第三話

 わたくしが活躍した戦場跡は、大抵見るも無惨な姿になる。洗脳された人間との戦闘であれ、魔族との直接対決であれ、どう戦って被害は避けられない。それならばといっそのこと開き直って大胆にやっていた。

 それを見た者は必ず、わたくしに畏怖を抱く。……わたくしの狙い通りに。

 銀髪紅眼の毒花。争いに飢えた魔女。破壊の戦姫。様々な呼び名で恐れられているらしく、その噂を聞く度に気分が良くなる。


 全ての悪名をわたくしのものに。全ての功績は、レオンとシェリルのものになればいい。


 戦場となった街も場合によっては生き残りが多くいたりする。

 わたくしの手でボロボロにした街を建て直す手伝いをし、傷ついた人々の傷を癒すのは全て二人に任せた。悪女に人助けなど似合わないからだ。


「そんなやり方をして辛くはないか。……何もかもベルが背負って当たり前のことをやった僕たちだけが感謝される。君の頑張りも、格好いい姿も、誰にも知られない」

「わたくしの強さは、輝きは、周囲からどう思われようと薄れるものではありませんもの。くだらない雑用をするよりはよほどマシでしてよ」

「僕は嫌だよ。ベルは、僕の婚約者は、恐れられていいような女の子じゃないんだ」


 胸が苦しくなるようなレオンの言葉は、あえて聞かなかったことにした。

 少しでも報いたいとわざわざ路銀を割いてまで、ささやかな贈り物――花束だの指輪だの――を贈られたが、「こんな貧相なものならくださらなくて結構ですわ」と突き返した。


「ベルティーユ様はずるいです。私とレオン様を雑用係になんかして、ベルティーユ様の力になることさえ許してくださらない。どうして何もかも持って行ってしまうんですか」


 シェリルの優しい恨み言を、「あなたなんかに任せる気にはなれませんの」と盛大に嗤ってやった。


 本当の理由なんて言うわけがない。

 ぶちまけてしまったらきっと楽だろうけれど、全てを歪んだ笑みの中に押し込め続ける。


 ――四年後、最終決戦の日に至るまでも、それは変わらなかった。



 立派な青年に成長したレオン。体が丸みを帯びて、ずいぶんと女性らしくなったシェリル。

 最前線に立たせたことはないが彼らとて何もしていなかったわけではなく、わたくしを見返そうとしてなのだろうか、必死に鍛錬していた。今のレオンは剣士としては最強の域に達しているし、シェリルの治癒魔法はあらゆる傷や病を癒せるほどにまでなっている。選ばれた二人なら、きっと世界を救えるだろう。――捨て身の覚悟で挑むならば、という但し書きはつくが。

 彼らの役目を奪って我が物顔をするわたくしは非道なのかも知れない。それでも、わたくしはわたくしの生きる意味を果たそう。


 長い長い旅だったようにも、あっという間だったようにも感じる。

 失われた世界で、シェリルの死の原因を作り、レオンの心身をズタズタに引き裂いた悪辣なる侵略者。表情のない蝋人形のようなそいつの目前で、わたくしは優雅に微笑んで見せた。


「覚悟なさい、魔族の王。幾度死を与えても足りないほど、あなたに恨みがありますの。生まれてきたことを後悔させて差し上げますわ」


 最後の戦いは、禍々しい毒沼に覆われた寂れた城の中で繰り広げられた。

 人間同士の争い合いにより、たった数年で滅亡してしまった王国。その王城を乗っ取った魔族は、元国民を自分たちの都合のいいように操って、己の盾としていた。


 あまりの数の多さに、闇魔法でいちいち洗脳を歪めているのでは間に合わなくなり、全体的にうっすらと意識を奪う魔法をかけた。

 それだけで八割方は倒れたが、なおも諦め悪く襲いかかってくる者もいる。そういう相手は愛用の鉄扇で風を起こし、薙ぎ払っていく。


 そうして進みながら、思う。

 前回のレオンは一人一人を相手にしなければならなかったに違いない。実際、たくさんの人を殺したと苦しげに言っていた彼の姿ははっきりと脳裏に焼き付いている。

 そのことを思い出すだけで胸が詰まった。


 今回こそは間違ってもそんな思いをさせないよう、レオンにもシェリルにも一切の手出しはさせなかった。


 そうして辿り着いた城の最奥にて。

 わたくしはやっと、諸悪の根源にして因縁の相手の面を拝めたのである。

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