第5話 ユーアーザワン

『恋人をつくる』という超高難度なゲームをプレーすることになった。


 俺はこのゲームを攻略する。全力でもって。死に物狂いで。懸命かつ賢明に。

 プレーするきっかけが事故に遭い重傷を負ったことなのだから人生よくわからないものである。


『用意スタート』の合図は学校に登校しクラスに入った瞬間だろう。

 他の生徒とは数週間遅れて高校生活がスタートする。クラスにいる女子のなかで「これは!」という子を見つけたらアタックする。人目とか外聞は一切気にしない。

 初日からそういう関係になることを積極的に狙い(周囲から女たらしだとか呼ばれても仕方ない)、恋人になって青春する。存分に。

 家に連れてきて涼葉を驚かせるのもいいだろう。



「お兄ちゃんす、す、すごーい!!」

「あははそうだろうそうだろう」

「こんなかわいい彼女連れてくるなんて神!」

「多神教ならではの比喩としての神きたな」



 そんなことを妄想して1日を楽しく過ごし入院生活もあと数日となったある日。


 平日の夕刻である。

 病室の窓から外の風景を見ていた。

 ちなみに俺の病室は個室である。なのでプライヴァシーはある程度保証されている。家が金持ちでこれほど助かったことはない。



 ノックの音がした。


 誰だ? 担当の先生か?

 両親は仕事でこられないはずの時間帯だが……。


「い、生きてる!! 大丈夫!? アキラ君……」


 肩まで伸ばした癖のない黒髪。

 成長しきった長い手足。

 身長は高いほうだ。160センチ後半くらい。まぁ俺もサイズはあるので男女のバランスはとれているか。セーラー服越しでもわかるがモデル体型だ。

 なにより特徴的なのは大きい目である。その周りを丁寧に縁取っているまつ毛。人形師が精巧につくったかのような美しい瞳。

 そこは彼女の絶対的な長所だ。とても表情豊かでもある。

 少女の目は言葉以上に容易にその意思を教えてくれる。


 今、彼女はその目を見開き、意外そうな顔で俺を見つめている。

「大きくなったねぇアキラ君。前に会ったときはこんなだったのに」


 游は自分の肩のあたりに手をやる。

 身長差について言及しないでくれ。

 特に小学生は女子のほうが性徴期が早いんだから。

「久しぶりに会った親戚みたいなセリフだな」

「良かったぁ無事そうで」

「そりゃ怪我して2ヶ月経ってから急に死ぬことはないと思うよ」

「私事故に遭ったこと知らなくて……。もっと早く知りたかった。歩けるの?」

「デカい冷蔵庫を2階まで運べるくらい元気になってるよ」

「! 力持ちになったのね!」

「ジョークだよ」

「なんだできないの……でもアキラ君らしい」

 とりあえず游は俺の言葉に笑ってくれた。


 俺は微笑みながら幼馴染の名前を呼んだ。

名護なごゆう。……美しゅうなったのう


 小学校を卒業して以来、3年ぶりということになるだろうか。

 小学生も高学年になれば思春期にさしかかる。

 男女で遊ぶこともなくなってしまった。不仲になったわけではなく俺のほうが空気を読んでしまっただけだ。

 游はずっと疎遠になっていた隣の家の少女。

 中学時代は通う学校が違ったので、一度も会うことがなかった。


 15歳になった游がいる。

 俺の病室に。


「入っていい?」

「どうぞ」


 游が歩くと後ろで結んだ髪がわずかにゆれた。

 俺は一瞬緩んだ口元を引き締める。


 ゲームのスタートが前倒しになったことに気づいた。

 他に誰がいる? 俺の彼女として適当適切な同世代の女の子が。

 なんたって幼馴染だぜ。見る限り游は1人きりでお見舞いにきている。きっと彼氏なんていない──よな(不安)。


「クラスで若宮って名前の子が入院してこれないって聞いて、担任の先生に詳しく聞いたらあなただってわかって」

「同じ学校で同じクラス!?」

「そうだよ! すごい偶然だと思わない」

「運命だね」


 うう。こんなチャンスもう俺の人生に二度と訪れないんじゃないのか?

 游。俺の淡い初恋相手だ。


「……それより怪我は大丈夫!?」


 游は左手のギプスを指さす。

「ぜーんぜん痛くないよ。触ってみ?」

「ごめん、お見舞いにいけなくて!」

「いいよいいよ気にしない。忙しいの?」

「そうなの!! 話すと長くなるんだけれど……」

 言い淀む游。春休みの間旅行にでも行ってたのだろうか?

「まっ、それはあとあとね。おいおいね」


 とにもかくにも話は弾んでいる。2ヶ月前怪我をしたことがいいきっかけになっている。

 いや、ほっといても俺と游は幼馴染なのだ。


 游は俺のベッドの脇に立った。病室内で2人きり。勝手に興奮するんじゃありません。

 家族がもってきた菓子なり飲み物なりでもてなせば良かったのだがそんなことに頭が回る状態ではなかった。ともかく座ってもらう。


 游を俺の恋人にしてみせる。神賭けて。


 数秒、游の容姿を再び観察してみる。まじまじと見ているとすっかり女性らしくなっているな。独特の色気がある。学校の制服姿も似合っていた。スカートの丈の短さに彼女も高校生になったんだなという印象。俺自身はまだ中学生気分のままである。


 ……游は男勝りなところのある女の子だった。運動神経も良かったし、いつだって元気で人を振りまわすタイプ(あとやたらよく食べるし)。

 髪も今より短かった。服装を含め中性的なイメージが強かったな……。

 だから男の俺も気兼ねなく遊びに誘うこともできたのだ。互いの家によく出入りしてたっけ。


 俺の家はぶっちゃけ金持ちだ。両親とも稼ぎが良い。游の家は……率直に言って豊かには見えなかった。彼女の親がどんな仕事をしているかは知らない。


 想像してもらいたい。

 住宅街の一角に豪邸と古ぼけた平屋が並んで建っていている。その両家の子供が親友だった、と。

 思えばかなり珍しい光景ではないか。


 俺と游は過程の経済事情なんて深く考えずゲームをして走り回ってマンガを読みアニメを見て、まぁときどき勉強もした。俺が游をリードできた項目なんて読んでいる本が多いことくらいだった。ナドい。



「游は変わらないみたいだね」

「アキラ君も変わってないよ」

「そう? 男前になったでしょ。惚れた?」

「? それってどういう意味? アキラ君はアキラ君でしょ?」


 游は疑問符をその瞳に宿す。

 うーん、俺のことを異性として認識していないな。まだ男友達のつもりで接している。


 ハードルのバーを高くするのはいつも游の側だった。

 游が挑発し、俺が挑戦し、そして敗れた。男女の垣根を越え不思議な友情を育んできた。あの奇妙な数年間が俺という人間を育んできた。

 優れているのは游のほうだった。先生に褒められるのも、クラスメイトから尊敬の念を集めるのも彼女のほう。なにをやらせても上手くいく無敵の女の子。

 俺はそんな彼女の友達であることが誇らしかった。なんたってすぐ隣に住んでいるのだ。この友情が永遠に続くと信じて疑っていなかった。


 游は才気活発な女の子だった。

 今の游がなにをしていて、なにを知っていて、俺の言葉にどんな反応を示すか知りたい。

 俺は名護游という存在を再学習したかった。

 彼女が笑っているところが見たい。彼女の仕草を観察したい。彼女の薄紫色の瞳に溺れていたかった。

 結果さえ得られればそれでいい。

 もう高校生なのだ。男女の交際を始めようと何人も咎められん。

 自分と旧知の美少女が会いにきてくれた。これが2度とないチャンスかもしれないのだ。千載一遇の機会を逃す手はない。

 游のそばにいるだけで満足していた幼くて小心者の俺はもういない。



「游……大事な話があるんだ。俺と同じ墓に入ってくれ!!」



 俺は必要な手順を省略し必殺技をぶっぱした。

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