第14話

 どれぐらい歩いただろうか。


 歩き始めた所謂スタート地点にある木には、わかりやすいように○印を付けていて、その地点にまでまた戻ってきた。


 体感でしかないが、二時間も歩いていない、何だったら一時間もかかっていないかもしれない。


 歩く速度、それはその時々の体調、その人それぞれの身体能力に差があれど、大体秒速0.8~1.0メートル、時速なら2.9~3.6キロメートルと言われている。


 道中辺りをくまなく調べながらゆっくりとした速度で歩いていたとしてかんがみるに、秒速0.8メートルの速度で50分歩いたと仮定すると、2400メートル。立ち止まる頻度も多く、それ以下であると考えれば2.0キロメートル歩いていたかどうか。


 体感での時間と速度、その体感から計算して円周を2キロと仮定する。ここから半径を割り出すと 円周=2.0キロメートル ÷ π ÷ 2 = 318.3098861837906952 となる。


 草木に覆われていて深い森のような場所に見えたが、実のところ非常に狭い孤島のような場所であるとわかる。崖からの景色は変わらず底が見えない、空から下は全て見えずただただ暗い。つまりはほそく非常に縦に長い島、という認識でいいだろう。


 奥行知覚。


 人は片方の目だけで奥行きを視認することは難しい、これは物を立体で捉えることが難しいことと同義だ。ではこの下層を視覚で捉えきれない理由は何か、これは光が下方に届いていないと考えるのが自然だ。


 空を飛行するパイロットでさえ、遥か下を視認することは容易であり、むしろ地面を視認出来なければ離着陸は困難を極め、現在地の座標は座標データ上の計測の結果だけを脳内で処理することとなる。これは目に頼っているという意味ではなく、目とデータで飛行の精度高めている、これのひとつが欠ければ非常に危険なのは車で考えてみればわかりやすい。


 車中から見る景色によって、その方向や方角、それをある程度絞ることが出来る。しかし、データだけではどうか、これは運転は困難であるとすぐに理解できるだろう、これは空を飛ぶパイロットも同様である。


 無論出来なくはないが、大変危険であるのだ。


 自然の奥行きに明確な一本の線を引くことは出来ない、視界は奥にある物体等々が遠ければ遠い程にぼやけいく。例えば正確な線を決めてしまう過程としての線を一本引いたとする、その線に対してそれが明確であると定義するには非常に乏しい。まずその奥にあるデータを知らなければ明確な大きさをぼやけたところに幾ら線を引いたところでそのデータをしっかりと把握出来ない。


 相対的な大きさはその対象の大きさを知っている場合であれば、見えている対象の数値によって距離を推測することができる。そこには何が重なっているかも知らなければ、その全体図も見えないのは明白だが、例えば一軒家を遠くから視認したとして、そこはぼやけてしまう程の距離であったとして、その家の手前にある車や木、人や犬や果ては草花、これらが幾重に重なっているが、もし、その内のデータをひとつでも持っていれば、そこから大きさをある程度絞ることが出来る。


 人を仮に170cmと過程すれば、その家の高さを割り出すのに役に立つ、勿論明確とまでいかない。平行線は遠ざかるほどに一点に集中する、その集中線に対して手前の大きさを知っていたところで、大よその大きさしか知るよしは無い。


 対象物は視線に対しての影響が強く、斜めから見ていた場合、その奥行きに線を引いても小さくなってしまう。ではその小ささを正確に知ろうとするならば、やはりその物のデータがわからない以上、知ることは厳しい。同物体をその認識によって確定することは出来ても、別の物との大きさとを比較して認識するとしては不十分である。


 さらには色。


 この色は山の中腹から街並みの明かりを見ればわかる通り、ぼやけたり大きく光ったりと、曖昧さを回避できない。これは光の方向が幾重にも重なってランダムであるかのようにぼやける為だ。しかし、街はある意味では何種類かの模様のように広がっていて、その街はきめ細かく見えている。


 データを知ることも目で視認することもどちらも重要であり、そのどちらかが欠けた瞬間から曖昧さの回避はほぼ不可能とみていい。


 仮に絵を綺麗に描いてそれっぽく見せても、実際はデータとして考えれば可笑しなものである。データを知った上で描いていれば、見た目が多少悪くなるかも知れないが、完成度は高いものとなる。ではどちらが正しいのか、数値を重視すれば絵としては美しくない、つまりは正しくないがデータとしては正しい、ということになる。


 私が今見ている崖下はデータとしても絵としても正しくない。


 光が下方に存在しない、これは宇宙から見た地球でさえも地面を視認できるにも関わらず、この崖上からの景色は地面すら見ることが出来ない、空は非常に明るいにも関わらずだ。


 データを読み込めていないマップのロード中であるでもあるまいし、遠くをまったく視認できない状況が現実である筈が無い。


 部屋から出れば何か発見でもあるのかと考えていたが、わかったことと言えばやはりここは現実世界とは程遠い世界だと改めて認識することとなった。


「……あー、なんやかんや一周してもうたな、食料もまあ一応手には入ったし、一回あの部屋に戻らへん?」


「そうですね、私もそれがいいと思います、待っている方達の不安も多少は和らぐでしょうから」


 眼鏡をちょんと触れる。


「ええこというやんっ」


 そう言って、じゃあもうはよかえろー、と松葉は皆を促した。


 帰るという認識はおかしいだろと思ったが、こんなことをここで言っても明らかに無駄であるので、心の中で突っ込んで聞き流して置いた。松葉だってそんなことはわかっている、彼は感覚で喋るタイプだからだ。


 そう松葉はいつだって……。


「……あれ?」


 思わず声が出た。


 感覚で喋るタイプだ、そう思った瞬間、違和感を感じた。


 違う。


 おかしい。


 何かがおかしい。


 ……。


 …………そうか。


 感覚で喋るタイプだというのはわかる、しかし、何故意思疎通のような、馴染みの深い感覚を持っているのか。この出会って間もない状況で彼を受け入れている状況は何を意味するのか、他の部分、例えばこれが好き、あれが嫌いといったもの、それを知っていたとしても、極端に合わせるというよりは、そうなんだな、といった認識で留まる筈だ。


 この松葉の口調からは雰囲気で喋るタイプだと初対面でもわかるが、それを深く理解して、こちらが彼に対して好意的に対応しながらも且つ妙に信頼して彼に合わせているのは明らかに変だ。


 彼、松葉の人柄だけではこの彼への共感性の説明が付かない。


 会っている。


 ここ以外で私は彼と面識がある。


 そう考えられた、考え過ぎかもわからないが、そう考えるとこの妙な安心感がに落ちる。


 ここで皆の歩みに遅れていたことに気がついて、私は駆け足で皆の流れに向かった。歩みの流れに乗ってすぐに白い部屋というべきか、白く四角い家が視界に入る。この家の周りだけ木が不自然に生えていない、まるで人の手で切り開かれたようにぽつんと存在していた。

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