第13話
この所謂他人の空似を越えた存在、つまりは状況や関わりすらも共有できている場合はホートスコピーと呼ばれ、相当数が統合失調症との関連をみせている。自己像幻視とドッペルゲンガーはこれに該当しない。
ドッペルゲンガーは自身が見て感じるのも第三者からの目撃も同義で、死の前兆と信じられている怪談話の類のひとつだ。脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域に何らかの障害、例えば脳に腫瘍などが見受けられ、それが原因となって発症する症状とされている。
自己像幻視に関しては脳が覚醒していない状態、眠りから覚めた状況等々が起因で度々見受けられ、瞬時に
例えば車中。
疲労によりうとうとしているときに無意識に睡眠状態に入り視ることもある。電車内でも同様で、下車する予定の駅で寝過ごしかけ、慌てて起きてぎりぎり間に合った、そうして改札に向かう途中で目撃する、というのもよくある事例のひとつだ。勿論通常の睡眠からの覚醒でも同様に起こり得る。
しかし、これはどういうことか、ホートスコピーの共有など聞いた事も無い。
怖い、薄ら怖い。
「皆さん、助けて頂いてありがとうございます」
身震いした。
皆もこの異様な女の変貌と言うべきか、女の言動に困惑し、よくわからないといった様子でその場で立ち、視線だけを女に向けてただただ女の様子を見ている。
「……どうかなさいましたか?」
松葉が声をかけるかを躊躇するかのように眼鏡のブリッジに触れ、そして再度触れ、口を開いた。
「なあ、
女の苗字は有本というらしかった。意を決したように、松葉は眼鏡のフレームの淵の上と下を親指と人差し指で上下させる。
「……もうさ、そのしょうもない冗談もうやめよ?」
「冗談、ですか?」
「そうや、まあその有本さんにそんなお茶目さがあったいうのはちょっと意外やけどさ、さすがにこのタイミングでは笑われへんで」
有本は少し間をおいて自身の不備を考えるようにして答えた。
「えっとそれはどういう……、その私……、何もふざけて何かいませんよ、松葉さんこそ一体どうしたんですか」
松葉は右手を自身の額の右端に当て「わからーん、どういうことやー」と自問を始めた。
その様子を見ていた有本が、体を強張らせ、少し小刻みに震えながら手で口を覆い小さく笑い始める。それを見た松葉は「こわいー、なんやねーん」とさらに困惑する。それに続くかのように有本は笑いを堪え切れないといった様子で口を大きく開けて笑った。
「ねえ」「ねえ」
ガクとハクが間に入り、ガクがこの事態の見解を始めた。
「有本さんは記憶喪失とか何じゃないの、詳しくないけどさ、そういうの」
「きっとそうよね、こういうのどっかの映画で見た事あるもん」
とハクも続いた。
「……ああ!」
眼鏡をクイっと。
「そうやん、それやん!」
松葉の中で何か合点がいったようで、うんうん、と何度も頷いて勝手にひとりで納得してしまった。そうして笑っている有本の肩を軽くポンと叩くと「まあ何より無事で良かったやん」と有本を元気付けるように自身に言い聞かせた。何というか関西に暮らす人特有のものを見ている気分にさせられる。
それからは皆、有本から色々と話を聞き出し始めた、記憶障害を疑った為だ。その時フルネームも尋ねていて
私以外は。
そう、私以外は私の記憶は皆とのここでの共有したものとは程遠い。所々途切れているし、松葉や先崎との会話の記憶にも
あれこれとここでの記憶を巡らせていると、どうやら話は決着がついたようで、有本は仕方ないとして、ここから抜け出す方法を知る為にこれからこの崖の淵を辿るようにしてこの森の全容を知ろうという話になった。この時、木の枝を使って木に対して×印の傷を付けて一定の間隔でそれを繰り返すことで来た道を迷わず戻れるようする。崖からこの森の外周をぐるっと回るだけなので、道に迷ってしまう危険性もそこまで無いだろうという判断だった。
その間に何か食料になる物が見つかれば皆で毒味を順番で行い、食べれる物だと判断すれば皆で分ける、といった話で一旦収まった。松葉が言うには、ざっと見た限り太めの四方に伸びる枝が下方に無い木が多い為、木の実の
「ほな、いこか」
松葉が先頭で次に有本、その次が私で、ハクとガクが続く。これは毒味する順番と逆行していて、一番前にいる松葉は最後に毒味をする、その変わり、ある程度危険な役回りとして一番前の先頭を歩くというもの。毒味の順番はガク、ハク、私、有本、松葉、この順番で固定されている。
「……あ、何か、草の実みたいのんあるで、しらんやつやけど」
歩いて数分、松葉が見つけたようだが食べない方が良いと言う。松葉は戦場カメラマンとしてこの手のものは調べていた様子で、実の生る草木は茎や草そのものに毒がある可能性も高いらしく、知らない実はその存在自体全て危険と判断しているようだ。しかし、この世界にある植物はどれも見た事が無いようで似ている、見慣れたようで違うと語った。そうした上で一度食べてみるのもありかもしれないと続けた。
ここは別世界という認識でなら、食べてみる他無いという松葉なりの考えであり、ひとつの提案だ。その話を聞いた上でガクは躊躇することなくその実を手に取って少しかじった、少量なら死にはしないだろうと腹を括ったのだろう。
「……これ、これいけるよ、すっごい甘い」
そういって皆に配った。
手渡されたそれは木苺をもっと赤くして一粒を二回り程大きくしたような形状をしている。ごつごつした苺のような一見して見た目も良いのでガクが躊躇せず食べれたのはそのせいかもしれない。皆も少しかじって、ガクと同じようにして一様に食べられるものであるとした。水分量が多く、非常に甘いらしい。結構な量が取れ、当分は安心できると皆は喜んだ。皆は幾つか実を採取し、十分に実を確保してから松葉が先導の元、さらに先へと進んだ。
私は警戒してその実は食べずにポケットにしまって、皆の歩みに続いた。
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