第11話
父の知人に古物商がいた。
父を訪ねてくる人々は、もっぱら儲け話しや、なんだかんだ色々な話しをしながらも結局は借金の申し出をしてきたり、利害で縛られている人ばかりだ。
しかし、その古物商は、そういった利害とはかけ離れた話しをしていた。つまり謎だった。古い友人らしいが、儲け話しをしている訳でも、父の地位に群がる商売人とは何処か違った。
ある時は、古びた木彫りの人形を持参し、人形に纏わる呪いの話しをしていたり、またある時は掛軸を広げて、歴史上の武将のエピソードを楽しそうに語っている。父もそんな古物商の話しを楽しそうに聞くのだ。やがて売買の話しになるのだろう。と、私は胡散臭く聞いているのだけれども、そうはならない。
古物商はただ話しを聞かせて、それで終わる。その後お酒を飲むこともなく、別の話しをすることもなく、すぐに荷物を仕舞い込み、そそくさと帰っていく。
どちらかと言うとオカルトっぽい話しに花が咲くのだが、父にそんな趣味があるなんて聞いたことがなかった。しかし、少なくとも楽しそうに話しているし、無理している様子もない。それに長い付き合いみたいだけど、一貫して、オカルトっぽい話しをしている。
オカルトの話しをしている父は、何だか稚拙で気持ち悪いと感じていたが、それでも楽しそうにしているので、聞いている分にはその気持ち悪さはあまり気にならなかった。
私はと言えば…。
父は、いつもリビングルームでお客様を迎えた。母は、ある程度接客をしたら、早々に2階へ上がっていった。主に利害関係のある客だから、母が居なくなっても父は、さほど気にしなかった。
私は、何故だかダイニングテーブルでいつも聞き耳を立てている。父は私を叱ったりしない。娘にすごく甘い父親だったのだ。
そんなある日、古物商が古文書を携えてやって来た。
父は古物商のことを、いつも親しげにカイ君と呼んでいた。カイ君は私の中ではいつも怪君と変換された。
怪君はすごく暗い。単調な喋り方をするので、明るく喋る父とはすごく対照的だった。しかし、単調な喋り方をしていても何故かすごく引き込まれてしまう。初めの頃は、胡散臭さ丸出しだった怪君に不快感を抱いていたのだが、いつしか怪君がやって来るとわくわくしている自分がちょっと恥ずかしかった。
その日、怪君は、突然、古文書を出し、ちょっと不敵な笑いを浮かべると、興奮しているのか、いつもより声のトーンが高かった。
私は怪君の姿を見かけると、黙ってハイボール缶を片手にいつものようにダイニングテーブルに落ち着いた。
「今日はちよっと面白い話しがあるんです」と、怪君が言う。
「面白い話し?またか?お前の話しはいつも胡散臭いんだよな。たまにはこうさぁ、ワクワクするような話しを持ってこいよ」言葉と裏腹に楽しそうに父が言う。
「いえ、今日は本当に面白いんです」と、怪君が得意げに言う。
「本当だろうな。まぁ、その古文書、ちょっと気にはなるがなぁ」
ソファの前にあるたいそう高価な骨董品のテーブルに置いた古文書はなかなか絵になっていた。
怪君は、白い手袋をはめると、すごくバカ丁寧に古文書を開いた。
「これは、個人宅で管理された物なのです。いずれお返ししなくてはならないものなので、ちょっと扱いに注意しなくてはいけないんです」
「へぇ、個人宅?歴史を揺るがすものなのか?歴史は史料が出ると次々に上書きされてしまうから面白いよね。でもカイ君がそんなに興味があるというならば、歴史と言っても表舞台のものでもないのかな?」
怪君が謎の笑みを浮かべる。あっ、これは私の想像だ。何故なら私は怪君には背中を向けていたからだ。父は、お客様が来たからといって、挨拶を強要したりしないから、怪君にとって、私は空気だろう。
「まぁ、そうですね。ただ、古文書に載ってる文を現代語訳で読み解くと、これはもしかして、最上義光なのではないかとか思ったりする所もあります。まぁ、専門家に見てもらう必要がありますが、所有者は、それを望んではいないものですから…」
「それは良くないな。最上義光だとしたら、きちんと歴史資料館に寄贈するか、報告すべきだ。歴史的発見をみすみす埋らせてはいけないな」
「まぁ、そうなんですが、どうもこれは間謀の記録のようですね。つまり忍びの者ですね」
「へぇ、間謀の記録か?そこかぁ、カイ君が興味あるのは?」
「まぁ、そうなんですが、主君を支える謀略がちょっと奇想天外なところとか?」
「へぇ、主君が最上義光ならば益々面白いよね。でもね…わたしはこう見えても、歴史にはあまり詳しくないのだが、記録って、なんか不思議ではないか?
「そうですね。僕も考えました。江戸時代に誰かが講談とか物語として、書いたものなのかもしれないと。しかし、それは誰も分からないことでしょうし、それはそれで捨てがたい」
「確かに。でもカイ君がそそられたのは、歴史的な価値からなの?カイ君と最上義光がさぁ、なんかぴんとこないなぁ」
「あぁ、そうだね。でもこれが本当に最上義光なら、やっぱり面白いと思うよ。ここには戦の前に敵の武将の家臣を調略していた時の様子や主君の甥に無理やり娘を嫁がされ、嫁ぐ前に甥が謀反の罪で処刑され、結局娘はその巻き添えとなって処刑されている。ずっと主君を恨み続けるも、どうやって仕返しをしようかとか、そんな記録はまさに最上義光。最上義光は冷酷な武将と知られる一方で謀略家だとも言われている。戦で多くの死人を出すくらいなら、卑怯と言われても娘婿でも殺してしまうような謀略家だ。その影で暗躍していたのが、この古文書の記録にある間謀ということなのだけど、名前まで記されたあるんだ」
「間謀…つまり忍びかぁ?忍びの記録にして、名まで記されているのか?なんか怪しい古文書だな。昔は名など明かさないと聞くが?なんと言う名前なのだ?」
「
「へぇ、聞いたことないな。まぁ、個人宅に保管されたままだったからだろうけど…でも、そういう資料が重要だったりする。鑑定するべきだと思うけどな」
「さて、その蔵間風士なのだが、実はネットで調べていたら面白いのがあってさ…」と、怪君がなんかごそごそしている。私はちょっと気になってわずかばかり怪君の方を見てみた。スマホを父に見せていた。
「なんだこれ。『わたしの先祖は忍び。うちの蔵に保管された謎の古文書に記された方法で、先祖の忍びを召喚してみました』なんだこのやっすいの。この動画、長い?」
「長い。まぁ、結局古文書の解説とか、古文書通りの方法で降霊術を行えば霊が降りてくるというもので、その通りに実行した動画だから恐ろしく長い。」
「うわぁ、見たくないんだけど…」
「暇な時でいいよ。だいたいのことは教えるから」
「いやいや、わたし、こう見えても会社の社長だ。そんな時間ないぞ」
「そうか?」
「カイ君くらいだ、いい大人なのに、そんな時間があるのは」
「そうなのか?まぁ、たっぷり2時間あるかな。だからあまり再生されていない。しかし、それで良かった。最初から古文書の解説しているから、おそろしくくそつまんねぇ。これで途中で諦めた奴多数。それで更にPVも壊滅的に低い。だから逆に良かったんだろうな。最後に古文書通りに召喚の陣を描いて、何やら呪文を唱えている。その時だ一瞬、陣の中に人の姿が映るんだよ。そしてすぐに煙のように消えた。しかし、実は消えていないんだよ。召喚した女が言うんだよ。『あなたは蔵間風士ですか?』女の言葉にまるで答えるように白い煙のような塊がふわっと現れるんだよ。それから女は時々動画をアップしている。霊はまだいる。と。そして、銀の花瓶や女の眼鏡に反射した窓の景色で、誰かが場所を特定しているのだが、それがどう見ても、タワーマンション。そうなんだ。君が管理しているところではないかと思うんだよ?」
怪君の話しに父は暫く黙っていた。
「ああ、カイ君の興味はそこなんだ?」と、父が笑った。
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