第12話 楽園の凶器
※ ※ ※
摂理。
彼女を一言で言うならば
彼女は自分を飾ろうとしない。好きなように発言し好きなファッションを身につけ好きな髪型を選ぶ。大人やファンが押しつけるアイドルとしてのルールなど守らない。
だが彼女にはとんでもなくアイドルとしての才能があった。蓋世不抜の超人。ベテランと共演しても媚びることなどしない。誰も彼女を束縛することなど不可能なのだ。それこそ事務所にも、相方にも。
──摂理の相方は
彼女を一言で言うならば
彼女はアイドルとして自分の仕事を真っ当し続けていた。プライヴェートでもファンサーヴィスに応え、極上の笑顔を振りまき、見る者に『アイドルの闇』など感じさせず、自分の芸(歌、ダンス、演技)でもって大衆の欲求に答え続けてきた。
彼女は事務所の社長の娘。未成年ながら『エンタープライズ』の顔と呼ばれている。それほどの知名度を有している。若年層に調査対象を絞れば『今日本一有名な高校生』だろう。摂理が天才なら葉凪は秀才だ。
あらゆる面で対照的な2人がコンビを組んでいる。
それがアイドルデュオ『K2!』。
この2人が人々の前に姿を現したのは今から6年も前、彼女たちが12歳だったときのことだ。
所属事務所はもちろん『エンタープライズ』。だが彼女たちの当初の肩書きは『アイドル』ではなく『子役』だった。
同い年の天才子役2人がある映画で共演している。
摂理と葉凪のデビュー作にしてW主演作品。作品名は『一週間の休暇』
あらすじはこうだ。
舞台は豪華客船。夏休みの家族旅行で船に乗った2人の少女、摂理と葉凪は船内で偶然出逢い、友達となる。良家のお嬢様を演じている摂理、ごく普通の家庭で生まれ育ったどこにでもいる普通の小学生を演じている葉凪。
2人の少女は好奇心旺盛だった。船のサーヴィスに飽きた2人は船内を冒険して回る。それどころか、夜になると大人たちを騙して泊まっていた客室を抜け出し、2人きりで歩き回るようになった。
2人は夜勤の船員、そして個性的な船客と遭遇する。
彼女たちはふざけあい、遊び、そしてちょっとしたイタズラもしてしまう。
少女たちの夜遊びは数日間続いた。
そしてある日。船内である事件が発生する。
2人の共通の知りあいのある女性が身につけていた宝石が盗まれたのだ。
2人は気づく。自分たちが夜船内をぶらついている間に、その事件を解決に導く手がかりを入手していたことに。
葉凪は自分たちの両親に相談することはできない。優等生な彼女は自分が夜に起きていたことを告げられなかった。
摂理は葉凪を説得しようとする。そこで仲違いが発生し、2人の友情も終わってしまいそうになる。だが結局、葉凪はみずからの意思で告白する。両親や船員の前で、自分が毎晩客室の外に出て遊び回っていたことを。その際盗難事件の犯人を特定できる手がかりを目撃してことを。
事件は葉凪の証言と摂理の推理によって解決する。そして翌日、船は停泊地に着いた。旅の終わりだ。摂理と葉凪の住所は日本の端と端。小学生の2人がまた会うことは難しいだろう。
最初は気丈に振る舞っていた摂理だったが、最後は泣きだして葉凪に抱きついてしまう。葉凪のほうは最初から泣いてしまっていた。
物語は中学生になった葉凪が、摂理からの電話を着信したところで終わる。
これが『1週間の休暇』の内容だ。コメディ要素も薄らあるし、物語の枠組みはミステリーに近い。だが主演2人は女子小学生だ。ジュブナイル映画と呼んでさしつかえはないだろう。2人の新人女優は完璧な演技をみせてくれた。
この映画は良質な子供向け作品として今もなお高い評価を得ている。それこそ『和製スタンド・バイ・ミー』とすら呼ばれているほどに。子供たちはみんな彼女たちに夢中になった。摂理と葉凪の友情に。そして不埒な大人たちはそこに百合味を見出した。ネット上には小学生2人がイチャついているイラストが多数転がっている。というか今も増え続けいるのか。
で、『1週間の休暇』は大ヒットした。高予算映画だったわけではない。キャストも大物が配役されていたわけではない。俺が思うにこれはアイディアの勝利だった。摂理と葉凪という新人女優が可愛らしすぎるのだから、難しいことなどさせず、自然な演技のままその感情を引きだしてカメラに写してしまえばそれで映画として作品として『勝ち』だった。
一方『エンタープライズ』は勝ち続けた。
一躍国民的人気子役となった摂理と葉凪をセットで売り続けたい。ならばどうするか?
アイドルをさせればいい。いくらなんでも商業にすぎるのではないかと思ったがこれが馬鹿みたいに成功した。ここから先は語るまでもない。事務所は投資をし広告をうち最高の楽曲を、最高のPVをつくらせた。14歳でアイドルとして再デビューした2人は大衆から圧倒的な支持を勝ち得た。
「あの映画の続きが見られる!! 今度はフィクションなんかじゃなくてリアルで!!」
だそうな。
2人の関係は映画の役柄そのままだった。自由気ままに振る舞う摂理とそんな彼女に振りまわされ続ける葉凪。そんな2人の関係に日本中が夢中になった。
摂理と葉凪がいるアイドルデュオ『K2!』は成功を重ねた。4年間。
今でもときどき女優としての仕事はある。だがあくまで限定的なもの。アイドル活動のプロモーションとしてドラマや映画にチョイ役として出演しているだけだ。利益を最大化するためには彼女たちは踊って歌わなければならない。なぜならそれがファンの熱狂を生むから。
芸能事務所『エンタープライズ』に所属する最初にして唯一の、最高にしておそらく最後のアイドル。
もはや摂理と葉凪に『新進気鋭』や『若手』といった表現を使うことは正しくない。『K2!』より上のアイドルグループはこの国に存在しないのだから。
※ ※ ※
パーティ会場にて俺は魔酔させられていた。
女性の美しさに溺れていた。
目の前にいるドレス姿の游にしてもそうだが、
さきほどきていた游の先輩の女優にせよ、
今あちらに歩いて行った摂理にせよその美しさを戦闘力に換算したらこいつらみんな大都市を壊滅させかねない怪獣もいいところだ。ミサイルをぶちこんでも足を止められないほどの存在感がある。俺なんてそんな
そのうち彼女たちのオーラに当たり判定が生じてダウンしてしまうかもしれぬ。
そのときだった。
俺に追撃を喰らわせるがごとく1人の美少女が会場に現れた。
葉凪だ。
一時退席していた事務所の社長の娘が、
摂理のパートナーが、
元天才子役にして現超人気アイドルが姿を現した。身にまとっている白いドレスは高校生らしく大人しい。アクセサリーもメイクもシンプルなものだ。髪だけは例によって水色に染めたものだが。
葉凪は『普通の女の子』という設定のアイドル。いやこれのどこが普通で平均で凡百なのかって思うほど容姿は整っているのだがそういうことになっている。
個性の塊である摂理の横に立てば誰だって普通の女子高生に見えてしまう。だからこそ葉凪は影の役割を徹底し続けてきた。摂理の魅力を発揮させるために、摂理の失態を隠し立てするために頭脳と矜持とコネを酷使し続けてきた。
ファンに媚びない摂理に代わって観客にアピールし続けてきたのが葉凪。
その葉凪は相方に用があるらしい。
彼女は摂理のいる会場中央にむかって一直線に進んでいく。
気づいた游が声をかける。
「葉凪ちゃん! ここのごはん美味しいよ! 少し食べたら?」
俺は小声でつっこむ。
「もっと別な声のかけかたないの?」
葉凪の姿を収めようとカメラマンがレンズを向ける。
俺は、葉凪がただならぬ表情をしていることに気づいた。泣いている?
葉凪の顔は、その目元は涙をぬぐったがごとく赤く染まっている。そういうメイクをしているわけではない。あれは──
摂理は知りあいのミュージシャンと談笑していた。もちろん相手は女性だ。摂理は女としか話をしたがらないことで有名なアイドルなのだ。握手会なんて1度もやったことがない。
男性を避けているのはスキャンダルをなくしたいからではない。摂理が純粋に同性としか交友関係を築けないからだ。俺個人が嫌われているわけではなく男嫌いなのだ。最前の俺がコミュニケーションに失敗したわけではない。あれが彼女のデフォルト。
游は葉凪のあとを追いかける。当然俺も游についていく。
葉凪は、足音を殺し背後から自分のパートナーに近づいた。
摂理の背中をじっと見つめる。
まだ摂理は気づかない。秒、数秒。
葉凪はいつも摂理相手に声をかけるときのように優しく親しげな話し方で沈黙を破った。
「摂理さん」
摂理がその声に振り返ると同時に、葉凪は──その小柄な女の子は、硬く握りしめた右拳を、相手の顔面にむかって、勢いよく、叩き込んだ。
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