第13話
「なんか反応ありました?」
「まぁまぁ、そう急かさなくても。こういうことはのんびり構えるものなのだよ」
ちょっとせっかちに問いかけてくるのは、君子だった。私の従兄弟だ。今は、名目上私が営む骨董品屋にバイトとして雇っている。実際は父が営んでいたのを引き継いだものだが。
君子は、いつもはあまり喋らない。しかし、随分前に君子に作ってもらった動画についての反応が気になるのか?定期的に問いかけてくる。そろそろ忘れてしまうのではないかと思っていたが、君子は忘れない。
しかし、ただ動画の出来を気にしている訳ではなかった。
あれは1年くらい前だっただろうか、私の元に行方不明者の捜索の依頼が舞い込んできたのだ。何故、そのような依頼が舞い込んでくるのかと言うと、私が以前刑事だったからだ。ただ、それだけのことだ。しかし、刑事を辞めてもう随分なるし、そんな面倒なことはもう出来ない。それに今更、私が刑事である事を知っている者がいることが驚きだった。いったい誰から聞いたのかと思ったら、君子だった。
それは、君子が大学の時に仲が良かった金子裕司君の彼女の友人がある日、突然連絡がつかなくなった。心配になった彼女がマンションを訪れると、郵便受けに封書やチラシが溜まっていたそうだ。
連絡もつかない。マンションに帰ってきた様子もない。それで彼女はいてもたってもいられず、金子裕司君に打ち明けたのだ。
連絡がつかなくなる前から彼女は、その友人のことをひどく心配していた。
「
「マンションに引越したその夜に、まず金縛りにあったそうなの。その時に男の幽霊を目撃したと言うの。男の幽霊は、着物を着ていて頭巾を被っていた。まるで忍者のようだった。と…。それから度々見るようになり、花乃も恐怖のあまり次第に口数も減って食欲がなくなりどんどん痩せていったわ」
「えっ、何それ?」と、裕司君はそんな荒唐無稽な話しが身近に起こっているのが信じられなかった。だからと言って花乃という人は直接の知人ではない。だから余計に信じられなかったのだ。
「もし、本当に事故物件だったら、そのマンションを紹介した不動産に直接問い合わせたらどうだろうか?」と裕司君は助言をしてみた。
「そうよね。裕司君も一緒に来てくれないかな?」と、彼女に頼まれたが、実際、裕司君はすごく嫌だった。余計なことを言わなければ良かったと思いながらも、この先、ずっと花乃さんのことを相談されるのだろうな。とちょっと憂鬱だった。そこで、こんな話に興味がありそうな君子に相談をしたのが始まりだった。
「わぁ、何それ!」君子はあからさまに不快な態度をとったそうだ。明らかに面倒ごとを押し付けられると思ったからだ。
しかし、事故物件が気になるのが、君子の悲しいサガだ。
裕司君には嫌な顔をしながら、マンションはAOIエステートという不動産会社が仲介をしていることを早々に調べると同時に事故物件サイトで、そこが事故物件ではないことを確認していた。また、AOIエステートが仲介している事故物件率も調べていた。
そして、金子裕司君と彼女が私の店にやって来た。
金子君は私を呼びつけ、いきなり話しを切り出した。
「すみません。彼女の友人が行方不明になってしまいました。探して頂けないかと思い、お伺いいたしました」と、突然話し出すから、私はただただぼーうっと裕司君の顔を眺めていたと思う。
「あのぅ。花乃ちゃんと言うんですけど…」と、裕司君が言うと、彼女がそれを遮ってべらべらと捲し立てた。
「花乃ちゃんは、行方不明になるような子ではないのです。すごくきちんとしているし、規則正しく生活しているし、これまでのことを考えると、行方不明になる要素が全然ない。マンションに原因があると思うんです。花乃ちゃん、忍者みたいな霊を見たと言ってました。それから花乃ちゃんは変わりました。いろいろ調べてみましたが、あそこが事故物件だという証拠がひとつも見当たらない。でも花乃ちゃんが事故物件と言うのだから間違いないです。花乃ちゃんは取り憑かれていたんです。不動産…調べました。AOIエステートと言うところです。絶対そこが何かを隠しているに違いないのです。お願いです。その会社を調べて下さい!」
おいおい、この娘はべらべらと何を喋っている。きーぃんと響いているぞ。裕司君のいきなりの話しから事故物件だの不動産会社を調べただの、会話が破綻している。
「お前ら、何だ?いきなりべらべらと。ここは骨董品屋だ。交番ではないぞ。交番くらい調べられるだろう。帰れ」
「あっ、いえ。それは分かっています。交番ではなくてもあなたは元刑事さんなんでしょう。警察には行きましたよ。届出を出すだけで、何もしないとはっきり警官がぼやいてましたよ」と、金子君が言う。
「だからなんだと言う話しだ。何が調べて下さいだ。知るか。そんなもん。帰れ帰れ!」
「お金ならあります。依頼だと思って下さい」と、彼女が言う。
「うるせー。馬鹿か君は?漫画の見過ぎだ。とっとっと帰らないと通報するぞ!」
私の言い方が怖かったのか?金子君と彼女は納得いかない様子を見せながらも帰って行った。
それにしても、人に説明する時は、相手に分かりやすく話すものだ。女の方は頭に浮かんだ言葉を何の考えもなく、放出しているだけだ。
二人が帰ると、バックヤードから君子が出てきた。
「何かありましたか?」
「何か訳の分からない馬鹿者どもが来たから、追い返した。塩でもふっておいてくれ」
「へえー」
その時、君子がとぼけていたのは、後から知った。
だか、私は、少し気になって考えていた。もし、君子が知ってて、裕司を私に会わせたとしたら、末恐ろしい。
AOIエステートという会社を私は知っていたからだ。
まだ刑事だった頃、AOIエステートがエンジェルタワーマンションの管理を任せられる少し前だ。ある事件が起こった。10階の1002号室の住人が飛び降り自殺をしたのだ。そのせいでネットで必要以上に騒がれて、しばらく収まらなかったことがあった。時期を同じくしてエンジェルタワーマンションの管理会社がAOIエステートに変わったのだが、そのことはあまり知られていなかった。飛び降り自殺との因果関係は認められていなかった。
私は捜査には直接関わっていなかったのだが、飛び降り自殺したのは、高蔵蒼子という女性で、自殺と他殺の両方から捜査が行われていたということだ。しかし、私は、関わっていない捜査にはあまり興味がなかった。と、言うか、仕事にまったくの意欲がなかったのだ。
しかし、何故か私はAOIエステートの社長を個人的に知っていた。事件の関係者だということを知ったのは後になってからだ。
AOIエステートの社長、
そんなある日、葵社長がひとしきり機嫌良く喋って、今日は酔いすぎたからと、いつもより早く帰っていった後、突然、刑事がふらりと店に入ってきた。
私は、その刑事を知っていた。
あまり関わりのない刑事だったが、見るからに陰湿そうで、人と連まない嫌われ者だった。しかし、切れ者で検挙率が高いキャリア組などと影で噂されていた。
あまり関わりたくないのだが、何故こんな店にのこのこやって来た?
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