【#39】一騎打ち

「しかし、正直言って意外だったよ」


 ヴァルフレッドはティーシャの変身した姿を見ながら、皮肉交じりに軽く嘲笑あざわらってくる。


「まさか貴様も”紋章解放”を使えるようになっていたとはな……ティーシャよ? あの”落ちこぼれ”の貴様がなぁ? 単純に興味がある。どうやってそこまでの力を手に入れた?」


「……あなたには、分からないよ」


 ティーシャは吐き捨てるように言って、撮影ドローンのカメラ──へと力強い視線を向ける。


「きっとあたしが強くなれたのは……今見てくれてるあたしのファン──”猫民ねこみん”達ががいてくれたから!!」


「……ファン、だと?」


「そうだよ!! だから、ヴァルフレッド!! この気持ちはあなたには分からない!! ような冷酷なあなたにはね!!」


 :おぉ……!!

 :やっぱティーシャはティーシャなんだよ!! たとえ悪魔の血が混ざっていただったとしても!!

 :そうだーー!! 全猫民ぜんねこみんで応援すんぞーーー!!


  ハーフサキュバスのティーシャの姿に変わっても、相変わらず応援をしてくれるリスナー達。


 そう、みんなも一緒に戦ってくれてるんだ。たとえこの場にはいなくとも、確実に俺達の力となってくれている──!!


「フン。確かに理解できんな?」


 ティーシャの問いかけに対し、ヴァルフレッドはため息をつきながら首を振った。


「……いや、もはや理解する必要もないな。そんなモノで得た力など、所詮は”幻想”でしかない。貴様の言うファンとやらも、ただの"無力な他人"でしかない」


「……じゃあ、試してみますか? 本当にそうなのか?」


「!!」


 再びヴァルフレッドの前に歩み出る俺。


 そのままありったけの酒をガブガブ飲んだ後、俺は心地いいほろ酔い気分のままに宣言する。


「今から貴方に一騎打いっきうちを挑みます。わたしがその"ファン代表"として、ね?」


「ほう……?」


 興味深そうに眼を開くヴァルフレッド。一方、周囲の反応はかんばしくなかった。


 :!?

 :おいおい、正気か……?

 :五人でもやっとだったのに!?

 :酒クズちゃん、無茶すんなよ!?


「バカなの!? 酒クズ!?」「アヤカ殿……いったい何を考えて!?」


 リスナー達も、ミカリアちゃんにフィオナさんも──みんなが俺の行動を止めに来ていた。


「アヤカちゃん……本気でやるつもり?」


 そして、ティーシャも驚いたように俺を見返していた。


 おそらく、この場で誰よりもヴァルフレッドの強さを理解しているのがティーシャだ。ここで止めるのは至極当然といえるだろう。だが──。


「えぇ。やりますよ」


 だが、俺は退けなかった。退けるワケがなかった。なぜなら──。


「ここまでティーシャをコケにされたら、もう引き下がれませんよ。わたしは戦う必要があるんです。”全猫民ぜんねこみんの代表”として、ね」


「アヤカちゃん……!!」


 :おおおおおおお!!! 酒クズちゃん!!!!!

 :よう言うた!!

 :あんなのと一騎打ちなんて無茶苦茶すぎるけどよ……もう応援するしかねぇ!!


「クハハ、面白い!! ──いいだろう。その挑戦、引き受けた!!」


 ヴァルフレッドは高笑いして、紫炎を纏った六本の剣を周りに浮遊させながら告げてくる。


「そして、完膚かんぷなきまでに叩き折ってやろう? 貴様の心もろともな?」


「えぇ、やってみてくださいよ?」


 そして、俺はヴァルフレッドとの一騎打ちに臨む事となった。 


 ◇◆◇◆◇


「さぁ、どこからでもどうぞ♪」


 俺は酒を片手で飲みながら、軽く手招きする。


 今までになく気持ちは高まっていた。


 もちろんヴァルフレッドがかなりの”強敵”である事は分かっている。だが、心は少しもおびえていなかった。


 ”とにかくヤツを倒す”。今の俺の心にはその想いだけが存在していた。


「クハハ! ならば……こちらから行かせてもらう!!」


 ヴァルフレッドが動き出す。


 ヤツは周囲に激しい紫炎をまとわせながら、恐ろしい速度で一気に間合いを詰めてきた。そして──。


「ぜぃあっ!!」


 六本のつるぎによる連撃!! この常人なら反応すらできない速さ──これがヤツの本気か!! 


 ヴァルフレッドは最初から全力を出すつもりらしく、俺に対してもう手加減するつもりはないらしい。


 だったら、こっちも本気で戦わせてもらう!!


「はっ!! ──やぁっ!!」


 俺は素早く妖刀を抜いて、次々と飛来ひらいする紫炎しえんの剣をいなしていく。


 【酔剣すいけん】によって強化された肉体は、全てが思考した通りに動いてくれていた──これがいわゆる”ゾーン”というモノなのか。


 そうして俺が剣に対処している間に、ヴァルフレッド本人は片手に魔力を込めながら笑ってくる。


「やるな? だが、これではどうだ? ちりまで燃え尽きよ──【アングレイル・フレイム】!!」


 空中に【憤怒ふんぬ】の紋章が浮かび、ヴァルフレッドの片手から灼熱しゃくねつの炎が発射された!!

 

 なるほど。剣の連撃で動きを封じてから、強力な魔法のコンボ……それがヤツの必勝パターンか。それなら──!!

 

「”鏡面”の刀技とうぎ──【八鏡やかがみ】!!」


「!!」


 その瞬間、目の前に防御円バリアが現れる。


 妖刀で作ったその防御円バリアによって、俺は敵の魔法を防ぐ事に成功した。そして──。 


「お返しだぁあああああああああああ!!」


 妖刀の剣先から放たれる、あかき光線!! 


 俺が使ったその技は、まるで鏡のように”相手の使ってきた魔法に応じて威力を増していく”。


 よって、今回は敵の魔法も強力だったために──その威力もとんでもない事になっていた。


「ぐぉぉおおおおおおおおおおおお!!」


 反射した光線を真正面から受けるヴァルフレッド。全身から黒い魔力が血のように噴き出していく──!!


 :おっしゃぁあああああああ!!

 :効いてるぞ!!

 :もう勝ったでしょ、これ!!


 そのダメージを見て優勢と見たのか、コメントも一気に盛り上がっていた。


 そう。これを食らえばひとたまりもない。おそらく、この戦いを見ていた誰もがそう思っていただろう。だが──。


「クハハハ!! そんなものか!!」


「!? 耐えた……!?」


 なんと──ヴァルフレッドは”耐えきってしまった”。


 確かにヤツは全身にダメージを負っているものの、未だに致命的な状態には至っていない。まだ戦いは決していないようだった。


 :は!?

 :おいおいおいおい!? 

 :あ、あれ!? おかしいぞ!?


「クハハ!! その程度か、人間よ?」


 ヴァルフレッドは六本の剣を引き寄せながら、漆黒のコートを脱ぎ去って上半身を露わにした。

 その赤い肌で覆われた大胸筋の上には紫炎がはしっており、ヤツは自らの強靭きょうじんな肉体を見せつけるように叫んだ。

 

「相手の魔法を跳ね返すその技──確かに素晴らしき技だ!! だが、!! 数多あまたの冒険者から奪い取った魔力によって、我が力は更に強くなったのだ!! もはや忌々いまいましき結界など、簡単に打ち砕けるほどのなぁ!!」


 再び高笑いするヴァルフレッド。


 そんなおぞましい悪魔に対し、ティーシャも、ラビスさんも、ミカリアちゃんも、フィオナさんも……絶望の表情を浮かべていた。


 もう地上への侵攻はすぐそこまで来ている。そんな空気がこの場を支配してしまっている中──。


「ぷはーーっ♪」


 俺はおかわりの一杯を飲んでいた。いつも通り、配信で飲んでいる時のテンションで。


 :さ、酒クズちゃん!?

 :このタイミングで飲酒を!?

 :やっぱ大物か……?


 周りの全員が驚愕きょうがくの視線で俺を見ており、それどころか敵であるヴァルフレッドも少なからず注目しているようだった。


 たった今、この場で俺だけが戦闘中の緊張から解き放たれていた。


 そんな”至福の飲酒タイム”が過ぎた後、俺はヴァルフレッドに向けて告げた。


「それじゃ、そろそろ見せちゃいますか? ”切り札”を?」

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