九段

 男がいた。その男、退屈だったので、「地元にいても仕方がない。旅行にでも行くか」ということで出かけた。

 道を知っている人もいなくて、カーナビ任せで、昔からの友人二人と連れ立って行った。

 茨城県のひたちなか海浜公園というところに着いた。

 駐車場に車を止め、三人はベンチに座って、おにぎりを食べた。その公園では、チューリップがとてもきれいに咲いていた。それを見て友人のひとりが、「チューリップを題材にして、星新一っぽいショートショートを考えてみろよ」と言ったので、男は考えた。




 それほど遠くない未来の話。

 遠い宇宙のかなたより、ベギギ星人の商人が巨大な円盤に乗って、地球を来訪した。

 地球側は侵略されるかと思ったが、ベギギ星人の商人はその意思のないことを示した。

「科学力も我々に数段劣り、めぼしい資源も見当たらない。侵略して植民地にする価値はない」

 そのように、商人は冷たく言い放った。その言葉に、地球側は安堵するとともに複雑な心境に陥った。

 しかし、次のように、商人が口にしたので、地球側は喜んだ。

「あなたがたが育てているチューリップという植物には、我々にとって商品価値がある。一千億人いるベギギ人がチューリップを待っている。いくらでも買ってあげよう。支払いは、あなた方が金と呼んでいる金属でもいいし、我々の商品と物々交換でもよい」

 「ぜひともお願いします」と言い、地球側は、集められるだけのチューリップをかき集めて、ベギギ星人に渡した。その代わりに金や、ベギギ星の商品を手に入れた。

 にわかに、チューリップの栽培ブームが地球に起きた。いたるところにチューリップが植えられ、ベギギ星へ輸出された。

 他の物を植えていた田畑はチューリップ畑となった。武器をつくったり、使ったりする暇もなくなり、戦争や紛争はなくなった。環境汚染も緩和した。


 めずらしいチューリップの球根は高値で売買された。

 その様を見て、17世紀のオランダで起きたチューリップ・バブルを思い出した少数の人びとは、懸念を示したが、バブルに浮かれている大勢は聞く耳をもたなかった。

 しかし、その懸念通り、ある日、突然、ベギギ星人はチューリップの輸入を停止した。

 地球は大混乱に陥り、抗議をしたが、科学力で勝るベギギ星人は聞く耳をもたなかった。

 ベギギ星人は大船団で地球を囲み、「我々の支配を受け入れるのならば、いまの混乱を正してあげましょう」と恫喝してきた。それから、いろいろと地球側で内輪もめがあったが、結局、地球はベギギ星による支配を受け入れた。


 チューリップで覆われた地球は、それひとつがひとつの庭園、ベギギ星人の保養地と化した。

 地球人は、地球を訪れるベギギ星人相手に観光業を営みつつ、それ以前には考えられないほど、のんびりと暮らした。




 男が話し終えると、友達はおにぎりをむしゃむしゃと食べながら、まあまあだなと言った。

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