長い前置き

第4話 遅れてきた少年

 2ヶ月前。



 若宮わかみやアキラ、中学3年生。

 俺はごく普通の男子中学生だ(もうすぐ卒業するけれど)。

 生まれてこのかた彼女なんてできたことはない。異性に告白したこともないしされたこともない。まぁ一般的な男子中学生の恋愛経験なんてそんなものだろ。


 人間関係については昔から消極的なほうで、誰かを遊びに誘ったことなど一度もない。部活動にも参加していなかったのでそこから交友関係が構築されることもなかった。

 クラスメイトの間では無害な存在として扱われているようだった。虐められることもないが、なにか祭り上げられるような出来事も俺には発生しない。


 容姿も運動神経も平均的。勉強の成績はかなり良いほう、だが周囲の生徒に対して上手く隠していたため目立つことはなかった。

 そう、俺は目立つのが嫌いな人間だった。



 その日。

 体調が悪いことに気づいたのは登校してしばらくしてからのことだった。

 保健室で体温を測ると38.0度。だが共働きの両親に知らせると迷惑がかかる。そう思った俺は保健の先生に実際より低い体温を申告し、早退することにした。


 家までは問題なく帰れる。

 コンビニでポカリを買い、歩きながら飲むことにした。狭い通りの交差点付近だった。近くから聞こえてきた悲鳴のようなブレーキの音に振り返ると、トラックが、こちらにむかってつっこんできた。


 信号無視→交差点進入→車を避けようとしてハンドルを切り歩道へ→歩行者の俺に衝突というコンボが見事に決まった。


 直撃していれば即死だっただろう。回避でクリティカルを出さなければ危ないところだった。それでも時速50キロで走る8トントラックに当たったのだ。俺は15歳という若い身空にして無事死亡。


 ──いや俺は生きている。まぁ、辛うじて。

 左腕を折りあばら骨にひびが入り地面に頭からダイヴさせられ全治2ヶ月の重傷だ。意識はあっても指先一つを動かすことができない。来春から高校に進学する中学生にとって、あまり希望に満ちた状況とはいえない。

 すぐ近くを歩いていた家永いえながはじめさん(49歳・会社員)が救急車を呼ぶのが遅かったら命に別状があったらしい。家永さんに感謝だな。



 ──で、

 トラックに轢かれたというのに異世界に転移とか、転生だとか、

 超能力(ガイアの危機回避能力みたいな)に目覚めるとか、

 人間が無機物にしか見えない(復活編のあれみたいな)疾患とかそういうイヴェントは発生しない。ひたすら現実である。

 そういうものだ。


 症状は2つ。

 重症化したインフルエンザおよび交通事故による複数箇所の骨折。担当医も厄介な患者を抱えたものである。正直同情しかない。

 人生で初めて死にかけていた。これまで大きな怪我も病気もなく生きてきた俺である。

「人は死ぬ」という当たり前な事実を15にして認識させてもらった。今までマンガとか本を読んで学習してこなかったのか、こいつは。


 振り返ってみればあの身体をひねり暴走する車両の正面衝突を避けた動き、生涯最高のスーパープレーではないか? 映像で再確認できないのが不満なくらいだ。わずか数秒のアクションで人1人の命を救ったのだ。エムバペや大谷よりも効率良く稼いでいる。


 死にかけていた俺は徐々に回復していった。下半身は奇跡的に軽症で1ヶ月もすれば松葉杖をついて病院内を歩き回れるようになった。

 冬の間俺がすごすことになったのは11階建ての大学病院。自宅からそう離れていない場所にある。


 この数ヶ月間、俺の身に特筆すべき出来事は起こらなかった。

 入院している余命少ない薄幸の美少女と出逢いラヴストーリーが始まることもない。

 眠れず深夜の病棟を徘徊しているうちに怪奇現象に遭遇みたいなホラーを体験することもない。


 人生初の入院生活は退屈極まりなかった。

 俺の病室には両親に妹が頻繁に訪れてくれる。

 だがクラスメイトは訪れてこない。まぁ時期的に忙しいから(震え声)。


 2週間後。卒業証書は担任の先生がもってきてくれた(確かにおっさんに渡されてもうれしくないな)。


 3月。春休みは病院の外に出られないまま終了。


 4月。高校の校舎に一歩も足を踏み入れぬまま入学式のある日をむかえた。担任の先生とも会った。うん、それはありがたいのだが。


 俺は出遅れている。

 すでに冬が終わり、病室の窓から満開になった桜が見える。

 季節を1つスキップされてしまった感覚。

 たった1人ですごした初春。


 異性と共有できたかもしれない時間を奪われた……。

 そう、俺も色を知る年齢としになったのである。


 同じ学校の、同じクラスの生徒たちは新しい学校に通い始めクラスメイトと親交を深め授業、部活、遊び。友人をつくり恋人をつくり青春しているのだろう。大体の高校生がそうなのだろう。それが憎い。


 スマホをいじる。limeには中学校時代のグループがまだ残っていた。俺がいない間にクラスの面々が中学生活最後の思い出作りに没頭していた。

 最後の登校、卒業式、そのあとはファミレス、カラオケに男女の垣根もなく集まり、語り合い、別の学校に進学してもまた遊ぼうねみたいな約束をして別れ、そしてきっとこの機会に異性に告白している奴だっていたのだろうな、と想像される。


 俺はそういう陽側のイヴェントにはたとえ事故にあわずとも参加していなかったはずだ。

 以前の俺なら「そんなことどうでもいい。ガキが色気づきやがって。おまえらリア充同士でその下らん価値観を分かちあっていりゃいい」といった風に、無関心を装っていれば良かったのだ。だが──


     ※   ※   ※


 ……今の俺は以前の俺とは違う。

 瀕死の状態から生還したあのとき思ったのだ。

 今までのように失敗を恐れるのはやめにした。


 これからは好き勝手絶頂にやっていこう。

 たとえ人から後ろ指を指されようとかまわない。

 俺は欲しいものを欲しいときに欲しいだけ手に入れたい。今なにより欲しいものは──


「俺はあのとき死にかけた!! 自分に嘘をつくことができなくなった!!!」

「急に叫びださないで! お店の人に迷惑でしょ!」


 ──病院内にあるコーヒーショップにいるのは俺と妹の涼葉すずはだ。俺の妹は世界一可愛い(出典・俺)。現在中学3年である。


 俺は1週間後に退院する。もうすぐ家で会えるのに涼葉は学校帰りに顔を出してくれた。

 その妹の前で叫びだす兄ってどうなの? 店内にいる客が俺たち2人だけだったとはいえ。


「一度は死んだ身、ならば最早無敵の存在と言っても過言ではない!! お兄ちゃんはやりたいことをやるからな!!! 涼葉!!」

「うるさいから!」


「残された余命を自分のために使いたいと思う! 死ぬ前に夢を叶えたいかわいそうな若者を否定できるか? そんな外道どこにいる!?」

「縁起の悪いこと言わないで!! お兄ちゃんもうすぐ退院して学校行くんでしょ!!」


「……そうだっけ?」

「自分で設定つくって昂ぶらないで」


「それはともかくメメント・モリだよ。『死を想え』だ。臨死体験なんてしてねぇけどよぉ、やっぱ事故って身体バーンってなって、意識飛んで、体中包帯に巻かれてバイタルチェックされてたら誰だってきっと思うぜぇ。一度きりの人生だ、後悔したくない」


「なにかするつもりなの?」

 妹からの問いかけに即答する俺。

「どでかいこと」


 涼葉は俺の言葉をきいてかわいらしく首を傾げる。

「豪遊するってこと? ファミレスでメニューの端から端まで頼んじゃう?」

 発想が小学生だよ。

「そんな小っちゃなことじゃない!」

「うーん、なら政治家でも目指すの? 国政に進出して権力を掌握しこの国をのっとるつもり?」

 涼葉は想像力豊かだな……。

「そこまで大きくもねぇよ! すぐに叶えられる夢。やろうと思えば一日で達成できる夢だよ」


「んもー、もったいぶらずに教えてよ!」

 俺は目を輝かせながら妹にむかって宣言した。

「彼女をつくる!! クラスにはいったらまず1番可愛い子に声をかけるね。その日のうちに告白するし、なんなら帰るまでにキスだって済ませるよ!! あ、週末家に連れてくかもしれないから予定空けとけよ。涼葉には紹介してやっから!」


 完璧。

 完璧な計画だ。


 彼女さえつくれてしまえば俺は俺に戻れる。まったく悔いのない学校生活を送れるではないか。しかも性欲だって満たせる(俗物)。

 マジで事故に遭ったことには感謝しなければ。人生観変わっちまったよ。そう、恋人さえつくれれば退屈な学校生活もハッピーハッピーやんケ。

 なぜか冷めた目で俺を見る涼葉。


 学校に行ったら速攻で恋人をつくらなければ。

 俺は最速で目的を達成してみせる。

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