【#10】推しの正体

「ティーシャが……ハーフサキュバス!?」


 突然の告白に頭がフリーズした。


 しかし、確かに目の前にいるティーシャは紛れもなくサキュバスそのものだった。そのうえ”魅了魔法”まで使ってきたのだから確定だろう。


 心の底から驚いた俺に対し、ティーシャは静かに事実を淡々と告げるように言う。


「そう、あたしの正体はハーフサキュバス。そして、この世界に来たのは元々住んでたなの」


「ま、"魔界"って、あの魔界ですか!? しかも、ですって!?」


 魔界。そこは俺達の住む地球でも、ダンジョンの先にある異世界でもない、"第三の世界"だ。


 異世界人からは"魔界デモニア"と呼ばれ、悪魔や堕天使といった邪悪なモンスター達が住む場所として恐れられている。


 現状、俺達の現代世界に干渉してくることはないが、以前より

 なので、その事実を知っている俺達の世界の人達からも悪魔達は忌避きひされているワケだ。


 まさかそんな世界にティーシャがいたなんて……いまだに現実感が全然わかない。でも、本人が語る以上は事実なんだろう。


 俺はもう少し詳しく話を掘り下げる。


「あの、ティーシャはどうして追放されたんですか?」


「理由は単純だよ。あたしね、悪魔の中だと”落ちこぼれ”だったの」


「えっ!? ティーシャが……”落ちこぼれ”!?」


「そう。基本的に悪魔は悪魔同士で生まれた『純血種ハイランダー』をおもんじる。だから、亜人との”混血種カオス”であるあたしはもの扱いされたんだよね。それに──」


「それに?」


 すると、ティーシャは頬を赤く染めながらボソッと呟くように言った。


「あたし、サキュバスの一族なのにの……!!」


「……へっ!?」


 ど、どういうことだ……? 


「さっきアヤカちゃんにかけようとした魅了魔法【ラヴ・ハート】も、相手が女性じゃないと効かないの」


「えっ!? でも、サキュバスって本来は男性を誘惑する悪魔ですよね……」


「そうだよ~~。だから、”落ちこぼれ”なんだよね~~……」


 しょんぼりするティーシャ。結構気にしてるっぽいな……。まぁ、周りの同族と違えばコンプレックスにもなるか。


(……ん? 待てよ?)


 ティーシャの話を聞いていて、一つ引っかかるところがあった。


 ネットで見た話ではスキルや魔法といったものは、個人の趣味趣向によっても影響があるらしい。


 つまり、その法則に従うとティーシャは……まさか、いや、まさかな……。試しに聞いてみるか。


「……ティーシャ。つかぬ事を聞きますが、?」


「なっ!?」


 一瞬でティーシャの顔が真っ赤になり、口元がアワアワとせわしなく動き始めた。おまけに目までグルグル回して大慌てだ。


「ななななな!? アヤカちゃん、何言ってんのーーーーー!? い、いくら魅了魔法が男に効かないからってさぁ〜〜!? ──ハイ!! この話、終わり!!! 次!!!」


「わ、わかりました……!!」


 すごい勢いではぐらかされた!! ほぼ確定な気がするんだが……まぁいいや。


「ハァ……ハァ……ビックリしたぁ……」


 ティーシャは胸を押さえて呼吸を整えた後、ジトーっと俺の目を見ながら言ってくる。


「それじゃ、今度はあたしから質問いいかな?」


「? なんでしょう?」


「あたしの魅了魔法、どうやって跳ね返したの?」


「──あっ」


 そういえば、アレはなんだったんだろう。色々ありすぎて気にするヒマなかったけど。


「えぇ~~っと、すみませんがわたし自身にもさっぱり分からずじまいです。多分、この妖刀が関係あるとは思うんですが」


「ふむふむ。アヤカちゃん、その妖刀ちょっと借りていいかな?」


「えぇ、どうぞ」


 ティーシャは俺から刀を受け取ると、鞘から少しだけ抜いてじっくりと観察を始めた。


「なるほど……こうして触ると、かなりの魔力を帯びてるね。確かにこれならあたしの魔法も斬って跳ね返したのも納得かな。でも、かなりの熟練が必要な技だとは思うけど」


「そ、そうだったんですね。あの時はなんとなく身体が動いたので……」


「アヤカちゃん、もしかして天才……?」


 口をポカーンと開けて驚くティーシャ。本当に勝手に身体が動いただけだから、なんとも言えないんだが。


 それからティーシャは苦笑いして切り替えるように言う。


「まぁ、いいや。それと、おそらくあたしの”偽装服”をあばいたのもその妖刀のせいだね」


「偽装服?」


「あぁ、これのことだよ」


 パチン、と指を鳴らすティーシャ。すると……。


「あっ!? いつものメイド服に戻った!?」


 ティーシャはおなじみのメイド服に一瞬で着替えていた。サキュバスの見た目は維持しているため、『メイドサキュバス』という感じだった。


 それからティーシャはスカートの両端を掴んで、優雅ゆうがな仕草をしながら続ける。


「実はこのメイド服は"魔力で作ったもの"なの。いわば、これはあたしがハーフサキュバスである事を隠す"鎧"のようなもので、いつでも着脱できるようになってるんだよ」


「知りませんでした……!! そんな便利な仕組みだったんですね」


「……ま、魔力で作られてるせいで妖刀にんだけどね」


 そうして一通り喋り終えたティーシャは、コーヒーを一口飲んで肩をなでおろした。


「ふーっ、まぁこんな感じかなぁ。まだ話してないことは……」


 すると、ティーシャは「あっ!」と何か思い出したらしく──そして、なぜかヒソヒソと落としたトーンで聞いてきた。


「……あのさ、最後に一個だけ聞きたいんだけど?」


「えぇ、どうぞ?」


「……あたし魅了魔法にかかってる時、変なことしなかった?」


「!?!?!?」


 その時のことは鮮明に覚えている。


 そう。あの時は魅了状態で操られたティーシャが、唇を俺の方に近づけてきて……!!


「キ……」


「き??」


「いや!? 記憶がないならいいんです!! 安心してください!! ティーシャは変なこと、何もしてませんよ!?」


「ほ、ほんとかなぁ~? 自分の魅了魔法ってかかったことないから、どうしても不安になっちゃうよ〜!?」


「だ、大丈夫ですって、アハハ……」


 気になってしょうがない様子のティーシャに、俺ははぐらかすことしかできなかった。世の中知らない方が幸せなことだってあるはずだ。

 ……っていうか、言えるワケがないだろう。


 ”ティーシャが俺にキスをした”なんて!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る