第15話

 「君子くんさぁ、なんであんな変なやつらにわたしが元刑事だと言って、ここに呼んだんだよ。なんだよ行方不明って…?わたしが探してあげるとでも思ったのかな?」

 相変わらず君子は平然として、わたしの話しすら聞いていない様子だ。

 「わたしが刑事と知っている人間はそうそういない。どう考えてもお前だよね。それに歳だって変わらないし」

 わたしのことをまったく無視している君子だが、何も気にしていないのが分かるだけに、無性に腹が立つ。

 君子は、今だにバックヤードの六畳の部屋に住んでいた。もう、いい加減いい歳をしているというのに、体たらくな暮らしぶりだ。

 我が家は割と裕福で、近所にある自宅はいくつか部屋があって、君子ひとり増えても全然影響しない。親父は、身体を悪くして引退しているが、カイくんに構われながらのんびりと暮らしているし、刑事を辞めたわたしも実家に暮らしてはいるが、決して君子の邪魔にはならないと思う。だが、君子は頑なに我が家に引っ越そうとはしない。

 まぁ、別に構わないのだが、しかし、店にずっといられるのはちょっと煩わしい。

 「君子くん聞いているの?君子くんは友人の助けになろうなんて微塵も考えていないだろう。何くんだったか?金子くんだっけ、もしかしたら顔もろくに知らないのではないのか?」

 「そんなことはない!」

 やっと君子が口を開いた。

 「そうか?お前さぁ、本当は忍者の幽霊ってだけで、興味示したんではないか?あれから、もう何年経ってると思ってるんだ?」

 そう尋ねても君子は返事をしない。ただひたすらパソコン画面を見ながら、しきりにキーボードを打っている。わたしが喋らないと、キーボードの音だけが響く。

 「あの日、確かに見たよ。あの古文書のなかにあれが吸い込まれるように消えていったのを。でもねぇ、もう記憶も曖昧になっているだろう。本当にあんなことがあったんだろうかと思ってしまうよ。もう、忘れてしまえよ」

 「うるさい」と、君子が声を荒げる。「おっさんねぇ、本当にぼけーっとしているよね。私はねぇ、幽霊には興味ない!」

 「いやいやいや、わたしは知っているよ。君子くんがオカルト好きとは到底思えないんだが、しかし、お前っていつもそんなものを必死で調べているよね。それさぁ、やっぱりあの幽霊が関係しているんだろう?」

 「だからさぁ、おっさんって何にも分かってないよね。アンテナ機能ゼロだよね。気づいてよ!私、まだ、本当に幼かったんだよ。高蔵家の骨董品が持ち込まれてからなんだよね。うちのパパやママがおかしくなったのは、それからすぐ二人とも死んでしまったのよ。ねぇ、本当に気づかなかったの?あの骨董品がここに運ばれてすぐ、ここの空気が変わったのが?」

 「えっ?何の話ししているんだ?」

 「あーあ、やっぱりね。なーんも分かっていなかったんだ。じじぃがあんたのこと、やたら、病的なほど勘がいいってうざいこと言っていたから、ひょっとしてと思ってたけど、思った通りだわ。おっさんが勘がいいわけないものね」

 「鈍いよ」わたしは、小声で呟いた。

 高蔵家の骨董品?君子はそれをずっと気にかけていたのか?だとしたらすごくしぶとい。恐ろしいくらいしつこい。と、思ったけど、両親の死に関係していたのなら、そう決めつけるのも可哀想かな。

 「高蔵家の骨董品って、何だっけ?」

 「高蔵家と聞いてもピンと来ないの?おっさん、刑事辞めて正確だよ。高蔵家が広大な土地を騙し取られたのって、忘れていないよね。高蔵家のご当主は自殺。そして奥様も跡を追うように自殺した事件。その事件があった同じ時期に奥さんが家の蔵にある骨董品を売りに来た。じじぃがその骨董品を全部引き取ってしまったのだけど、その骨董品の中にまずいものがあると、ママが言っていた」

 「ママが言っていた?まだ生きている頃か?だったら君子くんはまだ4、5歳くらいだよね。確かにあの頃、叔母さんは店を手伝っていたけど?叔母さんが骨董品の中にまずいものがあると言ったとはどういう意味だ?」

 「おっさん、いつかママには霊を見る力はないと言ってたよな?大間違いだ。ママは、パパより見る力もあるし、感じる力もあった。パパより強かった!」

 「おぅ、そうなのか?だとしても何故わたしを責める?わたしはそんな話しを一度も聞いたことがない。わたしを責めるのはお門違いだ。…て言うか、お前そんな餓鬼の頃からずっとそのことを気にしていたのか?」

 君子は、暫く黙り込んでいたが、ぽつりと呟いた。

 「だって…仕方ないじゃない…。おっさんは自分のした事何も覚えていないんだな」

 わたしは、それ以上何も言えなかった。

 勘がいいのは、君子の方だ。4歳か5歳か、6歳?知らんけど…、そんな小さな子供がおそらくこれからの人生が大きく左右されてしまうほどの、異様な空気を感じ取ってしまったのか?

 「あれは、いつだったかな?おっさんの同僚?刑事がここに来たことあったよね。私は裏で聞いていたんだよ。高蔵蒼子がタワマンで飛び降り自殺した事件のこと」

 「あの日か…」

 「あれは自殺ではないと、刑事は言っていた。私は、その高蔵蒼子を覚えているんだよ。骨董品を売りに来たのは高蔵蒼子の母親だった。そして、ここのところ記憶が曖昧なんだけど、蒼子の父親が自殺をした後に蒼子が骨董品を買い戻しに来たんだ。あの例の古文書と、そしてもう一つ。でもじじぃが絶対駄目だ。と怖い顔して断っていた。それでも蒼子は引かなかった。だからじじぃは仕方なく古文書だけ預けていた。売ったんではなく、貸していたんだ。もう一つは絶対駄目だって。それは呪われたものだから、持っているだけで不幸になると。命すら保障できないとじじぃが言っていたのを覚えている」

 「もう一つって何だ?」と、わたしは尋ねた。

 「それが覚えていないんだ。…っていうか、それをじじぃもあの蒼子っていう人も口に出していたんだけど、それがなんかキーンってなって何て言ってたのか、どうしても思い出せないんだよ」と、君子が言う。

 「それで、君子くんは何を気にしているのだ?」

 「おっさんまじかよ。思考能力もゼロだな。私は、あの刑事が言ったように高蔵蒼子は自殺ではないと思っている。いや、私は刑事ではないから、そんなことを追求したところで、何だ!ってことになるから…。今更おっさんに言ったところで仕方ないことも分かっているし…。ただ、蒼子っていう人、じじぃに古文書借りて、あの忍者の封印を解いているということになるだろう。で、私は見てないけどその後古文書をじじぃに返しているんだよね。なんでわざわざそんなことをしたんだろうね?」

 「それは…、お前の両親が死んだことと、なんか関係があるのか?」と、わたしはそもそも君子がなにを言おうとしているのか分からないので、適当に答えた。

 「分からないよ。何も関係ないのかもしれない。でも、私は、高蔵家と葵家と両親を結びつけるものを探さずにはいられない」と、君子が言う。いつも何を考えているのか分からない君子が、静かな口調ではあるが、必死だ。

 「それで、何で葵家がそこに入っているんだ?」

 「だからそれを刑事が言っていたんだ。…って言うか、やっぱりあの時、おっさんは何も聞いていなかったんだな。どうせ興味ないんだよね。なんかおっさんと話すの疲れるわぁ」

 「分かった分かった。じゃあさ、もう一度その古文書からやつを引っ張り出せばいい」

 「えっ?そんなことできるかな?」

 「じじぃならできるかもしれないなぁ。しかし、普通にしても面白くないよな。高蔵蒼子で再現しよう。場所はあの時、高蔵蒼子が住んでいた場所。タワマンの1002号室な」

 「そんなこと何か意味あるの?」

 「ある。忍者の霊を出すついでに高蔵蒼子の霊も出すんだ!」

 「何言ってるの?」

 「それを動画に撮って、葵に見せるのさ。餌だ。高蔵蒼子はお前がやれ。加工したら何とかなるだろう。場所は再現する。わたしは何故か、高蔵蒼子の自殺の現場写真の記憶が鮮明に残っている。再現できるぜ」

 「えっ?もしかして1002号室で?」

 「あそこは今誰か住んでいるのだろうか?」

 「いや、あの事件から誰も借り手がない。いまだにあの自殺の話しは消えない。あの事件が発端でいろいろな心霊話しが作られていて、蒼子は妖怪として生まれ変わっている。結局、AOIエステートが買い取って、誰も住んでいないと思う」

 「妖怪ってなんだよ。そうなのか?まぁ、でも何もそこで再現する必要もないか。何処かで再現して、ネットにアップして、コメントに場所の特定を誘導すれば、案外簡単にタワマンの1002号室だと盛り上がるだろう。後はわたしが葵に教える」

 「葵って?まだ付き合いあるの?」

 「それがあるんだ。わたしは、葵の自宅にも行ってるのさ。これまでもあいつにいろいろ売っている。まぁ、昔で言う押し売りだな」

 「おっさん…」君子の声が大きくなっていく。「なんかわくわくしてきた!わくわくしてきたけど…。餌って何だ?そんなことをして何か意味があるのか?」

 「まぁ、そうだな、わたしも分からない。ノリで言ってみたが…。まぁ、十年ぶりに過去の罪に関わる出来事が起こることで何かしらの動きがあるかもしれない。やましいやつは何かコソコソするんではないのか?知らんけど…。まぁ、そうだよな…意味分からんよな。忘れてくれ」

 「忘れろ?何言ってるんだ。やるよ。派手に!あっ、でも忍者の霊を出すのは、なんか面倒だからそこは上手くやるよ。餌を撒くのなら、何も忍者の霊をださなくてもいいでしょう?」君子はやっぱりわくわくしている。そんな君子を見るのは初めてだった。

 「君子くんの好きにするといいよ」

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