【#41】戦いを終えて

 :た、倒した……!?

 :酒クズちゃんが……あの悪魔を!?

 :お、おい!? なんだったんだ!? 今の技は……!?


(お、おぉ……すげー盛り上がってるな……)


 ヴァルフレッドを倒した俺は、リスナー達から鬼のように注目を集めていた。

 当然のように同接もとんでもない事になっていて、コメントは目視が追いつかないスピードで流れていく。


 そんな状況の中、俺に声をかける者がいた。


「──アヤカちゃん」


「!! ティーシャ……!!」


 ティーシャ。ハーフサキュバスの姿をした彼女は──なんと俺の背中から抱きついてきた!?


「えっ……えっと、その」


 あ、あれ? なにこれ?


 どうすればいいか、全然わからなかった。


 完全に頭が熱くなってしまって動けず、ただ背中から伝わるティーシャの体温だけを感じていた。


「すごい!! ホントにすごいよ……!! アヤカちゃん!!」


 ぎゅっと軽く抱きしめてくるティーシャ。


 さっきと同様に彼女の目には涙を浮かんでいたが……それは”喜びの涙”となっていた。

 まるで心に背負った重い荷物を下ろしたような──とても爽やかな表情で彼女は言う。


「もしアヤカちゃんがヴァルフレッドをここで食い止められなかったら、地上はもっと大変な事になってたはず……!! アヤカちゃんは……みんなを守った"英雄"だよ!!」


「そ、そんなぁ〜!? "英雄"だなんて、大げさですよぉ〜〜!? アハハ……」


 俺は恥ずかしさをごまかすように、追加のお酒をゴクゴク飲み始めた。……今、顔が赤いのはアルコールのせいにしたかったからだ。


 :まーた飲んでるよ~~

 :いや、でもマジですげーって……この世の終わりと思ったもん

 :よかったよかった。これで一件落着だな!!


 そんなほのぼのとした空気に包まれる中、ミカリアちゃんがにこやかに微笑みながら言ってくる。


「ところで、ティーシャ〜♡ ちょっと話があるんだけど〜♡?」


「はっ!?」


 一瞬で青くなってしまうティーシャ。


 そうだ!! 色々あって忘れてたが、そもそもである。


 そして、天使と悪魔は"天敵"ともいえる存在。


 ミカリアちゃんは『ここで会ったが100年目』的な感じで、ニヤリと歯を見せながら笑う。


「まさか悪魔がこんな近くにいたなんてね〜〜♡」


「あわわわ!? み、ミカリアちゃん!? やっぱりあたし……『大天使の樹セフィロト』に連行されるのかな……?」


 『大天使の樹セフィロト』──異世界を統治する大天使達にとっても、ティーシャは完全に予想外の存在だっただろう。


 【色欲】の悪魔の血を持ちながら、人間の世界に紛れ込んでいたティーシャ。

 大天使の配下にあたるミカリアちゃんが、そんな彼女を放っておくはずがない。


 そう思っていたのだが……。


「バカね。そんなコト、するわけないじゃない?」


 意外な返事だった。てっきり何も聞かずに連行すると思ったから。


 ミカリアちゃんはフーッと仕方なさそうに肩を落としながら語り出す。


「多分『大天使の樹セフィロト』にはうるさく突かれると思うけど……そこはちゃんとうまく説明しておくわ。

 ──ティーシャ……アンタが悪人じゃないってコトは、ミカリアがちゃんと証明するから!!」


「ミカリアちゃん……!! ありがとう!!」


 ティーシャは深く礼をした後、撮影ドローンの方にも頭を下げた。


猫民リスナーのみんなも……ホントにごめんね。今まで黙ってて……。あたし、やっぱり怖かったんだよ。自分の正体がバレて、みんなの見方が変わるのがさ……」


 それからティーシャは顔を上げて、決意を秘めたような熱い眼差しで続けた。


「でも、さっきも言った通り……これからは"ハーフサキュバスのティーシャ・クラリオン"としてやり直すつもり。──みんな、ついてきてくれるかな?」


 :うおーーーーー!! いいですとも!!

 :ぶっちゃけハーフサキュバスなのは驚いたけど……その姿も可愛いからヨシ!!

 :この騒動で去るやつはいるかもしれん。それでも、俺は変わらずに推すから!!

 

「うわぁぁあああああ!! ティーシャぁぁああああああああ!!」


「あ、アヤカちゃん……!?」


 そんなドラマチックな光景を見て、俺も我慢できなくなってしまった。


 恐らくティーシャの中では強い葛藤があったはずだ。


 世間にあまり良く思われていない”悪魔”の血族である事を隠しながら、みんなの前に立って配信者活動をするという事。


 今、彼女はその”葛藤の鎖”を自ら断ち切り、一歩前に進む事に成功したようである。


 俺は着物のフトコロから出したハンカチで涙をぬぐいながら、「大丈夫」と仕草で示しながら言う。


「す、すみません……!! 感動のあまり取り乱してしまいました……!!」


「お、大げさだよ~? まったく、アヤカちゃんは……もう!!」


 そうやってティーシャは最初は冗談っぽく言ったが、やがて綺麗な微笑みと共にこう告げてきた。


「……でも、あたし幸せだよ? アヤカちゃんみたいな──がいるなんてさ」


「ティーシャ……!!」


 推しにこんな事言われるなんて──ファンとして最高に幸せだと思う。


 改めて思った。こうして今日も彼女の笑顔を守れてよかったと。


 そして、これからもそうだ。もしティーシャを傷つけるヤツが現れたら……全力で彼女を守る。


 それがティーシャのファンとして、彼女にできる最大の恩返しだと思うから。


【雑司ヶ谷ダンジョン・配信終了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る