第7話 女優志願


     ※  ※  ※


 誕生日に游を家に招いたことがある。

 游は食に関してまったく遠慮のない子だった。10歳になった主役の俺よりもたくさん食べている。それも美味しそうに。

 彼女の見事な食べっぷりを見ているとこちらの食欲も増すほどだ。


 游はたまらないという顔をして、目にハートを宿して食事を続ける。他に呼んだ周りの子たちがテーブルから離れ遊びだしてもお構いなしだ。

 俺はいつものように游のそばを離れない。


「ねぇアキラ君、私たち結婚しない?」

「急になに?」

「アキラ君の家の子になったら毎日こんなごちそう食べられるんでしょ。私の家こんなの滅多に出てこないわ」

「それは……」

「こんなにいいもの絶対飽きない! いいないいな。お寿司や焼き肉、ラーメン、ハンバーガー、お刺身、すき焼き……」

「毎日そんなメニューだと身体に良くないよ」


     ※  ※  ※


 翌日、学校が終わったばかりの時間帯である。幸い(游が通っていて俺が通うことになる)高等学校は病院の近くにあった。

 俺たちは病院の中庭で落ちあう。


 ただし2人きりというわけではない。妹の涼葉と一緒だ。

 游はブラウスにロングスカート、それにバレエシューズという大人びたファッションをしていた。家に帰って着替えてきたらしい。今日は長い髪を下ろしていた。

 涼葉はブラウスに蝶ネクタイという制服姿。俺は用意していたラフな私服である(昨日は入院着だった)。


 涼葉は姉のように游のことを慕っていた。今もその感情は変わらないようだ。

 今も一学年上の彼女に対し尊敬……いや畏敬の念を抱いているようだ。

 涼葉は小声で「うっわーきれい……」と口走りながら游に抱きつく。


「うぉおお!! 游お姉ちゃん久しぶり!!」

「! 涼葉ちゃん大きくなったねぇ!! 今何歳!?」

「14歳だよ。中学3年生!」

「中3かぁ。なら勉強難しくなってきたころでしょう?」


 だから久しぶりに会った親戚かよ。

 游は性徴期が早くて大柄だった。俺をいつも見下ろして(同学年のくせに)お姉さんぶってたなぁ。学年で1つ下の涼葉に対してはなおさらだ。


 あのころが懐かしい。

 游は小学生なのに姉属性。わが幼馴染ながら特異なキャラクターだった。疑似年長にしてロリですぜ旦那。


 いや今の話をしよう。

 游の胸元に頭をこすりつけている涼葉を引き剥がし、ベンチに座った。中庭は俺たち3人で独占して使わせてもらっている。先にきていた游はペットボトルをもっていた。


「す・ず・は。ほら、お金あげるからお兄ちゃんの分も買っておいで」と俺。

「いーよー別に。2人きりにすると游お姉ちゃんになにするかわからないもん」


 俺は論理クイズに出てくる人が見張ってないと羊を食べる狼なのか。


 游はさきほどから、俺にむかってなにか言いたげにしている。涼葉の存在が邪魔なのか……ならなぜ妹を呼ばせたのか?

「ね、話すんでしょ游お姉ちゃん」

 涼葉が游に何事かうながす。

 緊張した表情の游が口を開いた。

「恥ずかしいから私からは言えないよ……」

「なになになに?」

 涼葉はため息をつく。

「ちょうどテレビに出たときお兄ちゃん入院中だったもんね。お兄ちゃんテレビ観ない人だから……」


 アニメも映画もスポーツも、観たいコンテンツは配信で済ませてしまう人間なのだ。地上波なんて食事中しか目にしない。若宮家のチャンネル権は涼葉が独占しているという家庭事情もあるのだが。


「それに涼葉がlimeしても見ないでしょ? ものぐさなんだから。私教えてたんだよ!?」

「なんのこと?」


 涼葉は渋々といった顔をして、スマホを操作する。

 游は手で顔を隠しこちらから目を逸らしていた。


「ほら、CM!」


 動画が再生された。

 大手飲料メーカーのCMだ。

 軽快な音楽と共に制服姿の1人の少女が現れる。晴天の下、自転車で河川敷を走り──汗をぬぐい──そしてスポーツドリンクに口をつけ──破壊力抜群の笑顔が画面に映しだされる。新製品のキャッチコピーを伝えたその声はどこか游のそれに似ている。いや、少女の容姿そのものが目の前にいる彼女そっくりだ……。


「えーと……」と俺。

「これ私……」と游。


 游がもっていたペットボトルが伏線だった。彼女が出演しているCMの商品ではないか(メーカーから提供されたのか?)。んなことわかるかよ!


 俺は高速で自分のスマホを操作した。游の名前をブラウザの検索エンジンにぶちこむ。女優とモデルと出てくるではないか。

 SNSで調べてみた。多数のアカウントが反応する。「可愛い」「顔良かおよ」「めちゃくちゃ綺麗」「死にたい」「早く主役でドラマ出演して」「ゲロマブ」

 いや最後の表現は古すぎないか……ゲロを吐くほど美人まぶだってことはわかるのだが。


 ともかく名護游は人気者らしい。俺の知らぬ間に幼馴染が有名人に。

 俺は問いかけた。

「ユーアー芸能人?」

「イエス」

「リアリィ? オーグレート!(マガジン復帰)」

「褒めてくれてありがとう。まだ放映始まって1ヶ月くらいなんだけど……」


 ということはお金をもらって仕事をするようになったのはここ数ヶ月のくらいからか。

 ちょっと待ってね。このCMはインターネット限定じゃないっぽい。地上波でもバンバン流れているの? だからこそのSNSでこれほど言及されているわけで。


「今のところ放映されているのはこのCMと、あとドラマでチョイ役を演じたくらいだよ」

「の割に人気がありすぎるような。どういう流れで芸能人に?」

「お兄ちゃんがオーディションに勝手に応募したの。それに受かってって流れ……」


 2つ学年が上の游の兄貴か。かわいい妹に似ず恐い顔をした人だった。

 あの人とはほとんど話をしたことはないが、美少女な妹をよくわからん世界に送りこまないでもらいたい。まったく──


 そこで俺は気づく。游がまばゆいばかりの笑顔を見せていることに。

「(ぺっかー)私、今やってることがすごく楽しいの! 今まで知らなかった世界を体験してる」

「そりゃ普通の人はCM出たりドラマ出たりする世界を知らないよ」

「女優……なのかな。多分アイドルではないと思う。でも歌の練習はしてるんだよ。あとモデルの仕事もさせてもらっていて……」

「うへぇ……」


 なんだか幼馴染が遠くの世界にいってしまったな、という感覚がある。

 俺はドラマとか音楽とかそういう芸事に興味がない人間なのだ。

 だが游の目は真剣だし、それに游が俺に対して嘘偽りはしないはず。

 彼女は自分が今している仕事を天職だと思っている。

 そうか、芸能人か。


「なにがうへぇなの?」

「悪い、失言だった。だって、しかし、うん、まぁタレントか。……游にあってると思うよ」


 游が普通の女子高生なんてしているわけがなかったのだ。

 もともと小学生のころから『なにか特別な雰囲気がある』、『何者かになる』、『いつか世に出て有名になる』と思わせるような子だった。その手段が芸能人(女優?)だとは予想できなかったが。


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