第19話 重大発表 

 そうこうしている間に日が落ち、フィデルが帰ってきた。


「おかえりなさい、フィデル」


 メイドたちに「せっかくだから、お出迎えしてみてはいかがですか?」と提案されたのでレイチェルが玄関で待っていると、扉を開けた先に立っていたフィデルが呆然とした顔をしていた。よく見ると、彼の左手には花束が握られている。


「……た、だいま。レイチェル、僕を待っていてくれたの?」

「ええ。だめだった?」

「だめどころか……すごく、嬉しい」


 フィデルは感極まったように言ってから咳払いし、持っていた花束を差し出した。


「レイチェル、これをあなたに」

「まあ、ありがとう! これ、私の好きな花だわ。……覚えていたの?」

「あなたのことなら、何だって覚えている」


 真剣な目で言われて、さしものレイチェルもどきっとしてしまった。

 すっかり大人になり天使ではなくなってしまったが、「どえらい美男子」な甥の美貌と甘さを含んだ言葉は強烈だ。


(か、顔がいいわ! 私の甥、なんて罪作りなのかしら……!)


「……あら? そういえばフィデル、もう私のことは『叔母上』とは呼んでくれないのね?」


 食堂に向かいながら問うと、フィデルは少し難しい表情になった。


「……僕の叔母であるレイチェル・ロレンソは死亡扱いになっているから」

「ああ、それもそうね。私は別に、どちらでもいいのだけれど……」

「それならこれからも、レイチェルと呼ばせて。ずっとそう呼びたかったんだ」


 そう言われたので、レイチェルはぎこちなくうなずいた。フィデルの言うことも分かるし、異論もないのだが――やけにぐいぐい迫ってくるのが気になる。


(久々に私に会えたことで、ちょっと興奮しているのかしら?)


 そういうことにしておこう、と自分を納得させて、レイチェルは食堂に向かった。


 夕食もまた豪華なディナーで、しかもテーブルに花が飾られていたりと演出も凝っていた。フィデルが椅子を引いて座らせてくれたので、甥の紳士っぷりにレイチェルは感動した。


 食事をしながら、これまでの十五年間についての情報共有を行った。


「……そう。フィデルも大変だったのね。その間、そばにいられなくてごめんなさい」

「謝るのは、僕の方だ。……十五年前の事故の日に、勝手な嫉妬心でレイチェルにひどい言葉を吐いたことをずっと後悔していた」


 フィデルはそう言い、目を伏せた。


「本当に、すまなかった。……それから、ありがとう。レイチェルのおかげで、僕は大人になれた。あなたが助けてくれたことに……感謝している」

「そんなの叔母として、あなたの後見人として当然のことよ! ……でもその、本来はあなたが十八歳になるまでの後ろ盾として頑張るはずだったのに、十五年前に脱落することになってしまったけれど」

「僕は無事に十八歳になれたのだから、問題ない。お祖父様も、ずっとあなたのことを案じていた。あなたが無事に生還できたのだからきっと、天国で喜んでらっしゃるよ」

「……そうだと私も嬉しいわ」


 レイチェルが微笑むと、フィデルもほっとしたように頬を緩めた。


 食事が終わると食器は下げられ、紅茶が運ばれた。


「あら、お花が浮いているわ」


 二人分の紅茶が運ばれたがレイチェルの方のカップにだけ花が浮かんでいるのでついはしゃいだ声を上げると、フィデルが微笑んだ。


「僕から大切なあなたへの贈り物です」

「ありがとう。……でもねぇ、フィデル。昔から言っているけれど、そういうことはあんまり口にするものじゃないわ」


 紅茶カップを口元に運びながらレイチェルが言うと、フィデルの眉が跳ね上がった。


「そういうこと、とは?」

「あなたは私のことを気に負っていて人間関係作りに疎遠になっていたようだけれど、あなたももう二十五歳でしょう? 伯爵家の跡取りはあなたしかいないのだから、そろそろ結婚を考えるべきだわ」

「……ああ、それもそうだね。でも、大丈夫。もうそのへんについては考えているから」

「えっ、そうなの!?」


 それは意外だ。


(フィデルは結婚に関心がないようだって、使用人たちは言っていたのだけれど……)


 だからいざとなったら元叔母としてレイチェルが今度こそフィデルの花嫁探しをしなければ、と密かに意気込んでいたのだ。少々拍子抜けではあるが、彼がきちんとそういうことを考えているのなら、それはそれで結構なことだ。


「……それなら、まあいいわ。その相手の方にはきちんとプロポーズするのね?」

「うん、これから」

「これから!? そ、それじゃあお茶を飲んでいる暇なんてないわ! ほら、早く出かける準備を……」

「必要ない。ここで済ませるから」


 そう言うなりフィデルは席を立ち、レイチェルの隣に立った。ジャケットのポケットから小さな箱を出し、指先でその留め金をパチンと弾く。


「レイチェル、僕と結婚してください」


 ごく真剣な表情で、フィデルが言う。


 レイチェルはじっと、甥の顔を見た。

 目線を下げれば、彼が手に持つ箱の中身が見える。


 指輪だ。指輪がある。

 シルバーのリングに立派なダイヤモンドの飾りがついた指輪がある。


(……はい?)

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