第14話 裁くのは誰か?
葉凪が摂理を殴る動画はすでに何千万回も再生されている。動画サイトで、SNSで、テレビで。正確にいえば殴った直後の動画だ(画面の端には学生服を着た大柄な少年=俺の姿が映っているが、幸いにも顔が入りこんでいない)。
そして決定的な写真が撮られている。葉凪がその小さな右拳を摂理の顔面に叩きつけている1枚はこの事件の象徴となった(写真はパーティに招待されていた新進気鋭のフォトグラファーが撮ったものだ)。
──暴行直後に葉凪を止め、ビンタを放った游は英雄あつかいされた。こういうときの大衆は無節操なものだ。
「正義執行!!」
「最速で報復されて清々したわ」
「事務所の社長の娘にこれはヤバいw」
「俺も綺麗なJKにぶたれてえ」といったコメントが掲示板には並んでいた。最後のはなんだよ。
マスコミが游にコメントを求めてきたがもちろん彼女は『沈黙』でもって答えた。それが正しい答えだったことは言うまでもない。
当然のことながら『K2!』2人のこれまでの経歴が蒸し返された。子役時代の映画、アイドル結成、大成功、そして今回の件だ。
葉凪を警察に突きだすべきという意見もあった。
事務所の社長は娘を守ることを選んだ。
同時に葉凪には無期限の謹慎処分が、そして摂理には2ヶ月間の休暇が言い渡された。顔の傷のほうは問題なさそうだ。事件から1週間もしないうちにSNSに彼女の素顔がアップされた。鼻にも頬にも傷一つ残っていない(摂理は仕事を休むことをファンに詫びたが、葉凪との関係悪化については言及しなかった)。
葉凪のパンチには大した威力がなかったのだ。
当たり所が悪かったら派手に出血してしまっただけのこと。葉凪のか細い腕には破壊力などそなわっていない。
事件について2人はメッセージを残していなかった。公式にせよ非公式にせよ。
どんな諍いが2人のアイドルの間にあったのか? それを語ろうとはしない。彼女たちは人気者だが大衆の興味のためにプライヴェートを進んで晒そうとはしなかった。
それが当たり前なのことなのだが芸能界に一般の常識など通用しない(数年前自殺した芸能人の葬儀にマスコミが押しかけ、遺族たちにマイクを突きつけるシーンもあったはずだ)。
──事件の翌日、俺は鮎京かなえと話をした。ちなみに電話をかけてきたのはむこうのほうだ。なんでも俺の耳に入れたいことがあるのだそうで。
「あの2人の関連ワードがトレンドを独占しちゃったね。この事件を知らない日本人はいないって勢いよ。……大丈夫『K2!』。ちょっと前に新曲を発表したばかりでしょ。ここから全国ツアーの予定……」
「半年後にはアジアツアーもありました」
「あの子たちの人気、国内限定じゃなかったのね。恐るべし」
「所属タレントが騒ぎを起こしたのは初めてではありません。直近では──」
「クスリで捕まった馬鹿がいたね」
「1年前薬物所持で逮捕された男性タレントは、事務所の契約を解かれています」
「麻薬ならわかるけれど、人を一発殴ったくらいのことで葉凪ちゃんは解雇されちゃうわけ?」
「社長の娘だからといって特別扱いはされないでしょう。イメージがすべてです。葉凪さんが摂理さんを殴った映像を日本中の人間が観ています。そんな彼女を使い続けることはリスクでしかない」
「あの子が摂理さんにキレた理由は?」
「わかりません。少なくとも私の耳にはとどいていませんね」
被害者である摂理、加害者である葉凪。『K2!』の2人がそろって事件の発生した事情を黙秘している。
そして事件は警察に届けられていない。身内同士の喧嘩にすぎないということになっている。
だが大衆はそれで満足などしないだろう。葉凪が動機を語るそのときを待っている。できればカメラの前で、加害者が謝罪するシーンを見たいに決まっている。被害者がその言葉をきいてどんな反応を見せるか……。
そしてなにより真相が知りたい。
人気の絶頂期を迎えていたアイドルデュオ2人がどういった確執を抱え、なにゆえ摂理が恨みを買い、葉凪がかの暴挙にでるに至ったのか、その詳細を知りたがっている人間が何百万人もいるのだ。
──喧々諤々の議論が巻き起こっている。
「自分だけは彼女たちの秘密を知っている」
「自分だけは真相に辿り着いた」
そう言って自信満々に自説を書き込む自称名探偵様が大勢いたが正直彼らの言葉には説得力がない。連中は摂理や葉凪の知りあいではないのだから。
ま、世間の喧噪など俺の知ったことではないが。
「……テキトーに推理してみよう。2人が同じ男を愛してしまってとりあいになった。先に深い関係になった摂理に報復するため葉凪は暴行を働いた」
「考えにくいですね。あのお2人が同じの男性を好きになるでしょうか? あんなに違う性格をしているのに」
「恋愛なんて理不尽で理解不能なことばかり発生するもんじゃないの? かなえさんはどんな説を?」
「たとえオフレコでもアキラ君の耳にはいれたくないですね」
「お堅いなぁ」
俺が考える限り1番可能性が高い説は、『摂理が葉凪を手酷くいじめていて、なにかのきっかけで葉凪が相手に復讐するに至った』というものだ。
摂理は冷酷で葉凪は温和。2人の性格は配信やインタビューを見ればよくわかる。摂理は相手に要求する側の人間で、葉凪はそれに応えてしまう人間なのだ。もしこの2人の間でいじめが発生するとしたら、いじめる側に回るのは摂理であり、それは決して葉凪ではない。
これは口にしないでおいたほうが良い推測だ。というか考えたくもない。
葉凪は優しい。
彼女の内面に悪意などないことは、その柔和な顔つきを見るだけでわかる。
──俺は続けた。
「浅い知恵をめぐらせてみたけれど別に推理なんてする必要ないよな。だって、2人が仲直りして、しばらくして活動を再開すれば、こんな事件『ああ昔そんなこともあったね』で終わっちゃう訳じゃん。だから頭を使う必要なんてナッシング」
「そうなんですけれど……」
「事件なんてあっという間に風化しちゃうよ。トレンドなんてしょせん瞬間最大風速なわけでしょ。どうせまた別な事件が起こって世間をにぎわせるに決まっている。『K2!』事件の賞味期限なんてたかが知れている」
「アキラ君と私にとって残念なお知らせが1つあります」
「それはそれは」
「2人のマネージャーをしている人……今現在事件の対応に忙殺されていますあの人」
「あー会場で見たよ」
メガネをかけたあの優男か。
「雨宮さんっていうんですけれど」
「うんうん」
「あの人は社内での評価が非常に高い」
「でしょうね。あのアイドルのマネージャーしてるなら」
超エリート扱いされるだろう。
「もし『K2!』の活動休止が長引けば──というか解散もありえます」
「だろうね」
「そうなったら私の役職を彼が引き継ぐ可能性があります。游さんは成長株ですから」
「なにっ」
あの男が游のマネージャー?
いや敏感すぎることくらいわかっている。あいつが游をエロい目で見るとは限らないのだけれど……。
でも俺が嫌だ。却下だ却下。
「絶対にノゥ!!!」
「あくまで可能性にすぎないですよ。私はまだ新人で、游さんがしている仕事も今のところ小規模です。ですがこれからビッグプロジェクトを任されるとなると私では力が足りないと思われる。ならこの数年大きな仕事をこなしてきた雨宮さんにゆずるのが適任と」
「そんなサッカーの
「よくわからない喩えですね」
「断ってくださいよ」
「私にはそんな権力はありません」
「游にあの野郎が近づいてくるのを避けるためには」
「雨宮さんに『K2!』の仕事を続けてもらいたい。昨日起こった問題を早急に解決していただきたい。私ももちろん游さんと仕事を続けたいんですよ。利益が一致しましたね」
「ったく……」
かなえは手強いな。
そして俺があのとき摂理とつくっておいた人間関係が活きることになる。
「アキラ君は摂理さんたちと同じ高校生です。大人の私たちが聞き出せないことを聞けるんじゃないですか?」
「高校生なんて全国に何百万人もいるでしょ」
「あなたは游のお兄さんですし、すでに片方とは知りあいになっている」
「俺の対人能力の高さを信頼しているわけ? 今まで話をしていて」
「そうですね。少しだけ認めてあげてもいいです」
かなえの笑い声がスピーカーから漏れてくる。
この腹黒が。
なんつうか美人だからツンツンしていても善側の人間だという先入観があったが、この女俺を利用する気満々じゃないですかね。
「成功収入は? 『金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる』とラーメンハゲも言ってたぞ」
「あのとき提示した金額ほどではないですが、もちろん『バイト代』は支払います。『K2!』解散を止めるんですから──」
「サラリーマンの平均年収くらい?」
「そこは常識的な額で」
かなえはそれでも高校生が持て余すくらいの額を提示された。俺はうなずいた。うなずいてしまった(かなえには見えんだろ)。
游と遊ぶのにも軍資金が必要だろう。金があって悪いことはない。
「もしこの件が成功に終われば、俺の貸しも返したことになりますよね」
「そう言わざるを得ないですね。あなたたちの関係には口出しできない」
言質をとることに成功した。あとはあの2人のアイドルに上手く接触することができれば……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます