【#9】推しの真実

「は……?」


 今のティーシャの姿は、今までとあまりにも違っていた。


 頭には小さな黒い二本角。身体には黒っぽいテカテカしたボンテージをまとい、背中には一対いっついのコウモリの翼。お尻からは先端せんたんハート型になった尻尾が生えている。


 そんな今の彼女を一言で表せば、『小悪魔』。いつものティーシャから想像もできない過激な姿だった。


(お、俺は幻覚を見てるのか……!?)


 でも、いくら俺が大量の酒を飲んだとはいえ、流石に現実と想像の区別くらいはつく。これは本当に現実なのか──?


 そうして、一人でパニックになっていた時。


「……ん」


 ティーシャが目を開けた!! その瞳はいつもの青色ではなく、明るいピンク色。さらに瞳孔が縦割れした蛇目へびめへと化していた。


 それから彼女は自分の身体を見下ろして、一気に青ざめた表情へと変わった。


「うそ!? なんで変身が解けてるの!?」


 大きく目を開けて叫ぶティーシャ。そして──。


「あっ……!」


 俺と目があった瞬間、まるで時間が止まったような沈黙に至る。その後、ティーシャは一言だけポツリとつぶやいた。


……?」


 そう。ティーシャの目は何よりも物語っていた。これが彼女にとって”マズい状況”である事を。


 俺は震えた声で彼女に質問する。


「ティーシャ!? その姿は一体どういうコトですか!?」


「そ、それは……!!」


 小悪魔の姿をしたティーシャはそっと目を背けたが、何かを決意したような顔になり大声で謝ってくる。


「ごめん!! アヤカちゃん!! 今見たことは全部忘れて!! ──【ラヴ・ハート】!!」


「!?」


 ティーシャの両手で作ったハートマークから放たれるピンクの光線。それがまっすぐにこちらへ飛んできた!!


(ティーシャが俺に魔法を……!?)

 

 しかも、突然の不意打ちのせいで回避するヒマすら与えられなかった。つまり、俺はこの魔法に直撃するしかない。


 


 キィン!!


「「!?」」


 空中で鳴り響く斬撃音。


 ふと右手を見ると、俺の手にはいつのまにか妖刀が握られている。無意識に身体が動いてしまったのだろう。


 さらに妖刀から伝わるを斬った感覚。それは今まで斬ったことのないもの──つまり、"魔法"だった。


 どうやら妖刀はその斬撃により、


 そして、向こうを見ると──。


「……ティーシャ!?」


 ティーシャが仰向あおむけで倒れていた。俺は急いで妖刀を腰にしまい、慌ててそちらへと駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!? しっかり!?」


「ん……んん……」


 良かった!! とりあえず意識はある!!


 そんな喜びもつかの間。ティーシャはゆっくりと目を開けた後、予想もしない反応を見せてきた。


「ふふふ♡ アヤカちゃ~~ん♡」


「??」


 急にニヤリと微笑むティーシャ。なんだか俺にびきったような笑みで、まるで飼い主に尻尾を振る飼い犬のようにハァハァと興奮していた。


(……な、なんだ? 明らかにおかしい……!?)


 試しに俺は冗談っぽく聞いてみる。


「あー。もしかして、まだ酔ってるんですか? そりゃ、普段のティーシャじゃありえないですからね!! ──さぁ、このままじゃ風邪かぜ引いちゃいますから、ちゃんとベッドで寝ましょう?」


「うん、わかった♡」


 そう言って、ティーシャは素直にベッドの方へと歩き出す。


 ……ふぅ、流石に酔っ払いは手がかかるな。(俺が言うな、という話だが)


 そうやって肩の荷が下りた気分になっていたのだが。


「え?」


 ティーシャが前から俺の手を握ってきた。嫌な予感がする中、俺は恐る恐る聞き返した。


「アヤカちゃん、一緒に行こう♡?」


「どこにっ!?」


 背中に冷や汗を流しながら聞き返す俺。


 心臓の鼓動がドキドキと頭の中で死ぬほど鳴り響く中、ティーシャは俺の片腕を引っ張りながら言う。


「もちろん”ベッド”だよ〜♡ 今夜はあたしと一緒に寝るんだよぉぉ〜〜♡?」


「はいぃぃっ!?」


 やっぱおかしい……絶対におかしい!!


 俺がパニックで固まっている間、ティーシャは快楽に身悶みもだえするように身体を密着させてくる!!


「はやくはやくぅ~~♡ 待ちきれないよぉ~~♡♡ 一緒のお布団に入ってぇ……いっぱい楽しいコトしよ♡?」


「ま、待ってください!?」


「ダ~メ♡ 待てなぁ~~い♡」


 そう言って、ティーシャはペロッと舌を出す。まるで獲物を見つけた肉食獣のように……!!


 そして、彼女は俺の顔にグッと距離を近づけて──。


「……好き♡」


 チュッ。ほっぺたにキスしてきた。そして、キスした後の小悪魔めいた笑み。


「え……?」


 え? え? え? ……えぇえええええええええええええ!?!?!?!?


(ティーシャが……俺にキスを!? やばいやばいやばいやばい!?!? どうなってんだよ、これ!?!?!?)


 ……今ので確信した!! これは"酔っている"のレベル超えている!! とにかく止めなければ!!


「ティーシャ!? これ以上はファンとしてライン超えられないですよ~~~~~!?!?!?」


「ふふ♡ 別にアヤカちゃんとなら超えてもいいよ~~、その”ライン”♡? ほら、早く一緒に寝るのぉ〜〜♡」


「うわーーーーー!?!? 早く元に戻ってくださいぃぃぃ!?!?」


 そうしてティーシャの誘惑にしばらく耐えていると、彼女は突然糸が切れたように停止した。そして──。


「……ハッ!?」


 いつもの表情に戻った!! よ、よかった……!! これでまともに話せる!!


 やがて、ティーシャは自分の両手を見ながらパニックになったように呟く。


「今、しばらく意識がなかった……!! もしかしてってコト!? 【ラヴ・ハート】が跳ね返されて……!?」


「???」


 魅了? さっきのは魅了状態だったのか。確か魅了魔法によって、術者に操られる状態異常だよな。


 だが、おかしい。魅了魔法なんて普通の魔法使いは使えない。いくらティーシャがSランクの魔法使いでも、純粋な猫耳族キャトルであれば覚えるのは不可能。だとしたら、彼女は──。


 部屋内に息苦しい緊張感がはしる中、ティーシャが俺の目をまっすぐ見つめて言ってくる。


「アヤカちゃん……」


「は、はい!?」


「ごめんなさぁ~~~~~~~~~~~~~~い!!!!!」


「えぇ!?」


 ティーシャが泣きながら土下座してきた!? あまりにも意外過ぎる……!!


「まずは魅了魔法をかけようとした事を謝罪させて!! ……正直に言うと、アヤカちゃんを魅了して”酔って見た幻覚”って事にしようとしたの~~!! うわ〜〜〜、ごめんなさい〜〜〜〜!!」


 彼女のそんな姿が見てられなくて、俺は慌てて身を低くして必死に言う。


「ティーシャ、頭を上げてくださーーい!? わたしは全然気にしてませんから〜〜!?」


 そのままティーシャはしばらく泣いていたが、ようやく落ち着いてきたらしい。


 俺はそのタイミングを狙って、話を振ってみる。これは確かめねばならない。ティーシャ本人の口から。


「ティーシャ、あなたは一体何者なんですか?」


「……そうだね。こうなった以上、アヤカちゃんには言っておこうか」


 すると、ティーシャは背中の黒い翼を大きく広げ、胸の上に右手を乗せながら告白してくる。


「あたし、本当は”ハーフサキュバス”なの。猫耳族キャトル夢魔サキュバス混血種カオス──それが本当のあたしだよ」

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