第11話 三人の嘘つきな高校生
※ ※ ※
数日前、游が友達のアイドルについて語ってくれたことがある。
「
「なんかネガティヴな言い方だな」
「だってね、摂理ちゃん話をして仲良くなって、お互いの身の上話もして、どこに住んでいるかも話して、番号も話したんだけど」
「うん……」
「それで別れ際にハグをされたのね」
「ハグ……え、そいつ海外育ちだとか?」
「摂理ちゃんのこと『そいつ』だなんて二度と呼ばないで! いい人なんだから!」
「いい人は相手に断らずハグしてこないんじゃないの」
「う……確かにそれはそうだけど。摂理ちゃんは私たちより2つ学年が上で」
「同性でもセクハラは成立するよね。事務所の先輩が後輩になにしてるんですかね」
「でね、手がちょっと胸に当たって。わざとじゃないと思うんだけど」
「そいつなにやってるわけ? 殺されたいの?」
「だから、知ってるでしょ摂理ちゃんが女の子だってことくらい!!」
「人気女性アイドルユニット『K2!』に所属する日本のアイドル。現在17歳。神奈川県出身。身長152センチ。血液型はB型」
「急にウィ○ペディアにならないで。……そ、それに詳しすぎない?」
「『エンタープライズ』所属タレントの情報は大体暗唱できるよ。で、なに、その摂理って奴に──」
「アキラ君は摂理ちゃんのこと知らないから怒ってるだけだって」
「恋人がんな目に遭ってキレない奴なんていないね。大体あいつ本当に女なの?実は男で性的な意味で愉しんでいないと言い切れないだろ? 俺がこの目で確かめない限り疑惑は晴れないね」
「アキラ君がその目で確かめることになったら私は別れるし、アキラ君の社会的地位がどん底に落ちることになるでしょうね」
※ ※ ※
摂理ほど強烈な個性を有すアイドルはこの世界に存在しない。
彼女を一言で表現するなら『悪堕ちヒロイン』。
歌唱力、ダンス、ルックスで見る者を魅了し圧倒的なカリスマ性を有するアイドルでありながら、同時にファンに対し媚びることをしない、サーヴィス精神が絶無の異端のアイドル。
肩まで伸ばした漆黒の髪。
青白い肌。
そして無色の瞳。
摂理は間違いなく美少女なのだ。顔は素材として最高である。
だが摂理のキャラクターは──あの性格はあまりにアイドルに不向きである。
彼女が会場に足を踏み入れた。
確かに奴は女だ。胸がある。二つの小山がドレスの上からも確認できる。身体が透けて見えるドレスを着ていたおかげではっきりとわかった。けっこうデカいな……。
パーティに1時間も遅れてやってきた超有名なあの少女が、周囲の目線を一切気にせず俺と游のもとにむかってくる。
というか游1人にむかって、か。
そばに立っている俺のことなど一瞥もくれていない。
実物のアイドルは俺が思っていたよりも背が小さかった。声も高く幼く感じられる。17歳という年齢よりも若い女の子みたいに。黒い髪にワンポイントで白が入っていて維持するのが大変そうだなと思った。
苦笑しながら摂理は游に話しかける。
「どう、楽しんでる?」
「ええもちろん──」と游。
「こんなつまらないパーティ抜け出して私と遊ばない?」
「あいにく、そのセリフは俺がもう使ってるんだ。二番煎じだよ」と俺。
摂理は今初めて俺の存在に気づいたかのように顔をこちらにむけ、驚いて見せる。ド派手なデザインのイヤリングが揺れた。
「誰?」
「游の兄だよ。俺はお兄ちゃんだぞ!!!」
「なんで叫んだの?」
「今後ともよろしく」
「ふぅん」
「ふぅんw」
「……お兄さんか。あんたのボディガード?」
たとえ友人であろうと俺の正体を明かすわけにはいかない。
「ええそうよ。私芸能人だもの、変なことに巻きこまれるわけにはいかないから。事務所の人にも断ってあるのよ」
「俺は武道の達人なんだ。ムエタイ、少林寺拳法、骨法、ブラジリアン柔術……」
摂理は
「それは本当? それともギャグのつもり?」
俺はとりあわずにつづけて言った。
「游がお世話になってるみたいだね。事務所の先輩か」
「シスコンなんですねお兄さん。まさか撮影現場にもついてくるんですか?」
摂理は俺の存在がウザいようだ。
俺も同じことを思っているから気にしないけれど。
「パスポート取得しているし、世界中どこにでもついてくつもりだよ」
これはガチで。楽曲の収録だろうが映画の撮影だろうがなんだろうが俺は游についていく。
摂理は露骨に嫌そうな顔をしてみせた。
──にしても摂理、俺のこと目の敵にしすぎじゃない? 男嫌いなことは彼女の過去の言動(配信やテレビ番組などで)から察せられたのだが。
マジでアイドルらしくないアイドルだな。
一般人である俺に対して営業スマイルを見せることすらない。
游はといえば、友人と恋人が衝突している様をぽかんと見つめている。
「? よくわからないけれど2人とも仲良く……」と游。
「妹さんが友達とお喋りしたいんだから、少し気を利かせて席を外してもいいんじゃないかな?」
黒い笑みを浮かべながら摂理は言った。
「予知しよう、この会話は荒れる♣ いやーこんなかわいいアイドルが現れたら少しでも長く話がしたいって思うのが男の
俺はにやにや笑いながら言い返す。
「私がかわいい?」
そんな当たり前のことを言われて喜ぶアイドルなどいない。ましてや摂理にとって俺は他人なのだから。
彼女は無表情のまま俺を見つめている。
「それってどういう意味? 妹の前で私を口説いて──」
「人間にしてはかわいいよ。動物──シマエナガとかフェネックとかモモンガに比べたら話にならないけれど」
全生物統一チャンピオンは游だ。
摂理は俺に立てた中指を見せつけて去って行った。
「游! 今度会うときはこんなの連れてこないでよ!」
「おもしれー女」とこんなのはつぶやいた。
游に説教を食らったその数分後──游はスマホのブラウザでシマエナガの画像を見つけ萌えている。続いてフェネックを、モモンガを。
「あなたどうしてこんな可愛い動物について詳しいの?」
「俺は女の子なところがあるからな」
游はスマホの画面から視線を離した。
「……アキラ君。私がおっぱい女の子に触られて嫉妬したの? だから摂理ちゃんに冷たかったの?」
「! はぁ全然気にしてねぇし」
いやめっちゃしてたわ。続けてこう言った。
「それに俺ケツ派だし」
いや胸のほうがずっと好きだ。それに游は腰回りがそんな大きくない──いやなさそうに見える。
游は目を細めて言った。
「視線がときどきここにくると思うんだけど」
「絶対気のせいだね」
俺が游とのイチャイチャを楽しんでいられるのも今だけのこと。
まもなくこのパーティ会場でカギ括弧でくくりたくなるようなとんでもない『事件』が起こる。
その事件の被害者は摂理、加害者は──
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