不良少年が地獄に堕ちていく過程

やみお

幻想は唐突だった

「ハァハァハァ…。律、今日も可愛いな」

父の酒気を帯びた息が吹き掛けられクラクラする。気持ちが悪い。大人はよくこんなものを好き好んで飲めるなと思う。父が朝から酔っているのはいつもの事。

…壁際に追いやられて服の上から身体を撫で回されるのもいつもの事。

「学校行ってくる」

「ううぅ…律ぅ…お父さんを一人にするのかい?」

距離を更に詰められる。頬を舐められた。息よりも強い酒気を帯びた唾液の臭いで吐きそうになる。

「…これは父さんの為。勉強してまたテストで良い点とって学年トップになるから。賢い息子は誇りになるでしょ?」

「律ぅ」

突然泣き出して抱き付いてきた。虫酸が走る。でも、僕は笑う。

「痛いよ。離して。早く行かないと遅刻する悪い子のレッテル貼られちゃう」

「俺は…幸せだよぉ。優秀な息子がいて。それに比べて俺は屑だぁ。うぉぉぉ」

泣き崩れてゴミの山に顔を突っ込む父の無様な姿を一瞥してから宥めるが内面では心からこう思う。

『自分が屑だと分かってるなら何とかする努力しなよ』

ボロボロのランドセルを掴んで背負い家を出る。途中の公園で顔洗わないと。あの馬鹿共に酒呑みと笑われる。僕は音門律とかどりつ。小学四年生。母は僕を産んだ時に死んだそう。だから、兄弟はいない。父だけが家族。親戚等々はよく知らない。近所の人達の話によると父は母を失ってからおかしくなったらしい。その話が本当なら僕は親殺しを無自覚でやった化物。母を死なせたのもそうだけど父を狂わせたというのは人格を殺したって事でしょ?とんでもないよね。だから、せめてもの償いとして皆から愛される良い子でいるんだよ。うわべはね。本当は賢ければうまく生きていけるから。屑だと苦労するというのは父を見れば分かる。ああはなりたくない。

色々と考えながら歩いていたら公園に着いた。足早に水道に向かって蛇口を捻る。冷たい水が心地良い。顔を洗い、排水口に吸い込まれる水を眺めて穢れが流された事を確認する。本当に気持ちが悪い。幼稚園児の頃、あの愛され方が普通だと思っていて人々に父親にどれだけ愛されてるかを満面の笑みで語ったら大人達は顔をしかめ、挙げ句の果てには偉そうな大人に叱られて落ち込んで縮こまって泣く父の姿を見る事になった。そして、馬鹿な子供共には『変態の子』『性の捌け口』呼ばわりされて嘲笑われた。子供が残酷なのは自分も含めてそう思う。

「よぉ、りっちゃん。学校来る前に身体綺麗に出来て偉いねぇー」

「おはよう。偉いでしょ?」

「ケッ。カマトトが」

昔から僕を嘲る馬鹿な子供の一人。名前なんて覚えたくもない。僕の脳にコイツを記憶したくない。りっちゃん呼ばわりは嘲り。どうも律という名前が女らしく思えるそうな。馬鹿だなコイツ。どっちでも関係ない名前。律という響きも綺麗で漢字も簡単で覚えやすい名前。とても合理的だと思うけどね。そして、こんな屑に馬鹿にされる名前じゃないよ。誰が名付けたのかは知らないけど。母だろうが父だろうが気にしない。そんな事を考えても無駄だから。僕は律。音門律とかどりつ。どうしようもない真実なんだから。

「遅刻したくないから行くね」

「おい待てよ!淫乱!」

朝から汚ならしい言葉を吐かないで欲しいね。そのガタイの良さは良いと思うけどノロマじゃね。掴み掛かられてもすぐ避けられるんだよ。頭でっかちじゃない。身体もキチンと鍛えてる。昔はお前に負けてたからね、ウドの大木。お前のお陰で強くなれたと感謝してあげるよ。

「男娼!ホモ野郎!」

おつむの弱い罵り文句が飛んでくるが知った事じゃない。さっさと学校行かないと。僕は駆ける。

「あ!律君!おはよう!今日も素敵!」

「律君…格好良い…」

「音門くぅん…好きぃ」

女子の黄色い声が飛んでくる。笑顔で手を振ってから昇降口へ向かう。僕の何が良いのやら。さっさと上履きに履き替えようとするが数枚のピンクの便箋と落書きだらけの上履きを見て深く溜め息をつく。便箋はラブレター。落書きは馬鹿な子供共の仕業。暇だね、と思いつつ何事もなかったように便箋を回収して上履きに履き替えて教室に向かう。

「音門はモテモテだねー」

「アイツ、男だけじゃなくて女も惹き付けるのかよ。とんだエロ男だな」

「あんまり近付くと律フェロモンでおかしくさせられるぞ」

「だな!アッハッハッハ!」

遠くからわざと聞こえるように悪口を吐く。陰口よりは分かりやすくて潔いね。僕の安寧の地というのは何処にもない。今に始まった事じゃないけど。便箋を流し読みしてゴミ箱に放り込む。女子の好意を受け取らない理由は好意を向けられるのが気持ち悪いから。吐き気がする。誰からも愛される良い子を演じるけど本当は誰にも構われず孤独でいたい。静かな空間で読書でもしながら何も考えず呆然とする時間が欲しい。

「お前らー席に着け。ホームルーム始めるぞ」

好きに過ごしていた生徒達が慌てて席に着く。僕はこの光景を見ながらいつも思う。実力さえあれば。権力さえあれば誰も何も言ってこない。こうなりたいなんて甘い事は言わない。手に入れる。だから知識も体力も付ける。そう僕は力が欲しい。その為なら…どんな代償も払う。犠牲者だって出す。手段は問わない。

―放課後

僕は歩き出す。周りは誰かの家に遊びに行くだの、公園で遊ぼうだの楽しげにしている。僕には関係ない。真っ直ぐ家に帰ってまた歪んだ愛を向けられるだけ。良い子を演じなければならない。これも全ては自分の為。そんな事を考えていると奴等が僕の前に立ちはだかる。邪魔。身体を屈めて一気に走り抜ける。コイツらは学ぶって事しないのかな。いつもこうやって抜かれるのに。そう思っていると明らかに子供じゃない影が僕を掴む。

「お前か?俺の弟をいじめてるガキってのは」

学生服に煙草の香り。目付きは悪く、耳はピアスだらけ。髪を派手な色に染めている。典型的な不良学生。誰の兄弟?あまりに興味が無さ過ぎて分からない。それに何て答えようか。このタイプにやってませんなんて言っても殴られる。やったと言えばそれはそれで殴られる。…やられてやるか。不良と優等生。どっちの方が世間体が良いかなんて一目瞭然。僕は何も言わずに脛に蹴りを入れて逃げ出す。

「待てや!クソガキ!」

あっという間に捕まって、目の前に拳が飛んできたがすんでの所で止まる。

「おい。コイツの渾名なんだ?」

「え?淫乱とかホモ野郎の律だよ」

「もしかしてこのガキが音門律か?」

「そうだよ。兄ちゃん」

不良は大きく笑う。

「音門のガキか!そうかそうか。このガキな金になるんだよ。コイツはコイツの親父が溺愛してるからな。顔に傷付けるとか脅せば借金してでも金払うぜ。コイツはいい。ハハハッ!」

口を塞がれて連れていかれる。僕ってそんなに価値あったんだね。ふーん。僕は抗う事もせずぼんやりと考える。鏡の前に立つ自分。顔は普通。服を脱いでみる。特に肌が綺麗だとか整った身体とかでもない。父が僕を愛するのは見た目は見た目だけどその面影。僕に流れる母の血。それを愛してる。僕じゃない。女子達は?僕の学力や運動能力。それが好き。良い子の僕が好きであって僕じゃない。コイツらは?父に溺愛されてる僕に価値を見出だしてるだけ。その愛が差し出すお金が欲しいだけで僕なんてどうでもいい。誰も僕を見ていない。そう思うとどす黒い感情が渦巻くのを感じた。何?僕は誰かに愛して欲しいの?僕を見て欲しいの?違う。そんな訳がない。愛されるなんて嫌だ。僕は孤独でいたいんだよ。気が付くと汚くて暗いどこかの倉庫にいて、椅子に拘束されていた。

「チッ…今のガキなら連絡手段の一つ位持ってると思ったが何もないのかよ。おい!ガキ!連絡先言え!お前の親父に電話掛けるからよぉ」

「弟君に聞けばいいよ。うちは携帯無いし父さんは家にいるから掛ければ出る。連絡網のプリントあるでしょ」

「指図するんじゃねぇよ。黙って教えろ」

「…番号は―」

不良が電話を掛けてる様を見る。中々出なくてイライラしているようだね。外出はあんまり考えられないから寝てるねきっと。

「ホラ吹いたな?」

「どれぐらいうちの事知ってるか分からないけど父さんは酔いどれだから酔って寝てるのかも」

「糞が」

椅子を蹴飛ばされる。衝撃が伝わるけど別に怖くない。殴られる覚悟は持ってるしコイツは僕を傷付けられない。無表情な僕を見て不良は顔をしかめる。

「ガキ。怖くないのかよ」

「じゃあ、泣き喚いたらいいの?それはそれで困るでしょ」

「聞いてた話と違うじゃねぇか」

何を吹聴してるんだろ。アイツらの前で泣いた事なんてない筈。淫乱だから良い声で鳴くとか適当な事でも言ったのかな。アイツらにそんな知識があるのは親が陰でそう言ってるのを聞いてるから。本質は分かってないと思うよ。馬鹿な子供だからね。けど、どうしようね。拘束を解くなんて真似は出来ないし不良には勝てない。校門で拐われたのを見てる誰かがいるかもしれないけどどうだろうね。そんな不確かな可能性に賭けて祈ったりしない。まあ、放置されて死のうが腹いせで暴行されようが知った事じゃないよ。誰も僕なんて見てないんだから。どうでもよくなって天井を眺めていたら倉庫の扉が開く音がする。そして、誰かが入ってくる。逆光だからポケットに手を突っ込んで歩く姿しか見えない。不良を見ると青ざめてた。そして、人物が口を開く。

「ガキ拐って金稼ごうとする馬鹿をチームに入れた覚えはねぇぜ」

「リ、リーダー!違っ…!」

「何が違うんだ?ん?違ったとしてもガキを椅子に縛り付けてる時点でアウトだろうが」

「…。」

ああ、チームリーダー。さぞ強いんだろうね。よく知らないけど。近付いてくると顔が見えた。銀髪のツンツン頭。緑の瞳。整った顔立ち。だけどさ、素肌に学生服のセンスはどうかと思う。不良ってそういうものなのかな。

「怖かったか?坊主」

「怖かった」

「嘘つくんじゃねぇよ。何も感じてなさそうな面だったろ」

じゃあなんて答えれば良いんだろうね。最適解なんて知らないよ。チームリーダーは僕を解放してくれた。そして、一瞬の隙をついて駆け出した。

「礼ぐらい言えよ!小僧!」

絶対に嫌。監督不行届きのお前が悪い。リーダーの癖にメンバーの行動把握してないなんてとんだ無能だね。こんな風にはなりたくない。良い勉強になったよ。

家に帰ると父は寝ていた。やっぱりね。そういえばランドセル忘れてきた。仕方無いか。それどころじゃなかったんだから。家のチャイムが鳴る。深く溜め息をついて出る。

「坊主。忘れ物」

チームリーダーがランドセルを差し出す。まあ、そうだよね。その後ろには顔面が変形した痣だらけの不良。ケジメってやつだよね。

「ありがとう。お礼は言ったよ。じゃあね」

扉を閉めようとするけど圧倒的な力で防がれる。

「坊主。お前さぁ。謝罪ぐらいさせてくんねぇか」

「いらない。ランドセルが帰ってきただけで誠意は受け取ったから。帰って。父さんが起きちゃう」

「格好付かないんだよ。なぁ、手間は取らせねぇよ」

「嫌だ。帰って。それが一番の謝罪」

酔いどれの父に何故かいる不良。こんな光景人に見られたくない。これ以上僕の人生滅茶苦茶にしないで欲しいね。

「あーあ。泣かせちまった。分かった分かった。帰るわ。おい」

「…すんません」

謝る不良を一瞥して扉を閉める。…泣いてる?確かに目の辺りが湿っていた。もう寝よう。何も考えたくない。宿題は早起きしてやろう。ゴミ山を掻き分けて自室に辿り着いて眠りについた。

翌朝、嫌というほど身体をまさぐられて頬にキスされてから学校に向かった。また公園に寄ろう。不快で堪らないよ。公園に寄るとチームリーダーがベンチに座って煙草を吹かしていた。…最悪だ。バレないように走り去ろうとしたらいつの間にか背後にいたアイツに肩を掴まれた。

「坊主。いや、律坊りつぼん

「馴れ馴れしく呼ばないでよ。警察呼ぶから」

「名前呼んだだけで通報されるとはね。嫌われたもんだ」

「何でここにいるの?」

「居心地良い公園見つけたから。文句あるかよ」

「治安が悪くなるからあっちいって」

「ひっでぇ」

僕はチームリーダーを無視して顔を洗う。全て夢だったらなと珍しく現実逃避した考えが過った。それぐらい僕は傷付いてる。休みたいなとか思ったけど優等生でいたいからそんな事はしない。

「律坊、顔色悪いぞ」

「誰のせいだと思ってるの」

「はーん。じゃあ、地面に頭擦り付ければ許してくれるのか?」

「そんな事しないで。ほっといて」

僕はその場から走り去った。

学校に着いたけど妙に静かで皆、僕から距離をとってる。アイツらの仕業か。でも、その静けさが心地良いと思ってしまった。上履きに履き替えると先生に声を掛けられてそのまま職員室へ連れていかれた。

「音門君。昨日あった事を話してくれないかな」

訝しげな目。気に入らないけど仕方無いよね。僕はありのまま、嘘偽りなく昨日の話をした。

「そうか。話してくれてありがとう」

優等生と平凡なアイツら。どっちの話が通るのか分からないけど僕は勉強をしたり体力を付けたりするだけ。学校ってそういう場所でしょ。何を言われようがどう思われようが知らない。覆しようもないし本当の僕なんて誰も見てないでしょ。

僕だけが別世界に来てしまったかのような疎外感を感じながら帰る。静かな一日だった。僕が思うに腫れ物なんだろうなって。関わらないのが一番の対応だと思ったんだろうね。良いよそれで。求めてた静かな時間ってこれだったのかも知れない。当分、いや、卒業するまでずっとこの扱いかもね。それはそれで悪くないよ。優等生じゃなくなったのは悲しいけど本質は変わってない。それで良いよ。

「おっす、帰りか律坊」

公園にいたチームリーダーに声を掛けられる。勿論無視。関わりたくない。落ちようのない落ちきった評判だけど僕個人が気に入らないから。

「聞いたぞ。アイツらひでぇよな。律坊が誘拐されて犯されただなんて噂流すとかさ。ガキの癖にとんでもないよな」

そういう事ねマセガキが。不良が何にも言ってないって事はケジメの効果はあったみたい。隠してるだけかも知れないけど。

「で?真実は話したのか?」

「話したよ。でも、そういう理由ならどうせ誤魔化してるとか思われるかもね。僕は元からろくでもない渾名付けられてたし」

「親父さんがやべぇんだって?」

「そう。でも、この話はおしまい。お前に話しても仕方無いしプライベートに首突っ込まないで」

チームリーダーが何か言ってた気がするけど僕は走って帰った。

「ただいま」

「律ぅ…律…律!」

珍しく語気が荒い。思い当たりはあるけど父に直接何かした覚えはない。

「俺の律がぁぁぁ!俺の律がぁぁぁぁ!穢れた子供め!」

あ、そう。そっちの噂に…包丁?首を掴まれて包丁を突き付けられる。

「俺の可愛い律はもう帰ってこない!帰ってこないんだ!お前なんか!お前なんかぁぁぁっ!」

死ぬの?ここで?嫌だよ。僕はあまりにも危機的過ぎる状況に逆に冷静になった。それと同時に真っ黒な感情が表に出たのを感じた。僕は父の形をした狂人の鳩尾に蹴りを入れて怯ませ、手から滑り落ちた包丁を拾って突き刺す。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。僕を見てない。お前は僕に母を重ねてただけ。異常者。お前に偏愛を注がれる度に虫酸が走ってた。お前さえいなければ。母がどんな人か知らなかったけどお前が死んでて母が生きてたらきっと僕は幸せになれた。お前のせいで誰も愛せなくなった。お前のせいで。お前のせいで!

気が付いたら僕は血塗れで救急車に乗せられていた。家の周りには見た事のない数のパトカーや警察がいた。…僕は禁忌を犯した。殺人。少しクラっとしたがそれと同時に気分が晴れやかになったのを感じた。呪いから解放されたんだって。

それから病院に連れていかれて精密検査を受けてから警察で色々と取り調べを受けたけど全く記憶にない。正当防衛ではあるけど数十箇所刺すのは過剰防衛じゃないかと議論されたらしい。でも、年齢と普段の行いからギリギリ正当防衛になったとか。別に少年院とかに放り込まれても良かったけどね。だってもう良い子でいなくて良いんだもの。僕はろくに面識もない親戚に引き取られて住んでいたあの土地から離れた。永遠に戻る事がなければいいね。さよなら、忌々しい土地。

―小学生編 完


僕の事を知らない土地で四年過ごしている。僕は音門律。中学二年。良い子で振る舞うのは止めて素の僕で過ごしている。英俊豪傑だってさ。要するに才能に溢れてると持て囃されている。才能があるのかは知らないけど努力はしてる。全ては力を得る為に。平穏は得た。騒がしいのは変わらない。前は父の件があったから男からは嫌われていたけどその呪いは無いからどっちからも好かれてる。気持ち悪い。やはり好かれるというのは苦手だよ。でも、心から好かれてる訳じゃない。素の僕は笑わないから無表情が怖いと陰口叩かれてるからね。普通に嫌ってくれていいのに。長い物に巻かれたがる狡い奴等だね。優秀かも知れないけどそんなに媚びる程の価値は僕にはない。だって子供だからね。大人に黙らされるなんて良くある事。それに反抗しているのが不良。この中学にも数人いる。僕の事を良い子ちゃん呼ばわりしてくる連中。それを言われる度に黒い感情が『僕はお前達より悪だ』と主張してくる。人刺した経験無いよね。親殺しなんて大罪犯してないよねってさ。それがなくてもアイツらの行為はよく吠える子犬にしか見えなくて嘲笑いたくなる。悪ぶって大人に噛み付いて、それっぽい暴力で弱い存在を痛ぶって、似た者同士でじゃれあってるだけで上下がない。僕を拐った不良やその不良の所属するチームのリーダーの行動は本当の悪行だったよねとか思ってたりする。そんな僕は昼食を食べる為に体育館裏に向かってみた。すると、気弱な後輩を恐喝しているアイツらがいた。無視してもいい。僕は聖人じゃない。でも、何だか首を突っ込みたくなった。

「お?どうした良い子ちゃん」

「コイツの代わりにお金貸してくれるの?やさしー」

「それとも止めるんだーとか言ってくれるの?正義の良い子ちゃん」

ゲラゲラと下品に笑う奴等にふと重なる馬鹿な子供共。あの頃は良い子でいなきゃいけなかったから何もしなかった。何も。何も。本当にしたかった事。やりたかった事。真っ黒な感情が僕を支配する。僕は一番近くにいた丸々とした不良に殴りかかっていた。拳が顔面にめり込む。殴る感覚は初めてだけど人を刺したあの感覚に近いとうっすら思った。人体を傷付けてるからね。突然の事態に震えている奴等。弱い弱い弱い。お前達は散々暴力振るってきたでしょ?良い子の反逆が怖いの?雑魚が。次に背の高い不良の鳩尾に蹴りを入れる。唾が飛んできたけど知らない。次はお前だと一番態度の大きかった不良にタックルをして倒れた所に馬乗りになって拳を叩き込む。何を言っているのかなんて聞こえない。後輩が悲鳴を上げて逃げていくのを感じたけど勝手にしてという感じ。拳が血塗れになった頃には偉そうな不良は気絶していた。もっと分からせなきゃと腹部を押さえて震えている背の高い不良に踵落としを食らわしてた。頭蓋骨は固くて痛い。無様に白目を向いた姿が滑稽だと一瞥してから鼻を押さえていた丸々とした不良の髪を掴んで睨み付ける。

「ひぃっ!良いのか!こんな事して!」

「別に。僕は良い子じゃないし。評価なんてどうでもいい。報復したいの?出来るの?やって見せてよ。ねぇ」

「化物!」

化物。そうだね。僕は親殺しをした化物。お前達とは格が違うんだよ。本当の悪ってこういうものなんだよ。髪から手を離して首を絞める。あの時もそうだったね。首を押さえられて包丁突き付けられて。そんな事を思いながら絞める力を強くしていたら体育教師に取り押さえられてた。

「音門!お前どうしたんだ!?何があった!?」

「弱肉強食ですよ。自然の摂理です。弱い者を淘汰してました」

「はぁ!?訳の分からない事を言ってないで来い!」

確かに訳の分からない事を口走ってた。僕はおかしくなったのかな。体育教師に連れられ、生徒指導室で向かい合って座る。

「音門。アイツらに何かされたのか?」

「いいえ。手を出したのは僕です」

「お前が?喧嘩?」

良い子で振る舞うのは止めたのに皆やっぱり良い子だと認識してる。僕は力欲しさに勉学も運動もしてるだけ。それだけなのに。

「俺を呼びに来た奴が言ってたぞ。恐喝されていた所を助けてくれたって」

そういえばいたね。僕は不良をいや、あの雑魚共に自分の立場を理解させたかっただけ。助けた訳じゃない。

「そうですか」

「音門、お前には反省文書いてもらう。それで手打ちだ」

父を刺した時と同じ。普段の行いから罪が軽くなってる。別に許して欲しくて努力してる訳じゃないのにね。僕はその場で反省文をしたためてその場を後にした。教室に戻ると皆が僕に怯えていた。話し掛けようとする奴もいるけど僕と目が合うと情けない悲鳴を上げて引っ込む。放っておいてよね。今の僕は何かを掴めそうな気がしてるんだから。そして、午後の授業を受けてから帰る。

宿題をこなしていると家のチャイムが鳴る。対応する為に扉を開くと不良一同が親を連れて謝罪してきた。逆でしょ。本当は僕が頭下げる奴じゃないの?

「音門。本当に…」

偉そうな不良が申し訳なさそうに頭を下げた。僕は首を横に振って頭を上げさせた。そして、僕は地面に両膝を付いて地面に頭を擦り付けた。

「大切なお子さんに暴力を振るって申し訳ありませんでした。二度とこのような事をしないように全うに行動していきたいと思います。本当に申し訳ありませんでした」

視線で分かる。驚いてるって。まさか僕が謝罪するとは思わないよね。お前達は言ってたもの。僕を良い子だって。でも、暴力を振るったのは僕。気に食わないの。謝罪なんていらないからさっさと消えて欲しい。僕はお前達が気に入らなかった。それだけなんだから。

「音門…」

帰れよ、と睨み付けると奴は無様に逃げ出した。親は僕に一礼してから追い掛けていった。他の不良共もその親達も蜘蛛の子散らすように逃げていった。さて、勉強しよう。

「音門さん!おはようございます!」

ねぇ、これ現実?僕が昇降口で靴を履き替えていると不良達が深々と礼をして来た。何これ。

「どういうつもり?邪魔だから退いて」

「申し訳ありません!ほら、道開けろ!」

そうじゃないんだけど。僕を見る視線が奇異のものになってる。そうなるよね。暴力沙汰起こした優等生もどきが不良共にかしずかれてるんだから。でも、僕がずっと引っ掛かってた、何かを掴めそうな感覚に近付いてる。モヤモヤする。焦っても結論は出ないけど何なんだろう何を掴めそうなんだろう。不良共が何か言ってるけど知らない。煩い。また黙らされたいの?不快だよ。

奇異の目と怯えた視線を無視しながら自分の席で考え事をする。不良共は目障りだから途中で引き剥がした。付き纏われたくない。評価とかじゃなくて単純に普通に不快。一人でいさせてよね。何で懐いてきたんだろうね。

結局、思考を巡らせても何も思い付かずに一日が終わった。イライラする。…そうだ。

僕に付き従う不良共を引き連れて人気のない所まで来た。そして、放置されたドラム缶の上に座って規則正しく並ぶ不良共を眺める。どいつもこいつも媚びに媚びた面をしてる。何で僕になびいたのか聞いてみた。

「音門さんは強い上に俺達に頭下げる漢気がある。そこに痺れました!」

殴りたい。まあ、殴る為に連れてきたんだけど。…ふと思った。僕のやってる事はコイツらと同じ。弱い者を痛ぶってるだけ。そう思ったら急にやる気を無くした。僕もレベル低いね。馬鹿馬鹿しい。帰って勉強しよう。そろそろというかもっと賢くなりたいから塾に通わせてもらおうかな。習い事も良いかもね。兎に角こんな雑魚をイビってないでもっと力を得る為に時間を使おう。僕は立ち上がって足早にその場を立ち去った。呆然としてた阿保面の不良共?知らないよ。帰ってから塾に通うか習い事をしたいと話してみたが微妙な顔をされた。ああ、そういう。学校内ならまだ良いけど他所で荒事起こさないでって事ね。分かったよ、勉強位自分でやるよ。ある意味この家は僕の事を理解しているというか僕の犯した大罪を知ってるんだから

そうなるか。ここでは良い子で通らない。それはそれで悪くないよ。

ここ数日ですっかり不良共のリーダーとして認知されてる。何もしてないのに。アイツらが勝手に貢いできたり、付き纏ってきたり、媚を売ってきてるだけ。でも、完全に放任してる訳じゃない。恐喝とかはやらせない。やろうとするならばその場で裁く。これは小学四年生の頃の僕を拐った不良とそれをみすみす許したチームリーダーから得た教訓でやってる。飼い犬のやる事を把握してないなんて飼い主失格だからね。こんな事思ってるけど僕が主になった覚えないんだけどさ。自分の席で曇った空を眺めながらぼんやりと掴んだ事をもっと鮮明にする為に思考を働かせる。暴力。これも力って事。解呪の方法も暴力だったし不良共を分からせたのも暴力。でも、相反するのが優等生の称号。これは暴力で失う力。家でのあの微妙な顔。周りの怯える顔。でも、この力は社会で生き抜く為に必要。罪が軽くなったからね。強欲にも僕はどっちも欲しいと思ってしまったけど優等生は捨ててるよね、と思ったら自分の軽率な行動に反吐が出た。はぁ、上手く生きるのって大変だね。目だけを動かして僕をいないものとして扱って個々で騒ぐ同級生を眺める。コイツらには僕の苦労や罪なんか理解出来ないんだなって。お気楽そうで何よりだよ。成り代わりたいとは思わないけど。…僕が力を求め始めたのはなんで?それは僕を貶める馬鹿な子供達を、好き勝手に陰で罵るその親達を、僕を母に見立てて狂った愛を注いできた父を黙らせたかったから。関わらないで欲しかった。消えて欲しかった。僕は静かに過ごしたかっただけなんだよ。ふと、不良共の間抜けな面が過る。ああ、そうか。僕は席から立って奴等が溜まっている体育館裏に向かった。鬼の居ぬ間にという事で各々が煙草を吹かしたり、酒を飲んでたりしていた。僕の姿が見えると慌ててそれを隠してしゃんと起立する。

「音門さん!お疲れ様です!」

「…。」

僕が力を求めていた時の光景。あの時は教師の登場で席に着く子供達。重なる。今の僕はその教師。コイツらが子供。僕は支配者。僕は何も考えずに拳を手近にいた背の高い不良の右頬に叩き込む。

「コイツが無礼を働いたんですか!?音門さんが命令してくれればキツく言いましたし、ケジメも付けさせましたよ!?」

そうじゃない。僕はお前達が何も出来ない様を見に来たんだ。弱い者を痛ぶる?違う。それ相応の力をある奴をねじ伏せてるんだよ。だってコイツらは暴力で好き勝手やってたでしょ?それを上回り暴力で黙らせた。僕は力を得たんだよ。欲しかった。ずっとずっと欲しかった力。コイツらと絡んでいたら弱い奴はそもそも怯えて近寄らない。僕は強者になったんだ。兵隊を連れた王。そういう事か。ずっと世界への憎しみで歪んでた顔が不器用に動いた気がした。不良共は真っ青な顔をしている。そうだよね。こんな。こんな歪んだ笑顔見たらそんな顔になるよね。声は出なかったけど心からの昂りを感じた。

僕は優等生と不良の二つの面を使い分けるようになった。そんなに大した事する訳じゃないけどね。格闘技とかを学び始めたり本格的に体力付けたり。不良ってそもそも何なんだろうと学んでみたり。あの腑抜けた不良共を他校の不良にけしかけたりした。ままごと程度の喧嘩しかしてない奴等はボロ雑巾みたいな姿になって帰ってきて僕に泣きつく。そして、他校の不良は喧嘩の販売元である僕を呼び出して謝罪を求めてくる。雑魚のリーダーとたかをくくるその間抜けな顔に挨拶代わりの拳をお見舞いする。どいつもこいつも僕を見下してる。仕方無いけど。弱い奴等がいけない。

教育を施してやる程優しくないよ。僕が実戦経験を積みたくてやってるんだから。それにこの鳩が豆鉄砲食らったような面を見たくてやってるから。拳が重くなったのを感じる。前は一撃で仕留められなかったからね。努力が実るのは嬉しいよ。リーダーが倒れて呆然としてたけど状況を理解して鉄パイプやら木刀を構えた血走った目の奴等。数十人。武器持ちはまだまだ対応しきれてない。負傷は怖くない。喧嘩するならそれぐらいの覚悟持たないとね。取り敢えず受けても良いのは木刀。鉄パイプは当たり所悪いと死ぬ。死んでやって永遠の十字架背負わせてやってもいいけどそれは少し違う。コイツら程度にくれてやる命じゃない。使い所はきっとある。一番近い鉄パイプ持ちの懐に滑り込んでアッパーをかます。顎の固さで拳が痛い。脳が揺れて気絶した鉄パイプ持ち。武器を奪ってもいいけど僕のちょっとしたプライドでそれはしない。拳で分からせたいからね。歪んだ鉄パイプを振ってくる小さい不良の攻撃をさっき倒した鉄パイプ持ちの身体を掴んで盾にする。これは戦術。卑怯じゃないよ。そして、投げて怯ませる。その隙に背後に回って首を絞める。別に全滅させなくても良い。さて、どういう反応するかな。

「た、だずげで」

「もういい?退くなら今だよ」

「ハッ!数は此方が上だ!リーダーの為にも退けねぇ。二人潰した程度で偉そうにするんじゃねぇ!一人に手こずるな!やれ!」

そうか。用の無くなった小さい不良を絞め落として三人目の鉄パイプ持ちに向かって投げる。避けられたけど構わない、足元がふらついてる。走っていってエルボーをかます。本当に顔って固いね。さて、鉄パイプ持ちは消えた。木刀持ちが二人と後は素手。強そうな奴から潰すか、手近から潰すか。僕は手近派。遠距離無いからね。兎に角、得意分野で攻める。殴りかかっていた赤シャツの連撃をかわしきって回し蹴りを入れる。大振りな攻撃が多いけど手数で押すのはあんまり得意じゃない。課題だね。赤シャツは潰せたけど背中を殴られた。ピアスだらけの奴。大振りの攻撃後のせいで体勢が崩れる。その隙に腹部に一撃を喰らった。それなりに重い一撃だけど痛みで怯むな。アドレナリンで誤魔化せ。足に力を入れて立て直して正面からワンツーを入れる。前腕の骨に拳が当たって痺れるね。それに防御を崩せない。体力回復の為にジャブを入れ続ける。横から木刀持ちが襲い掛かってくる。それを横に転がってかわして距離を取る。キツい。辛い。息が上がる。でも、退かない。潰す。力でねじ伏せる。奴等を睨み付ける。後退りしたね?一人ならおそるるに足らないんでしょ?来なよ。死ぬのは違うけど寿命なら減らせるから。

「いってぇ…クソが…。あ?四人、俺含めて五人やられてら」

「リーダー!休んでてください。コイツかなり消耗してるんで潰せます!」

「うるせぇ!指図すんな!一人に半数減らされた時点で負けだ!しかも、頭が取られてんだぞ?その時点で仕舞いだゴラ」

意外と話が通じそう、と気を緩めると尻餅をついてしまった。立てよ僕。立てってば。

「手ぇ貸そうか?」

僕はその態度が無性に気に入らなくて腕に噛み付いた。僕はやれる。やるんだよ。

「離しやがれ!おい!」

「音門さん!音門さん!」

うちの奴等がやってきた。邪魔。泥と汗の染み込んだ制服に噛み付いたせいで口の中が不快で僕は唾を吐く。

「いってぇ…いってぇなぁおい!お前らの頭どうなってやがる。化物じゃねぇか!」

また化物か。別にいいけど。それより離してくれないかな。何掴んでるの?僕がリーダー。兵隊は素直に従っててよ。

「引き分け…いや、その面はそれじゃあ許しそうもないな。分かった!此方の負けだ!もう手出ししねぇよ!あばよ!行くぞお前ら!お前肩貸せ」

ピアスだらけの奴がリーダーに肩を貸して去っていく。倒した不良も動ける奴に抱えられていく。互いに気に食わないと言いたげな顔してたけど消耗戦しなくていいのは…いや、潰したい。此方はいつでも潰してやるから、と奴等を振り払った所で意識を失った。

保健室で手当てを受けてから生徒指導室に向かう。怪我は大した事ないけど無理をし過ぎたそうな。何が?まだまだ僕はやれるよ。無理なんてしてない。勉強も喧嘩もそつなくこなさないといけない。この地位を、いや、もっと上に行く為に。

「音門、お前最近おかしいぞ。他校の生徒に手を出すなんてどうかしてる」

不良共と一緒にいるから巻き込まれたと嘘もつけない。アイツらが愚直に何があったか言うから。後で全員粛清してやる。拳を握り締めると視界が歪んだ。吐きそう。マトモに反論も出来ない。

「…後日にした方が良さそうだな。顔色悪いぞ。保護者の方に連絡しておくからしっかり休め。試験も近いしな」

試験の方は問題ない。勉強は得意だから何とかなる。やっぱり僕の弱点は喧嘩に弱い所だね。基礎体力は人より優れてるけど技術が追い付いてない。立ち上がって一礼してから指導室を後にして保健室に向かって歩いているとフラついて階段から転げ落ちた。無様だ。流石に生徒達が寄ってきて声を掛けてくる。煩い、頭が痛む。騒ぐな。見るな。ヨロヨロと這って手すりに捕まって立ち上がって歩き出す。

「音門、肩貸すぞ?」

僕の前の席の同級生。どういう奴だったか思い出そうとするけど気分が悪くてそれどころじゃない。

「いい…歩ける…」

「無理するなって」

肩に触れられる。脳裏に父の声が響く。『可愛いな…律ぅ』全身に悪寒が走る。真っ黒な感情が吹き出す。

「僕に触れるなっ」

手を振り払った勢いで倒れ込む。何だその目は。憐れんでるの?お前。いや、お前らよりも僕は優れてる。そんな目で見られる存在じゃない。止めろ、止めろっ。屈辱だ。早く立ち上がらないと。歩かないと。いつまでも見下されたくない。でも、力が入らない。あまりの悔しさに泣きそうになるがグッとこらえる。これ以上恥は晒せない。

時間を掛けて立ち上がった僕は何とか保健室まで歩けた。到着した所で意識が無くなって気が付いたら自室で寝ていた。…最悪だ。

試験は好きだよ。実力を発揮すればいいだけなんだから。何度もミスがないか見直してから外を見る。僕には不良は向いていないのかも知れない。でも、暴力という力と駒を捨てたくない。昨日の事を思い出して苛立つ。あの憐れむ目。気に入らない。普段は僕に怯えてる癖に弱みを見せるとあんな目をしてくる。人間は醜い。そして、簡単に手の平を返す。大嫌いだ。何も信用出来ない。試験が終わって生徒指導室で説教を聞いてから反省文をしたためる。もう救えないとでも言いたげな顔だった。それでいい。僕は変わらずに暴力を振るい続ける。止めようとしても無駄。弱い僕が大嫌いなんだから。まずは弱い僕を潰す。その前にやる事があったと体育館裏で話をしていた駒に粛清を加えてから帰宅する。僕は庭に設置した自作のサンドバッグにひたすらに拳を叩き込む。家には運動の一環だと言って納得させた。人に暴力振られるよりはマシだと思ったんだろうね。残念だね。容赦なく振るうよ。僕は不良なんだから。無理するなと声を掛けられたが知らない。煩い。苛立ちが抑えられずにランニングをする事にした。運動は気持ちが良い。途中の河川敷でストレッチをする。大分身体の調子が良い。何で倒れたのか全く分からないね。でも、あの事で僕は更に強くならないとという意思が強くなった。二度と醜態は晒さない。起きた事を後悔して進まないよりそこから得た教訓で進まなければならないでしょ。僕は一通りのストレッチを終えると階段を上って道を走り出す。

「おい、お前」

急に声が掛かる。僕は止まらない。忙しい。馴れ馴れしく呼ばないでよ。

「音門!」

名前知ってるんだ。だから何?近隣でもこの辺の学校でも名が知られてるのを僕は知ってる。良い所の子供が僕とは関わるなって言われてるのを知ってる。そういう事もあって僕は一般生徒とは一切関係を持たない。友達?裏切るじゃない。人間だから。友情なんてあり得ないよというのもあるけど僕と関わって不幸になったなんてクレームを受けたくない。それに一人の方が楽なんだよ。駒は人として数えてない。走り去ろうとペースをあげるけど声の主はいつまでも付いてくる。待てだの止まれだの煩い。あ、警察の可能性考えてなかった。でもそんなに遅い時間じゃない。午後五時。補導される時間じゃない。そこまで知られてるの?それは考えてなかった。立ち止まって声の主を確認する。息が上がっているそいつはこの前の不良のリーダー。僕に不意打ち喰らって伸びてたアイツ。お前の領域には踏み込んでないと思うけどね。

「まさかこんなところでその面見るとはな」

僕も思ったよ。お前は手出ししないって言ったからね。反故にするならいつでも受ける。それを機転としてお前ら全員潰すから。拳を握り締める。

「全く驚いたね。まさかあの中学の優等生が不良やってるとはね。そんで、あの学校に不良もいるのは知ってたが相手にするまでもないと思ってたらこれだよ。お前何なんだ?」

何、そんな話?無駄な時間だった。僕は走り始める。

「待てよ。お前さ…いや、お前なのかどうか知らないけどさ。お前と同名の奴が実の父…」

僕は反射的に殴っていた。触れられたくない僕の大罪。どこで知った。年齢が年齢だったからニュースにもなっていない筈。それに隣の県に引っ越した程度ならまだ話は分かるけど車で半日以上掛かる土地に引っ越してきた上に四年も経ってる。父はまだ僕を呪うのか。消えろ消えろ消えろ。お前は死んだ。僕が殺した。殴られて草の生えた坂から転げ落ちた不良のリーダーに馬乗りになって首を絞める。

「と、どがど。やめ…止めろ」

僕が今どんな顔をしているかは分からない。消さなきゃ。コイツを消さないと。死人に口なし。暴力で解呪出来る。コイツも殺してやる。絞める手を強めた所で後頭部に鈍い痛みが走る。不意打ちで力を失った僕を突き飛ばして僕から距離をとった不良のリーダーは肩で息をしている。

「あ、アブねぇ…殺されるかと思った。護衛にお前連れてきて正解だった」

ピアスだらけの奴が角材を振る。

「俺に噛み付いた時や不利な状況でも必ず殺すとでも言いたげだった目。やっぱりお前は異常だよ。この化物。…殺ったんだな?」

ピアスだらけの奴が僕を羽交い締めにしてから不良のリーダーは問い掛けてくる。

「…答えない。聞いてどうするの?脅すの?いい度胸だね。僕に失うものなんてない。悪評ばら撒きたければやればいい」

「…こえぇ。そんな手でお前に勝ちたくねぇよ。約束する」

約束?そんなもの信じない。僕は覚悟を決めた。

「離せ。その話は好きに解釈すればいい。僕は一切語らないから」

ピアスだらけの奴を振りほどいて走る。走っているうちに頭から流血していて、帰った頃には血塗れで心配されたが転んだから急いで帰ってきたと言ってシャワーを浴びて手当てをして勉強をしていたら寝落ちしていた。

座ったまま眠っていたせいで身体が痛い。普段はこんなミスしないのにね。殴られたせいにしておこう。僕が昇降口で靴を履き替えていても誰も来ない。それどころか皆がヒソヒソと此方の表情を伺いながら会話している。僕が通ると分かりやすく話題を変えて何事もなかったかのように振る舞う。内容は聞かなくても分かる。何が約束だ。信用なんてしなくて良かった。お前達がその気なら、僕を貶めたからには報いを受けてもらう。全員潰す。僕も何もなかったかのように振る舞う。そして、夜遅くに人気のない廃工場にリーダーの不良共を呼び出した。前より武器持ちは少ない。何を誠実に謝りに来てるの?腹立たしくて堪らなかった。

「音門…あれはだな」

「言い訳は聞きたくない。反故にしたという事実は変わりない。全員潰す」

「お前…昨日の傷…せめて仲間…」

「僕に仲間なんていない。僕一人で十分だ」

手段など選ばない。僕は手頃な瓦礫を拾って水道を破壊する。数十のうちの三人に水が掛かって、足元に水溜まりが出来る。僕は使い捨て携帯を加工した簡易スタンガンをその水溜まりに放り投げる。するとずぶ濡れの三人に電流が流れて気絶する。

「おいおいおい!」

そして、ブレーカーを落として視界を奪う。僕は頭に巻いていた包帯をほどく。右目まで覆っていたそれのお陰で右は暗闇に目が慣れている。手近な奴を拳で潰していく。簡単過ぎる。此方の有利に持ち込めばこんなに楽なんだ。それにお前は二度も僕を侮った。雑兵片付けてから分からせてやる。相手の目が慣れた頃には四人潰していた。残りは五人。目が慣れてきて此方を木刀で殴ってこようとする奴がいるがその前にブレーカーを復旧させる。急な眩しさに怯んだ所に拳を鳩尾にねじり込ませる。

「音門!」

「黙れ。潰すと言ったら潰す」

工場のあちこちに残っている錆びたカゴ台車を

勢いを付けて倒す。重労働ではあるけどこれを喰らったらただじゃ済まない。一人は避けきれずに台車の下敷きになって、よろけて隙を見せた一匹には肘鉄を喰らわせる。残ったのはリーダーとピアスだらけの奴。

「…リーダー。音門の事を調べたのは俺だと知ってるッスよね。噂を流したは俺ッス。奴をどうしても仕留めたくて。リーダーを侮辱し過ぎなんスよ。雑魚共のリーダーの癖に生意気ッス」

「お前っ…!」

「覚悟しろ…音門律ぅ!!」

隠し持っていたメリケンサックで殴り掛かってくる。ガードをするが明らかに素手より強力な一撃を放つそれに耐えられずに体勢を崩す。前腕が両方とも折れたんじゃないかと思う程に痛い。

「死に晒せぇ!!」

息をつく暇もない連撃。二、三発受け止めきれずにモロに喰らう。コイツは初戦から強かった。でも、僕だって何もしてない訳じゃない。

「一回攻撃を止めた方がいい。じゃないと後悔するよ」

「今更命乞いかっ!?」

「そう思うなら好きにして」

ポケットからずっと保留にしていたそれを通話中にして奴の元に蹴り飛ばす。

「お兄ちゃん!どこなの!ねぇ!」

コイツには妹がいる。失うものがあるって大変だね。

「て、テメェ!何しやがった!」

「僕が十五分以内にかけ直さないと獣が彼女を穢す。僕が言えるのはそれだけ。壊してもいいよ。僕を倒して拷問なり何なりして居場所を聞き出せばいい」

明らかに動揺しているピアスだらけの奴にジャブを叩き込む。数発は入った。電話口から聞こえる妹の声に耐えられなくなったのか攻撃をかわして電話を取る。

「待ってろ!兄ちゃんが迎えに行くからな!」

「お兄ちゃん!」

家族愛。下らない。幸せそうで何より。僕は背を向けた奴の髪の毛を掴んで地面に叩き付ける。手から滑り落ちた携帯を容赦なく破壊する。

「あ、あっ…テメェっ!」

黙れ。立ち上がった所に蹴りを喰らわして転がしてからもう一度髪を掴んで何度も何度も地面に叩き付ける。

「音門っ!この外道がっ!」

見ていられなくなったリーダーが殴り掛かってくる。気絶したピアスだらけの奴を放り投げて隙を伺うが受け止めて丁寧に寝かせる。仲間の絆?馬鹿馬鹿しい。向き合って構える。タイマン。ぶっちゃけ僕が不利。予想外の負傷とか開いた頭の傷とか。この血は使える。僕から仕掛ける。頭を振って血を奴の顔面に飛ばす。目の辺りに飛んでいって怯んだ所にタックルを決めてそのまま馬乗りになる。そして、僕の最終手段。もうひとつの簡易スタンガン。これをリーダーに突きつける。電流が僕にも伝わるけど知った事か。苦しげに呻く奴の顔面を拳が血塗れになるまで殴り続けた。動く奴は一人もいない。僕が勝った。全員潰した。出血多量でふらつくけどもう僕はどうしようもない。親殺しの悪名が轟いて、他校の生徒を数十名負傷させて、人質取った。優等生として生きてられない。僕の人生は終わりだ。最終手段と言ったけど懐に仕舞ってた折り畳みナイフを取り出す。死んでやるよ。最初からそのつもりだったんだから。腹部に思い切りナイフを突き刺そうとしたら何かがそれを防いだ。本?こんなもの持ってない。血塗れの手でそれのタイトルを確認する。悪魔辞典?何このオカルトチックな本。興味ないんだけど。投げ捨てて再びナイフを突き刺そうとすると声が聞こえる。

「貴方には素質がある。まだ死ぬにはあまりにも惜しい。もう数年だけでも生きてみませんか?」

出血多量で幻聴?面白いね。でも、もう僕は死ぬんだ。死ねば奴等に罪が行く。過去の事を掘り返されて絶望して死んだって。ピアスだらけの奴が僕の事を調べてた事ぐらい分かるさ。壊した筈の

携帯から声が聞こえる。

「約束は果たしたぜ。残りの支払いよろしくな。ガキは解放したからな。それでいいだろ。じゃあな」

は?何で?あり得ない。僕が雇ったのはコイツらの前に倒した不良。僕はあまり自分にお金なんて掛けないから貯蓄はあった。その貯蓄で前金支払ってピアスだらけの不良の妹を適当な場所に監禁させた。別にどうこうしてもいいと言ったが正気を疑われた。十五分以内にかけ直さないとは狂言。普通にかけ直せば解放する手筈だった。まあ、僕はここで朽ちる気だったからそんな事考えてなかったけど。何が起きてるの?訳が分からない。

「貴方は悪魔の存在を信じますか?」

悪魔?本が僕の側に戻ってきている。これは夢。貧血で訳の分からない状態になっているんだ。

「キチンとした状態で話しましょうか」

緊急車両が近寄ってくる音が聞こえる。そんな馬鹿な。呼ぶ余裕なんてない筈。…もう駄目。これ以上は考えていられない。僕は意識を手放した。

その後、僕は病院のベッドで目を覚ました。どういう風に片付けられたのかというと僕が死ぬ以外は僕のほぼ思い描いていた通り。過去の罪を掘り返された僕が激情して不良達を呼び出して暴行し復讐を成した後、自殺するつもりだったが何者かが呼んだ救急と警察によって未遂に終わったとか。僕が人質を取った件とかは何故か追及されなかった。本は僕の視界の端にある。悪魔が僕を生かした。何の為に?そもそも悪魔なんて非現実的な者が存在する訳がない。

「それがしているんですよ」

本から男の声が聞こえる。

「…してたから何?僕には関係ない。お前は何なの?」

「私はアロガンシア。虚飾の悪魔」

「悪魔って本の形してるんだね」

「あくまでこれは通信機器。本体は違う所にいますよ」

そうなんだ。何で僕はこんな異常な状況を受け入れているんだろう。殴られて頭がおかしくなったのかも知れない。

「なんで生かしたの?」

「貴方には素質があると言ったじゃないですか。惜しい人材を消費したくなかったんですよ」

「僕の何に惹かれたの?」

「やはりその知能や運動能力ですかね」

「所詮は子供だよ。たかが知れてる」

「幼いという事はまだ伸び代があるという事ですよ。まだ貴方は成長出来る」

成長出来るって言ったって…僕はもう学校に戻れない。居場所なんてない。

「戻れますよ。まあ、大きく運命を変えた訳ではないので親殺しの罪をいつまでも非難されははしますが居場所はありますよ」

そう。要するに悪名は付くけど学業は成せると。本当に?退学処分じゃないの?

「追い詰められていた。マトモな精神状態でなかった凶行。それにあの不良達も追い詰めて悪かったと反省していますよ」

「それで戻れるなら苦労しないよ」

「怪我が完治してから全て確認すればいいですよ。お大事に」

僕は数週間入院した。数回ピアスの奴の親に謝られたけどどうでもいい。本当に僕に居場所なんてあるのかな。暇に任せて本を読む。幸せな時間を対価にする悪魔。人の負の感情を対価にする悪魔。色々いるんだなと読んでいたら見つけた。虚飾の悪魔。代価は闘争心。契約した覚えないんだけど。拳を眺める。無くなった?そんな感じはしないけど。僕は読み進めていって最後辺りの悪魔に目を奪われた。傲慢な悪魔。代価は寿命。最強との呼び声の高い悪魔。寿命を捧げれば大体の願いが叶う。…覚えておこうかな。僕は長生き出来なさそうだしする気もない。闘争心奪われるよりは寿命捧げた方がいい。僕はこの世界が大嫌い。好意を受けとる事が出来ないというこの呪いから解放されるなら…寿命なんてくれてやる。

『親殺しの音門』『他校の不良を一人で潰した化物』『幼少期は父親に性的な事されてたんだって』『同情出来るけどそれにしても酷いよね』

どいつもこいつも言いたい事を影でヒソヒソ。頭がおかしくなりそう。でも、退学処分にはならなかった。うちの雑魚は完全に恐怖して近寄らなくなった。まあ、それ以外も僕なんていないものとして扱うけど。僕がどれだけ良い成績納めようが誰も褒めてくれない。誰も誰も。好意も敵意も向けられない。無。何にもない。空虚。でも僕は勉学も運動も止めない。もうそれしかないから。武道は楽しいから続けてる。力を感じる瞬間がそれだけなんだよ。僕は何の為に生きているんだろう。屋上で曇った空を仰ぎ見る。僕が求めていた平穏ってこれ?僕が求めていた誰にも干渉されない力ってこれ?分からない。でも、分かる事もある。この世界はあまりにも僕に厳しい。笑い声が聞こえる。僕はあんな風に笑った事はない。友達がいた事もない。僕は…僕は。

「僕が何をしたの?僕は力を求めただけ。その力を欲した理由も平穏に普通に生きたかったから。僕が普通に生きるのの何がいけないの?母を殺した罪ってそんなに重いの?身を守って父を殺した事がそんなに罪深いの?いつになったら許されるの?こんなに努力して良い成績とってるのに誰も認めてくれない。僕は誰かを愛したかった。誰かと一緒にいたかった。ねぇ…どうしたら良かったの?誰か教えてよ。誰か何か言ってよ」

僕の真っ黒な叫びは雲に呑まれて消えていく。誰も答えてくれないし誰も慰めてくれない。僕は孤独だ。これが平穏だというのならば…。

「世界が僕を否定するなら…僕を幸せにしてくれないなら…そんな世界要らないよ。いつか壊してやるから。世界もそこに生きる生命も何もかも大嫌い。お前達が悪いんだよ。僕が良い子に生きても悪い子として生きても幸せを与えてくれなかった。普通さえくれなかった」

悪魔辞典の傲慢な悪魔の項目を見る。寿命を捧げれば大体の願いが叶う。

「悪魔に寿命売り渡せば僕の願いが叶うんでしょ。人間が僕を満たしてくれないなら。僕は悪魔に全て捧げる。人ならざるものならきっと僕を満たしてくれる。そうだよね?」

本は何も答えてくれなかったけど僕は虚飾の悪魔の残した言葉を反芻する。

『まだ貴方は成長出来る』『貴方の知能や運動能に惹かれた』

まだ僕は見捨てられてない。でも、なんで今を捧げちゃいけないんだろう。今でも良いじゃない。僕は傲慢な悪魔を呼び出す魔方陣を描いた。傲慢な悪魔を呼び出すには傲慢に認められなきゃいけない。認められる基準って?僕が魔方陣を眺めていると声が聞こえた。

「おいガキ、聞こえてるか」

虚飾の悪魔とは明らかに違う男の声が聞こえる。

「聞こえる。ねぇ、僕と契や…」

「ざけんじゃねぇ!」

辺りをつんざく怒鳴り声が響く。でも、誰も反応していない。

「お前みたいな未熟なガキと俺が契約する訳ねぇだろ。虚飾の悪魔、アロガンシアは何て言ってた言ってみろ!」

「あと数年生きてみろ?」

「そう。お前に伸び代があるのは認めてやる。それだけだ。それだけで契約してやるとでも?舐めんじゃねぇ!」

怒鳴り声で身体が震える。こんな恐怖を感じたのは初めてかも知れない。それと同時に声だけでこんなに揺さぶられるならその力って…。僕は唾をのみ込む。欲しい。

「この傲慢な悪魔。ルシファー様を認めさせる強者になれ。テメェは空虚にも強者にもなれる。何もかもテメェ次第だ。俺はテメェを見ててやるよ。期待に添えなかったら人間共と同じ様に見捨ててやる」

僕を見てくれる?それだけで僕は…。いや、でも数年だけ。しかも、期待に添えなかったら僕は本当に空虚に呑まれて消えてしまう。そんなの嫌だ。

「悪魔にとっての数年なんて秒でしかないが人間は違う。その秒でやるだけやってみな。優秀な存在はいくらいても困らねぇんだ。まあ、テメェがそうなるかは知らねぇけどな」

「分かった。具体的には何をすればいい?」

「自分で考えやがれ!何にも考えられねぇ傀儡なんて要らねぇんだよ!」

よく考えたら僕の人生でこんなに叱られる経験はなかった。僕はいつの間にか泣いていた。怖いの?これは何?

「泣き虫が。まあいい。精々足掻け。期待しないで待っててやるよ。俺じゃなくてもアロガンシアがテメェを拾うだろ。良かったな」

心のこもっていない言葉。傲慢が駄目でも虚飾がいるんだ。今の僕は見てもらえるだけで嬉しかった。

「俺は忙しい。直接話せただけで感謝しろ。それとお前を見つけたアロガンシアにも感謝するんだな。奴が何も言わなかったら俺はお前みたいなガキに興味すら抱いちゃなかったんだ。じゃあな」

僕は虚飾に感謝する。初めて誰かに感謝したかも知れない。

卒業証書を抱えて歩いている。周りはお祝いムードだけど僕の門出を祝ってくれる人はいない。僕が生きている理由は傲慢に認められるような存在になる事。それ以外ない。僕は高校に進学する。進学校は過去の行いのせいで認められなかった。何度も何度も『成績は良いんだけど…ね』と言われ続けた。その結果、僕は不良高校として名高い男子校に進学する事になった。場所なんて関係ない。どんな場所であろうと僕は頂点で居続ける。そうすれば認めてもらえる筈。よく考えたら僕の人生には不良が関わってきた。そういう運命なのかも知れない。暴力という力。これを学んできて高校では外面を気にせずに存分に振るえる。少しだけ心が昂ったけど笑うまでには至らなかった。

そして、今日。僕はこの不良校の一年生になる。目付きの悪い煙草とアルコール臭い不良に早速絡まれる。

「よぉ、ひょっこちゃん。ここのルール教えてやるから金くれよ。お前はここでの生き方を学べて俺は金が貰えてWin-Win。良いだろ?」

僕の答えはこれ。容赦なく拳を顎にめり込ませる。生き方なんて知ってるよ。お前達はこういうのが好きなんでしょ。呆然とする不良達。何人かに囲まれたけど全く怖くない。コイツらも弱い存在を痛ぶってきただけの雑魚。だって…僕を見て怯えているじゃない。殴る蹴るが楽しくて仕方がないのかも。へなちょこな拳をかわす。蹴りを空振らせる。お返しに鼻をへし折る、鳩尾を抉る、脳を揺さぶる。力を振るうって楽しいのかも知れない。五、六人を片付けるともう誰も寄って来なくなった。

『おいあれってまさか』『音門?』『数十人殺った音門律!?』

既に有名。認識してもらえるその視線が少し気持ちが良いのかも知れない。ずっと、かも知れないと言っているのは何も感じないから。一年間無視され続けた結果、喜び方を忘れた。ヒソヒソと色々と囀ずる奴等を無視して僕は入学式会場の体育館へと足を運んだ。

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不良少年が地獄に堕ちていく過程 やみお @YAMIO

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