけお見知りおきをお願いする」

「よろしくなのじゃ」

「はあ……」


 正直言って、僕は度肝を抜かれていた。

 変わった生徒会だ。それとも高校の生徒会ってのは、どこもこんなものなのか?

「さて、用件を聞こう。ポスターの掲示許可だったか?」

「はい。これを昇降口の掲示板に貼らせてもらいたいんです」

 僕は喜多会長に手描きのポスターを渡す。

 彼女は目を見張った。


「これは野球部の勧誘ポスターじゃないか。野球部員はいまいないはずだが……」

「ふたりいます。僕と空尾です」

「きみたちは野球部の新入部員だというのか?」

 僕たちはうなずく。

 会長は嬉しさと悲しさが相半ばしているような微妙な表情になる。

「そうか。伝統ある野球部に復活の可能性が出てきた。喜ばしいことだ。しかし、このポスターの掲示は許可できない」

 僕は衝撃を受ける。許可できない?


「なぜですか?」

「来たれ野球部と書いてあるが、部員が5人いなければ、部とは認められない。つまり現在、野球部は存在していないんだよ」

「えっ? そんなこと、高浜先生は言ってませんでしたよ。入部届を受け取ってもらいました」

「部活動の管轄は生徒会だ。高浜先生がなにを言おうと、言うまいと、いま野球部は消滅している」

「そんな……僕たちは勧誘をしたいんです。9人以上集めて試合をしたいし、地区予選に出場したいとも思っています。どうか許可してください!」

「そうだそうだ! ワタシは青十字高校を甲子園球場に連れていくつもりだよ!」

「甲子園? でっかく出たな。そういう気概は嫌いではないぞ」

「本気だよ! ワタシたちバッテリーは、中学で全国大会に出場した実績もある」

「ほう?」


 喜多会長が生徒会室にひとりだけいる男子生徒に視線を送る。

 黒縁眼鏡をかけた男子が、ノートパソコンのキーボードをすばやく叩く。

「本当ですね。青鷺中学の空尾凜奈さんと時根巡也くん。去年の全国中学校軟式野球大会に投手と捕手として出場し、2回戦で惜敗しています。空尾さんの自責点は全国大会2試合でわずか1。両試合とも完投しています。時根くんは1回戦でスリーランホームランを打っています」

「ふうん。それは頼もしいね」

 会長は身を乗り出す。


「野球部を野球同好会と書き直してくれれば、掲示を許可しよう。むずかしいことじゃない。部の文字を二重線で消し、上の余白に同好会と書けばいいだけのことだ」

「かっこ悪い……」と僕は言うが、

「それだけでいいの? マジックを貸してください!」ときみは喜ぶ。

 きみの手でポスターの標語が訂正された。

 渾身のポスターが不格好になってしまって、僕は悲しい。


 ネネさんが「掲示許可済 青十字高校生徒会」というゴム印を押した。

「いまは野球同好会だが、5人揃ったら部への昇格を認めよう。がんばってくれたまえ」

 会長は満面の笑みを浮かべる。

 きみと僕はお辞儀をして、生徒会室を出る。

 昇降口へ行き、掲示板に野球同好会への入会勧誘ポスターを貼った。

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