足元

 エヌ氏が不動産屋に出向くと、同い年くらいの若い男が、名刺を差し出して来た。

 それを受け取りつつ、エヌ氏が、「実は転職することになってね、いま住んでいるアパートからだと遠くなるので、引っ越そうかと思って」と言うと、男は満面の笑みで、「さようですか。新しいお勤め先はどのあたりでございましょうか?」とたずねてきた。

 エヌ氏が会社の場所を教えると、「そのあたりなら、よい物件がいくつかありますが……」と口にした後、男は小声になり、「大変失礼ですが、お客様、ご結婚のほうは?」と聞いてきた。

 別に隠すことでもないので、エヌ氏は結婚をしておらず、恋人もいないことを告げた。

「そうですか、それなら、いい物件があるのですが、いまから内見に行きませんか?」

 朗らかな笑顔の男に誘われて、「いいけど、ふつう、間取り図とか見てからじゃないの?」とエヌ氏は答えた。

 それに対して、「まあ、まあ」と笑顔を崩さない男に半ば強引に押し切られ、エヌ氏は内見に出かけることになった。

 男は電話をかけ、「ええ、いまからお邪魔しますので、よろしくお願いいたします」と電話の相手に向かって頭を下げた。まだ、人が住んでいる物件のようであった。


 あるマンションの一室の前で、男がチャイムを鳴らした。

 ドアが開く間に、「この部屋は3LDKとなっております」と男が言ったものだから、エヌ氏は驚いた。

 エヌ氏が「おいおい、独り身の男に、そんな部屋数はいらないよ」と言ったところ、「でしょうね。ですから、部屋の半分は別の方が使います。いわゆるルームシェアというやつです」と応じてきた。

 他人と同居などする気がないエヌ氏が、内見を断ろうとしたところ、ドアが開き、彼は言葉を失った。

 中から出てきたのは、とてもセクシーな若い女であった。上はTシャツ、下はホットパンツという姿の女が、大きな瞳でエヌ氏を見上げつつ、「あら、いらっしゃい。あなたがルームシェアを希望されている方」と甘い声で言った。

 それから、「どうぞ、中に入って」と言いながら、女は部屋の中へ入って行った。エヌ氏と男は、かわいく揺れるお尻に目をとられながら、二人同時に「はい」と返事をした。


 男が部屋の説明をはじめたが、エヌ氏はヨガをはじめた女の姿態がどうしても気になり、話が耳に入ってこなかった。不動産屋の男のほうも、ときおり、彼女の様子をちらちらとながめていた。

 やがて、一通りの説明を終えた男が、女に見とれているエヌ氏に向かって言った。

「ご説明は以上となります。ところで家賃のほうですが……」

「えっ、いくらだって?」

 男の提示した額は相場の三倍はあった。エヌ氏の予算を完全にオーバーしていた。

 「お嫌なら、別の方にお勧めしますが……、どうされますか?」と抑揚なく言う男に、「うぬぬ」とエヌ氏が唸っていたところ、女が、甘い、甘い独り言を口にした。

「汗をかいたから、シャワーを浴びてこようかしら」

 そういいながら、女はエヌ氏の前でTシャツを脱ぎ、ブラジャー姿で浴室へ向かって行った。豊満なバストが揺れながら、エヌ氏の前を通り過ぎて行った。

 その様子を見つめたまま、エヌ氏が叫んだ。

「ええい、負けた。ここにするよ!」

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