第2話 東京一の果報者


 最初は殺されて山に埋めるつもりなのかと思っていた。それか暴力担当の恐い兄ちゃんが現れて脅迫されるのかと。

 ここは超アウェイだ。『エンタープライズ』のオフィス。厄介事を解決するための強硬手段を用意していてもおかしくはない。



 かなえは俺の心を読んだかのようにこう伝えてきた。

「この問題はあくまで合法的に対処します」

「高校生に多額の現金を用意するのも?」

「若宮君がうちでバイトをしてもらって、給与という名目をあたえれば解決します」

 たかがバイトでマンションが買えるような対価を寄越そうとするもんじゃない。


「『エンタープライズ』にとって俺は癌細胞、ボツリヌス菌、時限爆弾なわけでしょ。ならさ、俺が游の恋人になっても受けいれられるような対価をそちらにあたえればいい」

「そんなものいりません! というかありませんよ……」

「近くに美味しいラーメン屋があるんだ。奢ってやるよ」

「そんなものいりません……対価として軽すぎますよね!!」


 やっとツッコミをいれてくれた。感情が見えてきたな。

 かなえは真面目な人だ。そして仕事熱心。

 彼女にとって游の存在はSSRもいいところ。ビッグチャンスを逃したくはないだろう。


「……大人が才能ある高校生を働かせて金儲けですかぁ。美しい光景ですね」

「組織において利益を生み出す有能な存在は一握りなんですよ。1%の俊英が価値あるものを創出し、残る99%の労働者に仕事をあたえる。全員が有能な組織なんておそらくない」

「『エンタープライズ』にとってそれが游だと」

「ええ、私は高校生に食わせてもらっている身分です」


 正直に自分の立場を打ち明けるたことに好感を覚えた。

『エンタープライズ』の財産は所属しているタレントたちなのだ。鮎京たちスタッフは彼らの手助けをしているだけ。


 かなえは分厚いパンフレットを渡してきた。事務所に所属している芸能人たちを紹介する文章、写真が掲載されている。


 めくってみた。

 ったく、ほとんどテレビを観ない俺ですら知った顔が並んでいやがる。

 ツアーをするたびに何十万人も動員するミュージシャンの彼も、朝ドラや大作映画に次々出演している若手女優の彼女もいる。

 その末席に自分の幼馴染が座っていた。最後のページに游の宣材写真がある。リアリティがない。


「彼らスターこそが我々『エンタープライズ』の戦術なんです」

「元ネタがロナウドか真賀田四季かは知らんけれど」

「なにか?」

「いやなんでも……」


 かなえの背後に位置する壁にはポスターが飾られてあった。

 游は半身に立って横を(こちらを)見る姿勢でカメラのレンズに捉えられていた。誹謗中傷防止の啓発広告だ(ある意味皮肉だ)。

 俺は二次元の上に印刷された游のあの顔、あの目、あの瞳に一瞬射すくめられる。いつもそばで彼女を見ていたはずなのにドキドキしてしまう。游はいつも俺にとって新鮮な印象をあたえる女の子なのだ。


「──游さんは天才です。演技力も、歌唱力も、ダンスをさせてもトークをさせても一流。わかりますか? アイドルですよ?」

「『こんな素敵な職業はないよ』ってセリフは知っているが」

「彼女は偶像になれる。そのためにあなたはいらないんです」


「ちょっと待ってね。アイドル……」

 俺あんまり3次元には興味ないんだけど(彼女がいる癖に)。

「まぁ広い意味でのアイドルあつかいはされるでしょう。今メインにしている仕事は俳優業ですが」


「忙殺されない?」

「未成年者の仕事の量は抑えています。本職は学生ですし。游さんのほうは早くステージを上がりたいようで不満を漏らしていますが。ですが学業に影響があったら学校や親御さんに顔向けできません。大学にだって行ってもらいますし」


 游は小学生のころから頭が良かったっけ。クラスで1番の成績をキープしていた。俺は2番。あのころから游には頭が上がらなかったなぁ(懐古強襲)。なにをしても上手くやってみせるのは幼馴染の少女のほうだった。


 だが今は違う。芸能界とかいうよくわからん場所で活動している游を守るべきは俺のほうだ。つぅことで。


「俺馬鹿だからよくわかんねぇけどよお!! 游は本当にガチでマジでこの仕事を好きになってんのか? あんた方に洗脳されているとかそういうことない?」

「游さんは自分から望んで今の立場を選びました。そのことを後悔している様子はありません。あなたが彼女の恋人だというのなら……彼女を愛しているって言うのなら──」

「男から女の成長を妨げるような愛し方はするなって?」

「わかってるじゃないですか」


 かなえはにこやかに微笑む。

 やはり俺に退場してもらいたいのだ。俺の提案はなかったことになっている。


「うちの女性タレントが男性との交際を公表するのは概ね25です。それまでは会うことを控えてもらう」

「俺ら今15だぞ! 10年会うなと? あたしの青春が10年!」

「それは諦めてもらって」

 簡単に言ってくれるなぁ……。


「知られてはならない秘密というものは絶対的に漏洩するものですよ。『エンタープライズうち』の芸能人だって数多くのスキャンダルを起こしています。游さんはまだ経歴が短い。わずか半年です」


 游は1つか2つ仕事をこなしただけのルーキーにすぎない。マスコミが火をつけたらタレントとしての生命が燃え尽きてしまう。

「俺の存在が知られたらもうアウト」

「この仕事は続けられないでしょうね」


 だから失せろと。

 結局脅迫じゃないですかねこれは……。

 それはそっちの都合であって俺の都合ではないんだよなぁ


「もし游がこう言ったらどうする? 『私はアキラ君との交際を選びます』、『残念だけれど女優の仕事は諦めます』って。どう?」

 かなえは右頬に手をやり、表情を固くした。マンガなら額に怒りマーク(♯←こんなん)が浮いているところだ。

 美人はそんな顔をしていてもきれいだなと思ってしまう。

 怒ってみせても相手から好感をもたれるだなんていろいろ不便だろうな。


「もし彼女が私にそう言ってきたら、あなたに言いくるめられて言わされると思いますよ」

「……それくらい游はやる気なんですね」

 あるいは狂奔と言い換えてもいい。游は強い衝動に駆られ芸能活動に身を投じている。あいつは小さなときから好きなものにはとことん夢中になるタイプだった。

 危ういと感じてしまう。男と2人きりみたいな状況ができあがったらどうする。彼氏の俺が見守ってあげなければいけない。俺が守護まもらねば。


 かなえは言った。

「ええ……。そして当たり前のことですが、この仕事を辞めたいと游さん本人がおっしゃるのならもちろん辞めることは可能です」

「法外な額の違約金が発生するとか?」

「そんなことはありません。游さんに確認してもらってもいいですよ。契約時に伝えてあります」


 俺はうなずく。マネージャーは嘘をついていない。思いのほか『エンタープライズ』はクリーンでホワイトだ。


「俺のほうから游に辞めるよう説得するつもりはありません。……思ったんですけれど、かなえさんはいくつなんですか? まだ若いですよね」

「女性に気軽に年齢をたずねないでください」

 むっとした表情になるかなえ。

「まぁ20代前半でしょう? 俺と游とそう変わらないと思うんですよ。だったら理解……してくれませんか? 応援しろとは言わないにせよ黙認してくださいよ」


 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって言うじゃないか。

 どう理屈をつけてもかなえの──『エンタープライズ』のやっていることは野暮だ。


「情に訴えるつもりですか? そういうことは通用しませんよ。大体高校生の恋愛だなんて遊びみたいなものです。通過儀礼の恋愛イニシエーションラヴと言いましたかね……。長続きなんてしません。たとえあなたたちが……そういう行為におよぼうと関係ない」


 そういう行為……セックス?

「交接のこと?」

「あなたの語彙が豊かなことは認めますが、赤の他人にむかってそれはセクハラですからね!!」

 興奮して俺に指を突きつけるかなえ。

 先に言及したのはそっちだろうに。

「すんません。でも僕たち愛しあっているので!」

 自分の胸を抱きしめながら俺は主張する。


「知ったこっちゃありません。──」



 俺は杖ももたずに立ち上がった。

 かなえに対し証明すべきことが1つできた。


「游!! 出ませい!!」


 俺の彼女はすぐにパーティションの奥から姿を現した。

 游はかなえの横で立ち止まった。少し戸惑っている。その生きた表情は、ポスターに固定された自身の顔よりもはるかに美しい。俺は惚れ直した。


 游はすべてを聞いていたのだろう。自分のマネージャーの最後のセリフも聞き逃していない。「自分とアキラ君の愛が本物ではない」、的な内容の。

「ほらきて!」


 手招きする。

 俺のそばまで足を進めてくれた。

「游は俺の思っていることが全部わかるんだよね?」


「た、確かにあのときそう言ったけれど……」

「なら、?」


 游は一度かなえのほうを見た。申し訳なさそうな顔をして。

「わかる……。でもそれはアキラ君がそうしたいから──」

「大事なのは俺たちが本気だっつぅことをこの人に知らしめること!! それに尽きる!!! アンダースタン!?」

「ア、アンダースタンド。だけど──」

「こういうときは目を閉じるもん……らしい」


 游が幼馴染だったおかげで異性の身体に対する耐性はあった。 

 だから俺は彼女の肩を優しくつかみ引き寄せることができる。なめらかな髪の下にある細い首に手を当て支え、游の小さな顔を逸らさせないこともできる──


 かなえはただただあっけにとられていた。


 ──高校生2人が目の前で唇を重ねていることに。

 游はほとんど抵抗しなかった。自分が演じるべき役柄を演じきってしまった。俺と親密な恋人に。

「初めてなのにどうして人前で……それもかなえさんのいるところで」


 俺はうつむいて恥ずかしがっている游の姿を惚れ惚れと観察していた。

 自分でもわからなかったが意外とドSな性格しているのかもしれない。

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