第7話

 私は、後悔していた。

 事故物件プランナー。あまりにも謎すぎて、不気味だった。しかも常識知らずで、時々苛立ちを覚える。

 彼女は、準備をすると言って一旦自宅へ帰り、2時間くらいで私のマンションへやって来た。私は、彼女の荷物に驚いた。

 彼女は、玄関に着くなり、挨拶一つ言わずに、早速部屋に入った。脱ぎ捨てた、違う方を向いて倒れたパンプスを整えながら、私は嫌な感情が湧き出るのを押さえた。

 それから彼女は、リビングで少しばかり立ち止まると、迷わず、霊が出るという部屋に入っていった。そして、まるで入って来るなという意思を込めているのか?扉を勢いよく閉めた。感情が籠った音が響く。


 そんな彼女を見て、私は不安しかない。こんな訳の分からない人を部屋に招いて大丈夫だったのか?不動産で話した時は少なくとも常識的に見えた。いやいや、事故物件プランナーなんて肩書きをつける人間がまともなわけがないのだ。何故、もっと慎重に考えなかったのだろう。

 やがて、彼女の、何を言っているのかよく分からない呪文のような声が部屋の中から聞こえてきた。なんと不気味な声だ。私は扉の前に立ち竦んだ。この呪文のような不気味な声は、いったい何を言っているのだろうか?除霊でもしているのか?

 除霊をするなら説明をしてほしかった。私は、ただ不安と不信感を覚えていた。


 彼女の、地を這う呪文のような声を聞きながら、時間が意外と過ぎないデジタル時計を睨みつけ、私は部屋中を行ったり来たりした。何も手に付かないのだ。

 することがない私は仕方なく寝室に入って、ベッドに潜り込んだ。しかし、見知らぬ他人が別の部屋にいると思うと、不安だ。財布とか貴重品とか大丈夫だろうかと、下世話なことを考えてしまう。そんな自分もまた嫌な感じだ。

 そうだ、せめて、これから眠る挨拶くらいはしなくてはと勇気を出して、また扉の前に立った。まだ呪文は聞こえる。

 うーん、声を掛けたくない。できることなら関わりたくない。駄目だ。このまま声を掛けなかったら、もう二度と声を掛けれない気がした。勇気を出して扉を開けた。

 彼女が振り返る。少し驚いた表情だ。しかしすぐに感情のない顔に戻った。いや、何か?と言った表情だ。

 「寝ますが…?」と、私は言った。

 「どうぞ。」と、彼女が言う。

 彼女は、床に薄いマットを敷いて、胡座をかいていた。まるでヨガでもしていたかのようだ。しかし、これまでのことを考えると、座禅だろう。

 「あの…お腹空いてませんか?」私は尋ねてみた。

 「お構いなく」素っ気なく彼女が言う。

 「あの…何をしているのですか?」と、勇気を出して尋ねてみた。

 「呼んでます。」

 「えっ、除霊をしていたのではないのですか?」

 「出来ません。」

 「ずっと何を呟いているのですか?」

 「霊に問い掛けています。しかし何の反応もありません。」

 「それはいつまで続けるのですか?」

 「答えてくれるまでです。」

 「身体壊しますよ。」

 「壊しません。」

 「と、言うことは、答えてくれるまで、ここに来られるつもりなのですか?」

 「いいえ。結果を出すまで帰りません。」

 「えっ?なんと?」

 「帰りませんよ。」

 「えっと、それは困りますね。」

 「えっ?そのつもりでしたよね。怖いのでしょう。鳥居様が3ヶ月無事に住めるようにサポートいたしますので、私はそのつもりでしたよ。あなたもそのつもりだったと私は認識しています。ですから私のことはお構いなく。あなたが無事に住めるように致しますので」

 「えぇぇぇ。えっと。私はきっと大丈夫。ええ、大丈夫と思います。ですから、どうぞ帰っていただいても大丈夫ですから。」

 「どうぞご心配なく。鳥居様の不安は必ず取り除きますから」事故物件プランナーは頑なに言う。そして、私を更に不安にさせる一言を言い放った。

 「口を挟むな」

 その目は鋭く、私の胸に突き刺さった。もしかして…これが本来の姿?

 そして、私は、本当に何も口を挟めなくなった。


 本当に恐怖を覚えたのは、次の日の朝だった。

 その日私は、昨日仕事を休んでしまったことで、いつもより早めにキッチンに向かった。すると、なんと、あの事故物件プランナーが夜中に食事をしたのか、流しに洗い物が置いてあった。そればかりか冷蔵庫から食品が無くなっていた。物色したのかレイアウトも荒らされていた。

 「えぇぇ、勝手に…?そんなことってあっていいの?」と、私は思わず叫んでいた。「いやいやいや。友達じゃないよね。いやいや、友達だって、ちゃんと断るよね。えぇぇぇ、いやいや、どんな人であろうと、他人の家でなんか食べたら後片付けくらいちゃんとするよね。何、これ、私に洗え。と言ってるの?分からない。」

 私は、何もしないで、朝食も取らずに、彼女に声を掛けるか散々迷ったあげく、霊の部屋の扉を開けた。

 なんと、彼女は見たこともない、とんでもない寝相でいびきをかいて気持ち良さそうに眠っていた。

 「くそが?」私は、そう叫んでしまった。

 私の叫び声に何の反応もなかったので、とにかくイライラしながら、支度をして、会社に向かった。


 仕事をしている間、私はずっと不安だった。通帳は大丈夫だろうか?ブランドのバッグは?アクセサリーは?日常で覚えることのない不安に支配された。こんな不安はエアコンのスイッチの消し忘れくらいだ。いつもどんな状況でも自分が気持ち良くなるためだけに話しかけてくるパートのおばさんの話しもまったく耳に入らない。気がついたらおばさんもいなくなっていた。とにかく一刻も早く家に帰りたかった。


 仕事が終わると速攻で家に帰った私は、驚くべき光景を見た。

 キッチンのシンクに洗い物が追加され、ダイニングテーブルには、出しっぱなしの調味料とか口をつけたスプーン、飲みかけのグラス。皿はシンクに持っていっても付属品まで気が回らなかったのか?それにそこかしこに散らばったパンくず。

 この光景を見て冷静にはいられない。思わず私は貯金通帳やブランドのバッグやアクセサリーを確認してしまった。無事だった。しかし、こんな自分もまた浅ましくて不快に思った。


 事故物件プランナーは相変わらず霊の部屋に篭っているのか?仕事から帰ってきた部屋の中は恐ろしく静かだった。霊の部屋も静かだ。

 私は、彼女がいるのか、霊の部屋の扉を開けることが出来なかった。

 まるで、何かに閉じ込められているみたいだ。何か?それは自分自身でしかない。私は自分で自分を閉じ込めてしまったのだ。すごく不自由だ。


 私は身体全身の力が、いや魂が抜けたように椅子に腰を落とした。目の前にはダイニングテーブルに置かれた汚れたスプーンがある。瞬発的に力が籠り、自分でも思いもよらずスプーンを払った。壁にぶち当たる音がけたたましく響く。

 その時だった。無意識に置いたスマホ画面が光った。私はびっくりして、スマホを見た。パスコード画面が表示され、何度もぶるぶる震えてる。それは間違ったパスコードをタップした時に起こるアクションだ。

 えっ?

 私は、恐る恐るスマホを手にした。

 壊れた?えっ?感染した?

 一旦画面を落とし、パスコード画面を開きパスコードを入れた。普通に開いた。大丈夫よね。と、変わったアプリがないか確認した。うん大丈夫。

 そして、スマホを置いた。すると、勝手にメモアプリが開かれた。

 心臓が止まりそうだった。

 『あれは、畜生界。関わるな。』

 入力された。

 えぇぇぇ? 何、何、何…?

 「その心は?」私は思わず叫んでいた。

 事故物件の霊と、訳の分からない事故物件プランナーの2択かよぉぉぉ?

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