第15話 彼らの神
実のところをいうと、『K2!』が(楽曲や配信といったコンテンツではなく、偶発的なインシデントという意味で)世間をにぎわしたのは、今回のケースだけに限らない。
摂理と葉凪、この両名の関係について語るのならば、俺ですら知っていたあの事件について触れないわけにはいかないだろう。
今回の事件と同じくらいの熱量をもって報じられたニュース。
『K2!』を語る上で避けることのできない話題。
2年前に発生したアイドルフェス襲撃未遂事件について。
※ ※ ※
国内最大のアイドルフェスに参加した2人は、最終日の大トリを任されていた。
当時高校1年生の2人が、グレーを基調とした学校の制服のようなデザインの衣装を身にまとっている。摂理は黒一色の髪(今よりも短い)、葉凪は水色の髪をツインテールにしていた。
真夏の蒸し暑い夜だ。もっとも俺は暑くない夏なんてものを知らないが。
都内の野外ステージ。
『K2!』はもう4曲演じている。
摂理も葉凪も顔と胸元を汗まみれにしていた。
長いフェスの最後の曲が──彼女たちの代表曲のイントロが流れ始めた。
もちろんアイドルなのだから、2人は歌っているフリをしながらパフォーマンスをしているだけだ。そんなことは誰だってわかっている。
ファンが観たいのはステージ上で2人がどんな表情を見せるかだ。
普段はデフォルトでむっつりとした顔の摂理だった。誰に対しても愛想が良くないアイドル──だがライヴとなれば違うのだろう。恍惚とした笑みを浮かべながら、観客を煽るように腕を振り、走り、座り込み、そして葉凪と肩を組む。本当に親しげに。
2人が身体を触れるだけで黄色い悲鳴が会場内から発生してくる。摂理のファンは本当に女性が多い。『王子様』と呼ばれるだけはある。
摂理はとても女性ウケするアイドルだった。
葉凪は笑顔を会場中に振りまいている。感動からか目に涙を浮かべ──日本一涙が似合う少女だ。彼女はいつも泣いている。見る者の共感を呼ぶ涙だ。子役時代のころからそれはまったく変わらない。万人を味方につける涙。
葉凪はある意味不器用なアイドルだ。摂理のように観客と対話をして望むものを与えることなどできない。葉凪は即興性に欠ける。だから彼女は努力した。しっかりと脚本を準備して演じきる。
その日の彼女は『
葉凪はとても男ウケするアイドルだった。
──事件が起こったのは、2人がラスサビを歌いきりアウトロが最後の音を奏でたそのときだった。
2人はそろって宙に跳び上がってその音を迎え、
観客たちは総立ちになり熱狂し、
そんななか、1人の観客がステージに侵入してきた。
まだ若い男、狂気に満ちたギラつく目、ボソボソとなにかつぶやいている口。奴の名前は
異物に気づいた観客たちが悲鳴を上げる。警備員がステージの袖からとびこむが──間に合わない。標的は、摂理のほうだ。
摂理は唖然とした顔をして、手にもっていたマイクを床に落とした。一歩後ずさるが、恐怖のため身体が竦んでしまいそれ以上逃げることはできない。男が摂理の腕をつかもうと手を伸ばした瞬間、葉凪がマイクを侵入者の頭にむかって全力で投げつけた。
なんという度胸だ。
葉凪は相手の気を摂理から逸らすため、男を毅然とにらみつけてさえいる。
「摂理ちゃんに触らないで!!」
葉凪は会場にいるすべての人間に聞こえるような声量の金切り声をあげる。
殴られた側頭部を撫で、痛みに顔をひきつらせたその男はターゲットをもう1人のほうへ変えた。葉凪に襲いかかろうとした犯人は次の瞬間警備員、そして背広姿の男──『K2!』のマネージャー雨宮から続けざまに猛烈なタックルをくらって倒れた。数秒後、犯人の姿は駆けつけた10人前後のスタッフたちに囲まれ見えなくなる。男は通報を受け現場に到着した警察に引き渡された。
もちろん会場は騒然となっている。だが観客たちへ落ち着くよう主催者側からアナウンスがあったため、大きなパニックにはならなかった。この手際の良さは評価すべきだろう。緊急事態ゆえ司会をしていた元アイドルの女性がステージに再登場することなく2日間におよぶフェスは終了し、そして語り継がれることになる。「私は」「俺は」「本物の英雄的行動を目撃した」と。
このライヴは──『K2!』は伝説となったのだ。
……葉凪は最後まで
女性スタッフとともに、ショックで座りこんでしまった摂理を立ち上がらせ、肩を貸し、声をかけつつステージから退場する。2人の名を絶叫するファンの声を背中に受けながら……。
これがアイドルフェス襲撃未遂事件の顛末だ。
その日、2人はアイドル以上の存在になった。
以降『K2!』がライヴなど公の場で活動する際、最高水準の警備体制が求められるようになった。それこそ首相の街頭演説と同等以上の。
……まさか『K2!』の1人がもう1人に襲いかかるとは誰も予想できなかっただろう。
※ ※ ※
パーティのあった週が明け、最初の平日。
場所は游の家の居間である。
俺は游と一緒にテレビのモニターでこちらの事件の映像を観ていた。
「2年前のこのとき葉凪は摂理を助けている。マジで命懸けだったはずだ。この男が凶器を持っていた可能性だってあったのに」と俺は言った。
「……普通の人は動くことすらできないと思う。葉凪ちゃんが友達を守るためマイクを投げることができたのは、摂理ちゃんのことを心の奥底から好きだってことの証明だと思うの」と游は言った。
「だからこそ──」
「だからこそ今回起こったことが残念でならないわ。葉凪ちゃんは摂理ちゃんのことを本当に好きだったはずなのに。2人の間でなにが起こったのか……」
游はずっとシリアスな顔をして、事件の映像を繰り返し再生していた。
だがそれはそれとして畳の上で寝っ転がっていた俺の両膝の間に勝手に座りこむことはないと思う。猫や犬じゃないんだから……。
和室で座りにくいことはわかるのだが彼氏をイスの代わりにするのはちょっと、位置的にね。游のいい匂いとか髪の感触とか体温とかその他諸々の条件で身体の一部が変化しないよう必死にコントロールしていたのだけれど、游はそんなことに気づきはしなかった。
「こんなに必死になって守ったんだから、また2人は仲直りできるよね?」
振り返り俺にむかってささやく游。
「ちょ、ちょっと離れてくれない? あんまりぴったりくっつかれると考えるのに不都合があるから……」
こっちは真剣に問題解決の糸口を見つけだそうとしているのに。
いや、少しは遊びも必要か。なにせこっちはアマチュアで、芸能人が起こした事件を本気で解決できるだなんて思っていないのだから。
そのときは自分の調査能力をそのように評価していたのだが。
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