アイドル編

第10話 儀式から再び幕は上がり……


 鮎京かなえとの接見から数日後。

 俺は退院し学校に通い始めた。游とは同じクラスで席も前後だ。素晴らしい。

 校内では交際していることをオープンにはできないのでただの幼馴染であることを周囲にアピールする。


「私とアキラ君はただの友達同士だよー、ほんとにほんとにそうなんだよー」

「わざわざそんなこと口に出したら怪しまれるよ游……」



 俺は足についたギプスをとってもらった。しばらくの間体育の授業には参加できないが、歩き回ることはできる。ここまで本当に長かったな……。



 游のことはできれば近くで見守ってみたい。直近のスケジュールを教えてもらうと、なんと事務所主催のパーティが行われるというではないか。

 事務所の創設30周年を記念し、シティホテルのホールで大々的に行われる。

 その日はかなえはどうしても外せない用事があり参加できない。游が1人でいくのも危なっかしいので俺が。


「所属タレントの参加は強制ではありません。游さんがパーティに行かなければ良いだけです」とかなえ。

「游はどうしてもいきたいって。友達のアイドルの子もくるんだって。15歳の女の子が酒のでる集まりにいくのは恐いよねぇ」


 俺は本気で心配しているのだ。

 知っている人が游しかいないパーティに本気で参加したかったわけではない。

「し、仕方ないですね……」

「行こう、行こう、そういうことになった」



 で、当日。

 土曜日の夕刻。俺と游はタクシーでそのホテルに着いた。受付を済ませ入場するとドデカい会場にはすでに多くの業界人と思しき人々で混雑していた。国籍も多様なら交わされる言語も多様。

 リッチなパーティだ。儲かってるのか『エンタープライズ』。客の服装も上等。一個分隊のバンドマンたちが落ち着いた音楽を演奏し、ホテルマンが大勢配置されていた。


 さて催事である。

 高校生であろうとフォーマルな服装を着なければならない。


 俺は面倒なので学校の制服(黒一色の学生服)を装備している。

「なんか『学生服着て戦うってシチュエーション』、ジョジョっぽい、ジョジョっぽくない?」


 游は同じく黒一色のマーメイドワンピースを身にまとっていた。彼女の身体のラインがわかってしまう。高校1年生にしてはチョイスがセクシーすぎないか?

「アキラ君、私たち戦うわけじゃ……」


 しかし事務所の社長の短いスピーチが済みパーティが始まって数分後、游の戦いは始まってしまった。

 自分の食欲を満たすための戦いに。


 立食形式のパーティーである。

 テーブルに用意された料理の数々に目を奪われた俺の恋人は皿に肉魚野菜主食を盛りつけては美味しそうに口に運んでいる。夢中である。友達と話をするのではなかったのか。


「游は大食いタレントでも目指しているのか」

「……ん、なにか言ったアキラ君?」


 ミス食欲は俺の小言に怒っているのではない。食べることに集中しすぎていて聞こえていないだけだ。

 それにしても気持ちの良い食べ方をする子だ。大食いではあるがマナーはちゃんとしている。昔からそうだったなぁ……。

 俺も食い意地に関しては游に負けていない。なにせ男子高校生。銀座の名店から派遣されてきたという寿司職人に高いネタを頼みこれを食し感動していた。少しは遠慮しろ!


 20分ほど各テーブルを回りめぼしいメニューを平らげると、流石に游の食欲も落ち着いてきたようだ。会場の隅のイスに座りお腹をそっと撫でる。

「こんな素敵なイヴェントなら、毎日やったらいいのに」

 なんか今の動作、さりげなくエロいな(素直な感想)。

 游の美貌はドレスを着ていることもあってバフがかかり沈魚落雁閉月羞花ちんぎょらくがんへいげつしゅうかの域にまで達している。


 会場内を見渡した。

『エンタープライズ』所属タレントについての情報を頭に叩き込んだかいがあった。何人も顔と名前が一致するタレントがいる。

 彼ら彼女らがどこにいるかはすぐわかった。人気者はいつだって人に囲まれている。


「恐っ、ヤクザがいるじゃん」

 俺は同業者と談笑している中年の俳優を目にして言った。

「あれは去年の映画でそういう役を演じてただけ!」

「目をあわせるなっ。あいつ笑いながら人を殺してたぞ……」

 あの人はこの会場で1番メジャーな映画俳優だろう。半世紀以上前から第一線で活躍している超大物だ。


「あっちには連続殺人鬼がいるし。なんて空間だ。反社の集まりですわ……」

 俺は事務所の社長に挨拶をしている女優を見てつぶやく。代表作を選ぶことができないくらい映画やドラマに出まくっている人だ。サスペンスものでよく犯罪者役を任される名悪役。人の良さそうな顔をしているので逆に適任なのだ。

「それもそういう役!! 失礼でしょ!」

「良い人そうなのに残虐な犯行を繰り返していただなんて……」



 俳優だけではない。コメディアン、モデル、ミュージシャン……。これで所属タレントの参加率は半数にも満たないというのだから驚きだ。

 ここにいるタレントの年齢層はかなり高い。事務所の創立記念式典という堅苦しい式典なのだから若い子たちは敬遠するだろう。『エンタープライズは』自由な社風で知られていて、タレントたちがこの手の行事に不参加だからといって白い目で見られることはない。


 游をのぞけば未成年の所属タレントは(おそらく)2人だけだ。

 現役女子高生のアイドルユニット『K2!』。2人のうち片方が社長の娘なので不参加というわけにはいかないか。


 カメラをもった報道関係者がうろついている。事務所の宣伝のため立ち入りが許可されたのだろう。

 游にカメラのレンズが向けられていないのは、『エンタープライズ』のトップランカーに比べたらまだ彼女が小物にすぎないことの証明でもある……。

 正直その事実がありがたい。游の人気に火がついたら俺は置いていかれそうで不安だった。

 俺はただの高校生なのに、游は仕事を通じてどんどん大人になってしまう。



 ……会場には飲み物をつくるバーテンダーも待機していた。

 ベスト姿がキマっている彼に自分と游の分のノンアルコールのカクテルをつくってもらい、元いた席に近づいたとき、その光景が目に入った。


「……やっぱ住む世界が違うよな」


 俺が思わずそうつぶやいたのは、游が女優と仲よさげに会話を楽しんでいるのを目撃してしまったからだ。先月収録したドラマで共演していたという。

 肩を露出させたドレス姿の女性。年齢は28だったか。数年前大学在学中にスクリーンデビューし一気に世代トップ女優にまで駆け上がった才媛だ。優しげで理知的で……。宝石のような存在感を有している。自分なんかがこの女性と同じ空気を吸ってもかまわないのか確認をとりたくなる。

 そんな彼女に臆することなく接している游……。


 その女優は俺の姿に気づき、游にといかけた。

「まさか彼氏さん?」

 游は真顔でこう答えた。

「はい」

「いえ、違いますよ! 游の兄です。名護あきら」即否定する俺。

「そうだったそうだった。この人はお兄ちゃんです」

 游、性格が素直すぎてこうなるのかな。

「妹がお世話になっています……」


 そう、游の兄の名前は俺と同じ『アキラ』なのだ。むこうが漢字で俺はカタカナという違いはあるが……。

 昔は紛らわしい偶然だと思っていたが、游の兄を騙ることになる今となっては逆に便利なことになった(ちなみに芸能関係者に游の兄を名乗ることは本人に承諾してもらっている)。


 俺は女優の表情をうかがう。

 疑われている? 兄妹って設定は無理があったか?

 でも顔が似てない兄妹なんていくらでもいるし……。

「なんだ、勘違いしちゃった」

 セフセフ。

 女優は微笑みながら続ける。

「いくらなんでも高校生で恋人がいるっていうのは早すぎるよね。私くらいの年齢なら婚約を発表しても早くはないけれど、游ちゃんは今アイドルみたいな売り方するんだから……」

「いるわけないですよぉ」と俺。

「そうそうそう。お兄ちゃんは私のボディーガードをしてくれてるだけで……」

 焦り顔の游が両手を振って女優をごまかそうとしている。


 女優は別の知りあいを見つけ話をするため去っていった。游は純真な笑顔を解除し、困り顔に変化させる。

「どうしよう。誰かに今度似たような質問されたら、恋愛経験ゼロだっていうべき?」

 俺は游にドリンクを手渡す。游はサイドテーブルにそれを置いた。

「さぁね。好きになった男もいない、告白されたこともしたこともない。そんな女子高生いるのかね? 無菌室で生まれ育ったのかよって感じだ」

 不自然すぎる。


「なら小学生のころ、幼馴染の男の子が好きだったみたいなことを言っておこうかな……」

「? それって俺のこと……?」

 游は俺の質問を無視した。

 俺が手にもったドリンクを指す。

「ねぇ。そっちのほうが美味しそう。一口ちょうだい」

 そうせがまれた。

 彼女はオレンジ色のカクテルをほんの少しだけ飲み込んだ。今度は俺に飲ませようとそのグラスを近づけてくる。

「なに? 自分で飲むよ。熱中症で倒れそうに見えた?」

「いいから……」

 游は目を細くし、じっと俺の顔を見ている。

 手の中でグラスを回し、を俺のくちびるに当てる。

 こぼさないようにゆっくり傾ける。わずかな量。甘く冷たい液体を嚥下した。

「どう?」

「どうって、普通に美味しいけれど?」

 そう答えたあとに気づく。游がやりたかったことに。

「か、間接キス……」

 あまりにもフェチすぎる。

「今は『お兄ちゃん』だからこれくらいしかできないけれど」

 游は周囲を見渡す。高校生が公衆の面前で不埒な行為を働いても咎める人はいない。


 游が普段見たことのないファッションをしていることもある。キスなんて1回したばかりだというのに俺のテンションは一気に高まる。

「ゆ、游。こんなつまらないパーティ抜け出して、2人で外に出よう」一線を越える!

「そろそろお腹も落ち着いてきたからまた食べ始めようかな」

「満ち足りてない!」

「まだ半分ってところかな。あ、あそこ! ステーキ焼いてるよ。一緒に食べよ」

「うおおおおお!!! 突撃するぞついてこい!!」


 食欲>性欲。



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