第18話 伯爵邸にて
フィデルに抱えられて、レイチェルは伯爵邸に入った。
既にレイチェルについての連絡は届いていたようで、屋敷の者たちはレイチェルを迎えるための準備を進めていた――のだが、想像より早くレイチェルが来ただけでなくそれを抱えているのがフィデルということもあり、皆驚いていた。
「えっ、フィデル様?」
「もしかして、そちらの方が……」
「僕の大切な人の、レイチェルだ。……丁重にもてなせ」
フィデルが真顔で言った途端、それまでは戸惑いがちだった使用人たちはぴっと仕事人の顔になり、お辞儀をした。
(おお……! さすが王都の屋敷にいる使用人は、切り替えが上手なのね!)
感心していると、そっと床に下ろされた。これでやっと自分の足で歩けると、レイチェルはほっとしてフィデルを見上げる。
「ここまでありがとう、フィデル」
「どうということはないよ。……悪いけれど、僕は一旦城に戻らないといけない」
「そうよね、お仕事中だものね」
むしろ、仕事の途中だというのにレイチェルを助けに来てくれたのはありがたい反面、仕事はきちんとしなくてはならないのにすっぽかさせたのが申し訳ない。
フィデルは微笑むとレイチェルの髪に触れ、そっと指先でくしけずった。
「今晩は、早く帰ってくる。だからレイチェルは、ここでゆっくりしていて」
「ありがとう、そうさせてもらうわ。……あの、いろいろ話さないといけないことがあるし」
「そうだね。でも、時間はいくらでもあるから大丈夫。だから……いい子で待っていて、レイチェル」
フィデルは穏やかな口調で言うと少し身をかがめて、レイチェルの頬にキスをした。
(……まあっ! こんなキザなことができるようになっているだなんて……!)
顔を上げたフィデルは笑みを深めると「行ってくるね」とささやき、きびすを返した。
(なんだ、フィデルはちゃんと立派な紳士として育っているのね!)
自分の死がフィデルの人生に影を落としていたらどうしよう、と思っていたので、安心できた――が。
「……フィデル様が、笑われた……」
「初めて見たわ……」
「あんな柔らかい口調で話されるなんて……」
レイチェルの背後で、使用人たちがそんなことを言っていたのだった。
フィデルが帰ってくるまで、レイチェルは屋敷で待つことになった。
といってもレイチェルは飛び込み同然でやってきたので、まだ客室などの用意ができていない。それも当然だから、何か食べたり飲んだりしながら待てたら十分、だと思ったのだが。
レイチェルはそのまま浴室に連れていかれ、念入りに洗われた。そうして湯上がりのときにはなぜか、美しいドレスが用意されていた。
「……いつの間に準備したの?」
「先ほどフィデル様の使者が持って参りました。急ぎなので既製品で申し訳ございませんが……」
メイドは申し訳なさそうに言うが、とんでもない。見せられたドレスはまばゆく輝いており、急ごしらえとは思えない。
どうやらレイチェルが行方不明になっていた十五年間の間に服飾文化も進化したようで、王都には既製品の高級ドレスを取り扱う店ができているという。フィデルは急ぎその店で一着購入して送ってくれたようだ。
ドレスだけでなく髪飾りや靴まで準備されていたし、風呂上がりに食堂に向かうとそこではフルコースのランチがお待ちかねしていた。
(も、もっと質素でいいのに……!)
そうは思うがメイドも料理人も「フィデル様のご命令ですので」の一点張りだった。料理はどれもレイチェルの好物ばかりで、これらも全てフィデルの指示だということだった。
食事の後で、部屋に通された。そこは屋敷の最上階で一番日当たりのいい場所らしく、もう既にベッドなどまで用意されていて驚いた。
「いきなり来たのにこんなに素敵な部屋を用意してくれて、ありがとう!」
部屋を見回してレイチェルが礼を言うと、メイドは首を横に振った。
「当初は別のお部屋をご用意することになっていたのですが、ずっと空いていたこちらの部屋をレイチェル様にあてがうようにとフィデル様がお命じになったのです。他の家具もいずれ、運び込ませます」
「まあ、そうなのね。こんな立派な部屋なのに使っていなかったのね。ここって本来、何用の部屋なの?」
「……ただの空き部屋です」
メイドは一瞬言葉に詰まった末に、当たり障りのない返事をした。
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