第6話 安堵

「(前略)同じ墓に入ってくれ!!」


 游は眉を上げて俺に顔を近づけた。

「……同じ墓? つまりアキラ君の家に養子に入れってこと?」

「いや今の言葉は比喩であって……」

『結婚しよう』って日本語の比喩的表現だよ。

 そういえば游は語彙が少ない子だった。


「どうしてそんなことしないといけないの?」

「……そうしたら俺が嬉しいからだよ。頼むからつ──」

「わかったわかった」

 彼女は俺の顔面に手をかざした。


 いやわかってないぞ游。

 俺のプロポーズはまったくこれっぽっちも全然かすりもしなかった。游には理解できない。効果がない。

 そうだった。この少女、他のことには明晰なくせに、男女の恋愛事についてはまったくの無知。いわゆる『クソボケ』タイプだったな。


     ※   ※   ※


 小学校時代、こんなことがあった。


 勇気をだして告白した男子児童『好きです游さん! 付きあってください!』


 戸惑う游『……うーん、なに言ってるかわからないわ。アキラ君わかる?』


 囁く俺『とりあえず断っておけ』


 游『ゴメンナサイ、ムリデス……? これでいいの?』


(敗退しとぼとぼと自分のクラスに引き上げていく男子児童)


 俺「これにて万事解決」


 游「なにがあったの?」


     ※   ※   ※


 これで俺は游に近づく男子共を排除し続けてきた。

 数年後俺は自分が編み出した必殺技に被弾している。游は意味不明な提案をされたらほぼ自動的に──


「ゴメンナサイ、ムリデス」

「ちゃんと意味を咀嚼して!! 俺が言いたいのは──」

「今までどおり友達ってことでいい? 久しぶりに会って話したいこともいっぱいあるから!」

 そう言って游はスマホをとりだした。新しい機種だ。家の経済状態は改善しているらしい。まだあのボロい家に住んでいるみたいだけれど←失礼千万。


 SNSのアドレスを交換させてもらった。

 きっとクラスには同じことをしたい男子生徒がたくさんいるのだろうな。こっちは幼馴染ぞ。


「もしかしてクラスの男子と同じことしてる?」

「してないよ。スマホ買ってもらったばかりだから。SNSも始めたばっかり。男の人はアキラ君が初めてかな」

 游に見えないよう小さくガッツポする俺。


 それはそれとしてしばらくすると小学生のころのただの友達的な空気が戻ってきた。俺はその空気を濃厚に感じとってしまった。


 游との関係は友達からリスタートしてしまうのか?

 俺は正直、安心してしまっている(とりあえず連絡先を交換できて良かった)。

 前日妹に語ったあの決心イズどこ?

 異性と会って口説いて恋人になるとかそういうTAS的な行為は無謀だったのか。俺はそんじょそこらの男子高校生。スーパースターでもロックスターでもないんだから。


「死の淵から帰ってきて決意したはずなのに……」

 心の中で血涙を流す俺。

 游はこちらの感情の変化に気づく。昔から俺をよく観察してくる子なのだ。

「大変だったことはわかるけれど、事故から2ヶ月くらい経ってるんでしょ?」

「いやなんでも」

 俺は高速で首を横に振り、未来の恋人に笑顔を見せる。


「ともかくどんな状況だったのか教えて!! あ……もしかして事故のことトラウマになって話したくない?」

「なってないよ。好きなだけ話したげる」

 いや俺は事故発生の現場状況の話など見舞いにきた人に何度となく話していて正直億劫だったりする。游の知りたいという欲求もわかるのだが。

 俺は游のことを知りたかったのだが仕方ない。時間がなかった。

 外が暗くなるまえに帰ってもらうことにする。


「じゃ、明日ね」

 約束をとりつけようとしたのは俺ではない。彼女のほうだった。


「え?」

「明日も放課後くるから。この時間病室ここで待っててくれる? 問題ない?」

「問題なくなくないよ! ……くるんだ」

「くるよ」

 游は楽しそうに答えた。


 もしかして脈ありか?


「あと……アキラ君、? なら明日教えてあげる」

「?」


 謎のメッセージを残し、再会した幼馴染は病室から立ち去った。名残惜しそうな顔を見せながら。

『していること』とはどういう意味だろう? 中学のときになにか部活動で好成績を残したとか?


 その謎はおいといて……。

 愛すべき幼馴染がお見舞いにきてくれた。決死の思いで告白したが伝わってなかった。

 そのときの俺の感情の成分表示は、そうだな、『当惑が50%、興奮が20%、痛恨が30%』といったところだ。


 ゲームは既に始まっている。

 初戦は引き分けといったところか。明日は圧勝してみせる。

 まずは俺が異性であることを游に認識してもらわなければ。全裸にでもなるか。

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