第五話
魔族たちが拠点としていた荒廃した国は、いずれは復興して元通りになるだろう。
後片付け――生き残っていた魔族の斬滅――も終えて、わたくしたちは祖国への帰路を辿ることとなった。
行きは魔族の妨害を受けてなかなか進まなかったが、帰りは案外あっという間である。馬車を捕まえて乗り継ぎながら進めば、半年ほどで済んだ。
がたがたと音を立てながら、馬車がゆっくりと国境を越え、祖国に入っていった。
「懐かしの祖国ですね……。なんだか、感慨深いです」
「そうかしら? 力の足りないあなたがたに全てを押し付けた、ろくでなしどもの巣窟ですのに」
ほぅ、とため息混じりに呟くシェリル。反対に苦々しく吐き捨てるわたくし。
わたくしたちをなぜか微笑ましく見つめながら、レオンがとある提案をする。
「そんなこと言うものじゃないよ。……そうだ、せっかくだから僕たち三人だけで帰国を祝わないか。魔王討伐の祝いも兼ねて」
「いいですね、それ! なんだか楽しそうです! ベルティーユ様もご一緒いただけますよね?」
「……くだらないですけれど、付き合って差し上げてもよろしいですわ。馬車を止めて準備なさい」
そんなわけで、国境沿いの森の開けた場所にて、わたくしたちは密やかな宴を開いた。
いずれ王都で催されるだろうパーティーとは天と地の差だ。食事も豪華とは程遠く、特別と言える点は保存食ではない肉があることくらい。それでも、誰も不満がったりはしなかった。
「今日はお祝いなんです。ベルティーユ様、お好きなものをどんどん食べてくださいね!」
にこにこと肉を振る舞うシェリル。旅の道中、食事を管理するのはいつも彼女の役目だった。生粋の姫のわたくしには包丁が握れなかったので。
彼女一人に押し付ける申し訳なさから、あまり食欲が進まなかったのだが、ここで遠慮する方が悪い。たとえ、体調があまり芳しくなかったとしても、だ。
久々に満腹になるまで味わった食事は、とても美味しかったと思う。味はよくわからなかったけれど。
レオンとシェリルが今までの旅に思いを馳せ、明るい声で、満面の笑顔で語らっていたからだろうか。
それが嬉しくて、なのに妬ましく、羨ましくてたまらなくて、泣きそうな気持ちになってしまうからだろうか。
……それとも食後すぐに激しい動悸に襲われ、徐々に呼吸ができなくなってきている事実を知られないようにするのに精一杯だからかも知れない。
これ以上この場にいては、きっと二人の邪魔になる。
「少しお花摘みに行きたくなってしまいましたので、失礼いたしますわ。楽しいお話しでもしながらおとなしく待っていてくださいませ」
いつも通りの嫌味を紡いだ。いつも通りに聞こえますように、と祈りながら。
おそらくだが、きちんと虚勢は張れたはず。
ふらつくことなくしっかりとした足取りで席を離れて、木立の中へ。どこへ行くのかと呼び止められたが、いちいち構っていられない。
もう、限界だった。
がふっ、と音がして、口からどろりとした液体が溢れ出す。
魔族のそれとは違う、わたくしの瞳と同色の綺麗な紅。喉を焼き尽くすようにして次々と上ってくるそれを見て、驚きはなかった。
前回の
王城に辿り着いてしまったら国王との謁見の前に姿を消さなければならなかったから、むしろ手間が省けたくらいだ。
ああ、苦しい。
この不調が始まる前触れらしい前触れはなかったから、苦痛を感じる時間が短く済みそうなのが不幸中の幸い。それでも苦しいものは苦しいのだが、うめき声なんてみっともないものは漏らさない。
頭が激しく痛む。内側から爆ぜてしまいそうだ。
立っていられなくなって座り込み、茂みに身を預ける。ちょうど天に顔を向ける形になり、嫌になるくらいに輝かしい夜空の星々と見つめ合った。
「このまま、ここで、最期を迎えるのも……悪くはありませんわ」
ただ、一つ予想外のことが起きた。
「――ベル?」
逃れて来たはずの、声がした。
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