第15話

 白い家の周りをドーナツの穴を覆うように木が取り囲んでいる。家の位置はこの島の端付近に存在していて、この裏手の木々を抜け、先に進むとすぐに崖がある。


 大よその歩いた所感、この島の陸地は円形の形を取っている、結構しっかりと円だとわかる、ただ歩いただけでの所感で予測がついている為、ある意味では明確に円だとわかったという認識だ。


 この家の外から見る概観がいかんについて皆は確認済みかも知れないが、私には所々記憶が無い、そう思って私は何となくこの家をぐるっと回って確認してみようと、私からみて左側面に向かった。


 おかしな事に配置してあった筈の椅子が何処にも見当たらない。


 側面に移動してすぐにノブの付いた扉が視界に入った、この建物に付けられているので、ここから室内に入れるかもしれない。


 私は記憶が欠如していて、この扉が初めから付いていたのか定かではないので、これを皆に確認を取ることにした。話がややこしくなるのも面倒なので、この側面を確認したのは初めてではないと多少演じながらも、皆にそれとなく聞いた。


「皆、来てくれ」


 皆は室内に戻る為に中央に集まっていたが、有本と松葉が一体どうしたのかとこちらに歩いてくる。


「ここから入れるか試してみないか?」


 この言葉を聞いてガクとハクも合わせて皆がこちらに向かってきた。


「あれ、扉がある?」「え、扉!?」


 驚きまでは共有できないのか、扉という言葉そのものはユニゾンしているが、ハクだけが大きく驚いている様子だ。


「うわ、ほんまやん」


「何ですかこれ、扉だなんて、前に確認したときにはありませんでしたよね」


 皆一様に見ていないと言う。


 皆で確認したという口ぶりは、外に出た者達との共有の話である為、私も確認したということと同義だ。やはりここでの記憶が途切れているというのは間違い無かった。


「どうだろう、一度開けてみないか」


 多少の警戒もあるが、皆もこの島の全容をある程度把握した後なので、この扉を開けて確認はして置いた方が良いと判断したのだろう、この提案は通ることとなった。ある程度どうするか話がまとまった辺りで室内から音が聞こえた。


 扉がわずかにたゆみ、あっけなく開く。


 身構える間もない。


 中から現れたのは、有本だった。


 もうひとりの有本が現れ、私達は困惑していた、しかし、どうやら向こうも同様に私達を警戒している様子だった。


「……あなた達だれ、ここは何なの」


 まるで初対面であるかのような口ぶりだ、どちらかと言えばこちらの有本の方が私達が初めて会った時の有本そのものだ。


「誰って、……言われてもなー、そのー、……松葉やで、松葉弘幸」


 女はイライラした様子で地面を蹴るようにして右足のかかとを上下に小刻みに揺らしている。この癖も間違い無くあのだ。


「あら、そう、私は杉原優すぎはらゆう


 女はそう言って整然と手持ちのバッグからスマートフォンを取り出し、最初に出会ったときに見せた行動をそのまま沿うかのようにして何処かに掛け始めた。他人など当てにしていない強気な態度というか、特有の雰囲気も全てが一致している。


 ただひとつ違っているのは、女のフルネームが杉原優というらしく、その名が違うだけだった。


 杉原が自身のフルネームを名乗った辺りからだろうか、地響きのような、それでいて音はカーンと小気味いい機械音が鳴った。


 と同時に、


 ――――地面が揺れる。


「うわ!」「うわ!」


「なんや、地震か!」


 妙な機械音がさらに響く。


 三度カーンと鳴って、キュルキュルと弱っていくようにして音が遠ざかっていく、この音に合わせるかのようにして白い家が不自然に激しく揺れ、倒壊というよりは薄っすらと消えるようにして消失した。


 消失した白い家があった場所に、大きな白い円卓、背もたれの付いた飾りの無い簡素な白い椅子が現れる。


 というよりも、ここにあった部屋の中がそのまま残っている、外に置いてあった椅子が見当たらなかったのは部屋の中に戻されていたのか、理屈はわからないがそうなのだろう。白い外枠にはめ込まれた巨大な鏡は壁に立て掛けてあった筈だが、不自然にも宙に壁があるかのように傾いた状態で地面に置かれていて、白い箱型のデジタル時計も同様に宙にピタッと固定されて浮いている。


 唯可、先崎、下地、彼らがテーブルの底から現れた、揺れがあったのでテーブルの下に身を隠していたようだ。


 彼らは驚いた様子で辺りに体ごと視線を回し、次にこちらを見た。私達も同様に視線を泳がせていたので、はたからみればマスゲームのような動きの一致を見せていたかもしれない。そうして少しの間、しばらくして先崎が話しかけてきた。


「……これは、君たちがやったのか?」


「いや、違う」


私はどう言ったら良いのか少し戸惑ったが、違うとだけ答えた。


「そうか」


 先崎はそう言って、内ポケットから煙草を取り出し、一本オイルライターで火を付け口にして吸った、そうして溜め息をするようにして煙を吐いた。

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