第8話
わたしが見えている人の姿と、斛芥が見ている人の姿には齟齬があるのではないか。と。
わたしの話しを聞いていても、何か、根本的なものから食い違っているような気がして、いつも釈然としない。と言う。
わたしは、斛芥になるべく丁寧に自分が見えている人の姿を入力した。
見えている状況は一人ひとり違った。まず斛芥は生々しい。触ることは出来ないが、肌の感触まで伝わってくる。そして、声もすごく透明ではっきりと聞こえる。
わたしの部屋を訪ねてくる女はちょっと違う。斛芥と同じなのは声だけ。クリアではっきり聞こえる。ただ見た感じは少し違った。淡い、青い靄に包まれたように不透明で、その顔は、ぼんやりと見えた。
そして何より、今わたしの部屋でぶつぶつ呟いている女は完全に黒い靄に覆われて、もう顔を見ることも出来ないのだ。声も四方に割れぼわんぼわんと籠った声をしているので、何を言ってるのかさっぱり分からないのだ。女と思っているが、正直性別も分からない。
そして、時々見かける、斛芥の近くにいる男は淡い、黒い靄がかかっているが、顔を見ることができる。男は、わたしが見えているのが分かる。しかし、声が響きすぎて、キーンとする。結局何を言っているのか分からない。しかし、この男がわたしに何か話しかけているのは分かる。
わたしは、わりと時間をかけてそうした情報を斛芥に伝えた。
「どうして、人によって、そんなに見え方が違うのだろうか?そもそも、どうしてそんなフィルターがあるのだろうか?」
『フィルターとは?』
「あぁ、ごめんイメージなんだ。僕にしてみたら、例えば僕の近くにいる男って兄のことだと思うんだけど、淡い、黒い靄って上から被せたフィルムのようなイメージなんだけど、なんでそんなものが見えるかだよな?兄は、ああ見えて刑事なんだ。いつも凶悪な犯人と接している。僕はそんな人と関わりを持つことなんてないだろう。つまり、凶悪な犯人なんて色で言うと、真っ黒のイメージがあるから、関わりを持つ兄もまた、黒く染まってしまったのかな?と、思ったりする。いやあくまでもイメージなんだけど。そのフィルターって、もしかして魂そのものなのではないのかな?だったら逆だな。魂は、僕らの肉体の中にある。肉体自体が魂のフィルターなのかもしれないなぁ…なんちゃって」と、言いながら、斛芥は更に首を傾げる。
『へぇぇ、魂なんだ。。。』
「まぁ、そう考えるのが自然だよな。知らんけど…」
『だったら、わたしの部屋でぶつぶつ呟く、あの女は真っ黒だ。これの意味は何なんだろう?』
「それを僕に聞くの?そんなのって、一度死んでしまったハットリ君の方が詳しいのが定石だよ。そして、それを教えてくれてさ…、例えばハットリ君のお陰で難事件を解決!なんてのがセオリーだと思うんだよなぁ」
『なんだそれ?』
「あぁ、アニメなんかそうだからさ。なんかハットリ君がさ、心霊の力で人が知らないことを僕に教えてくれてさ、そして難解な事件を次々と解決、周囲の人間がびっくり仰天するんだよ。だから僕は優越感に浸れる。それが面白いんだよ」
『お前様が優越感に浸りたいだけだろう。わたしは斛芥の知らないことはもっと知らない自信がある』
「だよな。なーんも知らんもんね」
『うるせー。しかし、あの真っ黒の女は、それだけでなくすごく嫌なものが伝わってくる。まぁ、わたしの思い込みかも知らんけど』
「嫌な感じとは?」
『あれは、欲を貪り欲に囚われ理性を失い、獣のように欲を満たすためだけに人を害する畜生界の匂いがする。さしずめ人であるのなら金に支配され、周囲の者を深く傷つける。金のためなら自分より弱い者を傷つけ、最悪、殺害してでも自身の利欲を満たそうとする者さえいる。そういう類いの人間だ』
「うわっ、危ないやつではないか?ってか、突然仏教か?」
『あぁ、人間の状態はそれが一番伝え安い』
「へぇ、畜生か?なんかぶつぶつ呟いているんだろう。なんて呟いているのか知りたいよね。あっ、そうだ。スマホには録音機能があるんだよ。なんかできないかな。そこにはさ、もう一人いるんだろう。その人に上手く頼めないかな?」
『もう一人か…。わたしは、時間で言うと、結構長くその女と接していたのだが、淡い、青い靄の記憶がないんだよ。あの女は別人だったのか?なんではっきりしないのだろう。実は、人の見え方が違うなんて
「そんなことどうでもいいよ。アプリ教えるから録音頼んでみなよ。スキを見てぶつぶつ呟くその女の近くに仕込むんだよ。って、言うかその女はぶつぶつの内容は聞いていないのかな?」
『分かった。試してみる。ダメだったら、また逃げられるだけの話しだ。まず、なんて呟いているのか先に聞いてみるよ。聞いてないのなら録音頼んでみる』
「何かアクション起こさないと進まないからね」
それからわたしは部屋に戻った。部屋を開けたのはわずかな時間だったと思うが、その間に部屋の様子が変わっていた。パソコンを置いたデスクと、ベッドだけの部屋で、すっきりとした空間だったと思うが、床には様々なものが散らかっていて、ベッドの上は衣服やゴミが散らばっている。無色透明な空間だったと思うが、今は灰色の霧が漂っているような感じだった。窓の外はもう日が暮れ、電気はついていないが、その様子は暗くても窺うことができた。ひどく気分が悪い。
どうやら真っ黒い女はいないようだ。
わたしは、部屋の扉を抜け出た。他の部屋は灯りが灯されていた。わたしは、すぐに青い女を見つけた。
ああ、なんということだろうか、青い靄はどちらかと言うと空色に近く、ごく淡いものだったと言うのに藍色のごとく濃くなって、更に女の顔が見えにくくなっていた。
わたしはひどく胸騒ぎがした。黒い女から影響を受けているに違いないと思い、テーブルに置かれたスマホと呼ばれている箱に触れてみた。しかし、斛芥のスマホのようにすんなりいかない。どうやら合言葉が違うようだ。何度が試みたがやはり無駄だった。斛芥は何故教えてくれなかった?わたしは途方にくれた。その時、青い女が正しい合言葉を入れ、スマホを置いた。正しい合言葉も読み取れた。しかしメモアプリを探したが、斛芥のものとは違う。だがすぐに見つけることができ、素早くわたしは青い女に伝えたいことを入力した。
「その心は?」
なんと青い女が叫んだ。
わたしは驚いた。やはり別人ではなかったのだ。わたしは安堵のあまり、急いで入力した。
『畜生界とは、お前様の近くにいる者が住む世界のことだ。そこは真っ黒い闇に覆われた世界だ。物欲にまみれ、獣のようにそれを欲するままに生きている者たちが住んでいる。その者と共にいると、やがてお前様は傷つき、最悪、命を落としてしまうかもしれないし、或いは、お前様自身が物欲にまみれ、獣のように人を害する者となるかもしれない。お前様がそうなりたくないのなら、あの者との関わりを断つしかない。姿すら見かけることのない所へ逃げなさい。少しでも関わり持っていると、地獄界のお前様は更に深い苦しみの中から逃れられない無限地獄へと落ちるしかないのだ』
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