第3話 思いがけない事実②

「今回私がお会いしてきたあなたの伯父君が、現ブランケル伯爵閣下です。エミリア様は伯爵の異母妹で、お若い頃に伯爵城を離れてこちらの村に移り住みました。私はエミリア様付のメイドで、ブランケル伯爵閣下の命令でエミリア様ならびにご息女のレイチェル様をそばでお守りするという役目を仰せつかっておりました」

「え、え……え? あ、あの、なにを言っているのですか、おばさん?」


 話に全くついていけず、レイチェルはあわあわとおばさんの表情を伺う。おばさんは「これは失礼しました」と微笑んだ。


「要するに、あなたはただの村娘ではなくてれっきとした貴族の血筋のご令嬢なのです。……エミリア様は城での待遇が悪く、自由を手に入れるためにあなたのお父君に手を引かれて城を離れました。深窓の姫君が村で生活できるはずもないと思っておりましたが……エミリア様は、とても幸せそうでした」

「それは……はい。私も思っています」


 確かに、母は村人とは思えないほどたおやかで美しくて線の細い人だった。だが決してか弱いわけではなく、家の中に黒い例の虫が出たときには箒を持って自力で駆除していたし、レイチェルが野犬に襲われたときにも駆けつけて守ってくれた。


 そして……母はいつも、幸せそうだった。まだ父が生きていた頃、暖炉の前に夫婦で座って語り合う姿は、レイチェルの頭の中にも鮮明に残っている。父の死後も、穏やかな表情で編み物をしてローラおばさんと談笑していた。


 母は、幸せだった。

 それは、レイチェルも実感していることだった。


「ブランケル伯爵閣下は、エミリア様のことを案じてらっしゃいました。もちろん、レイチェル様のこともです。そのエミリア様が亡くなったとお伝えするとたいそう悲しまれ……そして、もしレイチェル様がお望みであれば手元に引き取りたいと仰せになったのです」

「えっ?」

「……そのときはあのクソガキのこともございますので、保留とさせていただきました。ですが、いざ帰宅すればあのクソガキはあろうことか、エミリア様の思いもレイチェル様のことも踏みにじっていた阿呆だと分かりました! そして、レイチェル様に寄り添うべき大人たちまであなたを軽んじているとなると……我慢なりません」


 ローラおばさんはふーっと息を吐き出してから、レイチェルを見てきた。


「レイチェル様。先ほども申しましたように、伯爵閣下はエミリア様の忘れ形見であるあなたのことをたいそう気にかけてらっしゃいます。きっと、ご自分から遠く離れたところでエミリア様を亡くされたことを気に病んでらっしゃるのでしょう。だからこそ、レイチェル様をそばでお守りしたいと思われているのかと」

「……あ、あの、それじゃあ私は本当に、いいところのお嬢さんだったの?」


 まさか、絵本に出てくるような出来事が自分に降りかかってくるなんて、信じがたい。


(おばさんは、こういう嘘を絶対につかない人だと分かっているけれど……)


 レイチェルの問いに、ローラおばさんは「いいところ、どころではありませんよ!」と言う。


「傍系ではありますが、伯爵家のご令嬢です。この地ではエミリア様の希望もあってなれなれしい態度を取っておりましたが、本来であれば辺境伯城で手厚く庇護されるべきお方です」

「えっ……それじゃあほら、あの、『政略結婚の駒』っていうのになるのかしら?」


 いつどこで聞いたのか覚えていない言葉を口にすると、おばさんは顔色を変えた。


「……確かに貴族が遠縁の娘を引き取るときには政略結婚を見越すと言われていますが、伯爵閣下はそのようなことをなさらないでしょう。何と言っても、エミリア様は伯爵閣下の実母である方からたいそうひどいいじめを受けており、望まぬ政略結婚をさせられそうなところを間一髪で逃げ出されたのです。閣下は妹君の望まぬ結婚を止められなかったことをずっと悔いてらっしゃるので、その息女に同じ思いをさせたりはなさらないでしょう」

「そうなのかしら……」


 うーん、とレイチェルは悩む。

 正直、自分が貴族のお嬢様だなんて非現実すぎて、まだ脳みそが受け入れられていない状況だ。


(私の伯父さんは私のお母さんのことが大切だったようだけど、その娘の私も同じとは限らないわよね? おばさんはこう言うけれどいざ行ってみたら政略結婚をさせられるかもしれないし、雑用を命じられるかも……)


 いや、雑用だったらレイチェルとしては嬉しいことだ。今のレイチェルはこの村を出ていくことについて積極的になっているし、そうなると働く場所が必要だ。


 伯爵家というと確か、貴族の中では「そこそこ偉い」ランクになるはず。その城勤めの使用人となると給金もたっぷり出るだろうから、衣食住には困らないはず。


「……おいしいまかないも出るかも!」

「あ、あの、レイチェル様? もしかして、使用人になるおつもりですか?」

「もし伯爵様が私の顔を見てがっかりされても、粘って粘ってお城で働くことを許してもらえたらいいなぁって」


 母はあのジョッシュがでれでれになるほどの美人だったが、残念ながらレイチェルは父親似だ。父親が醜いわけではもちろんないしレイチェルは父の優しい顔が大好きだったが、美々しい顔立ちとは言えない。


 母の生き写しが来ると期待していた伯爵からすると、がっかりだろう。だがレイチェルが母から生まれたのは出産に立ち会ったというローラおばさんが証明してくれるのだから、下働きとして城に置いておくくらいのことはしてくれるだろう。


(そういえば大きなお城には、パンを焼く専門の料理人がいるってお母さんが言っていたわ! 毎日くるみパンを焼けるなんて、最高!)


「パン焼き職人もいいかも……!」

「……はぁ。とにかく、ここを出ることに関して前向きになってくださったのなら、私としては嬉しいくらいです」


 ローラおばさんはため息をついてから、残っていたくるみパンを全部食べた。


「それでは、善は急げです。伯爵閣下はレイチェル様のお越しを待たれているので、すぐに準備を進めましょう」

「えっ、でも本当にいいの?」

「この村に未練はないでしょう。村人たちは、あなたが伯爵家のご令嬢だと知ると態度を変えるでしょうが……そんな醜い様をお見せしたくはありません」


 そう言って、ローラおばさんは立ち上がった。


「私はあなた様を伯爵城に送ってから、こちらに戻ります。ご両親のお墓を守らねばなりませんからね。墓移動できるまでの十年ほどはこちらで過ごし、レイチェル様がお望みであればお二人のお骨を伯爵領に移動できればと思っています」

「……そう、ね。またそのときに考えるわ」

「そうなさってください。……さあ、忙しくなりますよ!」


 そうは言うものの、ローラおばさんは生き生きとしている。元々活発な人だったし、おばさんとしてもレイチェルをこの村に置いておくより伯爵城に連れていった方が助かるから、乗り気なのだろう。


(……お母さん。なんだか、一気に物事が進みそうだわ)


 テーブルの隅に置いている、母の遺品の指輪に向かってレイチェルはそう呼びかけた。

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