第五十一話 いつもの日常
「あ?何言ってんだ、お前」
「お前のいう弱者をいたぶる人間の感情に興味が出たからお前にやってみるって言ったんだ」
顔を顰める金剛に再度告げる。
「今からお前を見下していたぶるから覚悟してくれ」
そう言いながら俺は一歩前に出る。
「待って、ワン君」
「うん?」
そんな俺を止めたのは星空だった。俺は自分を止めた星空を見るが、星空は金剛の方を見ている。
「金剛、これ以上決闘を続けると、きっとあんたは後悔すると思うけど……謝るなら今だよ?」
「あ?ゴホッ、謝るわけねぇだろ。ハァハァ、こいつのこの態度を見て謝るなんて俺様のプライドが許さねぇんだよ!」
「そう……じゃあもう私は止めないからね。ごめんね、ワン君。引き止めちゃって」
「いや、いいぞ」
そういうと、星空は下がってしまう。どうやら星空はこれから起こる事に危機感を覚えているようだ。安心しろって。再起不能にしたり殺したりしないから。
俺は改めて拳を固め、前に進む。
「行くぞ?」
「来いよ異常者!」
確認をした俺は、一足で金剛の目の前まで立つと、右足での回し蹴りを行う。
「なんっだっと!?ぐあっ……!」
金剛はかろうじて腕で防ぐが、訓練場の壁際まで吹き飛ばされる。
「て、てめぇ何だその速さは!?」
「さあな?何だろうな?」
そう聞いてくる金剛に一瞬で近付き、木刀を持つ手を左手で抑えながら、右拳を三発金剛の腹にぶち込む。
「ガッハ!!」
木刀から手を離し体をくの字に曲げて腹を抱えようとしていた金剛の胸ぐらを掴み、練習場の中央まで引きずっていく。
そして中央で金剛から手を離す。
「ゴホッゴホッ、ガハッ!ハァハァ……。それがテメェの本気か?実力を隠すにも限度があんだろうが」
「本気?いや?全力とは程遠いが?」
やばくなったら闇魔法を使うつもりだったんだが、かけらも危ない状況にはならなかったので、結局使わずじまいだった。
風魔法すら使っていないのだ。本気とは程遠い。
「は、何言って……」
そう言って俺は仰向けの金剛に馬乗りになる。
両腕は脚でぎっちりホールドしているのでもう金剛は逃げられない。
「んじゃ、始めるな?」
「何すんだ!?離せ!がっ!?」
暴れて抜け出そうとする金剛の左頬に、右拳を振り下ろす。
「てめぇ、絶対ゆるさっ!がっ!?」
今度は金剛の右頬に左拳を振り下ろす。
「てめぇ、ふざけっ!がっ!離せっ!がふっ!」
離せと叫ぶ金剛に対して、俺は拳を振り下ろし続ける。
「こ、金剛さん!」
金剛の友人が金剛のピンチを見て、声をかけてくる。
「てめぇら、ガッ!俺を、俺を助けろ!ガッ!こいつをどかせ!」
「金剛さん……」
女子二人は震えて座り込んでおり、友人二人は足を一歩踏み出したまま動かない。
「早くしろ!俺を助けろ!がっ!」
金剛が二人に助けを求めている。それを金剛を殴りながら、眉を顰める。
「タイマンのルールじゃなかったっけ?まあ別にいいけど」
俺は金剛を殴る手を一度止め、足を踏み出したまま動かない友人二人を見て、練習場の床に敷かれてある白線を指差す。
「その白い線を一歩でも超えたらお前らは金剛側で決闘に参加したものとみなす。お前らが負けるまで手を緩める気はないからその覚悟があるなら踏み込んできてくれ」
それだけ言うと、金剛を殴るのを再開する。
「早くしろっ!がっ!お前ら!ガッ!」
金剛は二人を急かすが、一人は足を踏み出した姿勢から二歩下がり、そのまま尻餅をつき、もう一人は悲鳴を上げながら木刀を投げ出して練習場から逃げ出してしまった。
どうやら、戦意を喪失したらしい。
「逃げちゃったな、お前の友達」
そう言いながら、俺は拳を振るう。
金剛はしばらくの間、俺に対して罵詈雑言を叫んでいたが、俺が手を緩めないとわかると、今度は別の言葉を言ってくる。
「待て!うぶっ!待てやめ!ガッ!」
突然待ったをかけてくる。だが、構わず拳を振い続ける。勝負事に待ったはないぞ。
「ずみまぜん!ぐっ!ずみまぜん!がっ!」
今度は突然謝罪をし始めた。何が?意味がわからない。俺は構わず拳を振い続ける。
「ずみまぜん、がっ!ずみまぜん!ぐっ!ぢょうしに乗ってずみまぜん!がっ!」
涙を流し、金剛の口からは折れた歯が飛び出してくる。殴るたびに血と歯が飛び出てくるが俺は止めることなく拳を振い続ける。
「謝っでる!謝っでるから!がっ!やめで、がっ!」
顔をボロボロにし、涙を流しながら叫ぶ金剛を見て、俺は一度拳を止める。
「なぁ金剛」
そして、金剛に声をかける。声を掛けられた金剛はゆっくりと顔を上に戻し、金剛を見下ろす俺の顔をしっかりと確認する。
「ヒ!?ヒ、ヒィ、ヒッ!」
俺に乗られ動けない金剛が、俺の顔を見て後退りしようとしている。
そんな金剛に俺は平坦な口調で語りかける。
「なぁ金剛。今俺はお前の言う弱者を見下していたぶるというのをやってるんだがな。俺の感情はいつもの日常を過ごすのと何ら変わらない」
そして、金剛を殴るのを再開する。
「一体いつになったら俺の感情は昂るんだ?」
金剛は弱者を痛ぶると腹の中がふわふわすると言っていた。俺の腹の中はいまだに平坦なままだ。
「金剛、蹂躙される一般民衆はどんな気持ちなんだ?教えてくれよ」
そう言いながら殴りつける。する側の気持ちはもう金剛は嫌というほど知っただろう。
だから、される側の気持ちも分かれば、蹂躙する側の理解が深まるのではないだろうか。
「まげ!オデのまげだ!もうやめでぐれ!」
泣き叫ぶ金剛を眺めながら、俺は拳を振るう。だから負けを認めたところで手は止めないって。
そして、パキッという音がして顎が外れてしまった。すると、殴るたびに顎が通常では可動不可能な場所まで弾ける。
だが、それでも俺は構わず拳を振り下ろす。
「ま……がっ!……ぶっ……」
顎が外れても気にせず殴り続けていたら、とうとう動かなくなってしまった。あまりの痛みに気絶してしまったのだろう。
困ったな。しかし、気絶してしまったのだから仕方がない。
そう思い、立ち上がる。
そして、血溜まりに沈む金剛をゆっくりと見下ろし、疑問に思った事を口にする。
「何でお前は俺に謝っているんだ?」
何か金剛が俺に悪いことをしただろうか。星空に謝るのならまだしも何で俺?
「……?」
思い当たる節がない。もしかして金剛は俺が怒っているから拳を止めなかったのかと思っているのだろうか。
違うぞ?
お前が土下座で謝罪しても辞めない、ボコボコにして靴を舐めさせるまで辞めないって言ったから、俺はそれに従ったのだ。
だから、この勝負は相手の靴を舐めるまでは負けではない。
だってそういうルールをお前が作っただろ?
俺はポケットからハンカチを取り出し、手についた血を拭う。
しかし、得られるものはなかった。最後の最後まで俺の感情はさざめきすら立たなかった。
金剛のいう腹の中がふわふわする感情とは何なのか、結局分からずじまいだった。
「ワン君!」
「星空」
勝負が終わったのを確認した星空が俺の元にやってくる。
「大丈夫?」
「何がだ?」
「その、嫌な気持ちとかにならなかった?」
「嫌な気持ち?いや特に何も思わなかったぞ」
「そうなんだ……」
どういう事?
疑問に思う俺を横目に星空は金剛の友人達の方に向き直る。
「ねぇ、貴方達」
「な、何よ!」
星空の問いかけに女子の一人が強気に言い返す。
「今日の事は誰にも言わないで欲しいんだよね。それをさっき逃げた人にも伝えて欲しいの!じゃないと……」
星空が指先を天井に向ける。
「サンダーボルト」
「「きゃぁああああ」」
星空の指先から太い雷の柱が立ち、雷が落ちるような激しい音が響き渡る。
「ちょっと痛い目を見てもらわないといけなくなっちゃうなーなんて」
星空が相変わらず笑顔のまま可愛らしく言っている。
言葉と表情合ってないけど大丈夫?
「わ、分かったわよ……」
「お、俺もだ!絶対誰にも言わない!!絶対だ!」
女子二人が頷き、友人の男は首を強く縦に振っている。
「そう?よかったー。ただ君の方はそれだけでいいんだけどねー。貴女達二人は別」
そう言うと、星空は女子二人の前に立ち、二人の顔にビンタを喰らわせる。
「きゃっ!」
「痛っ!」
え、何。どう言う事。
女子二人はビンタが強かったのか、倒れ込んでしまう。その二人を見下ろしながら、星空は底冷えのするような声で言った。
「次私の友達の悪口言ったらこんなのじゃ済まないからね?」
「ひっ!わ、分かったわ……」
そう言うと、彼等は練習場から出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送り、笑顔で俺の元に戻ってくる星空を見て、俺は呟く。
「星空、結構怖い奴なんだな」
「ワン君に言われたくないけど!?」
いや、急に人叩く奴は普通に怖いだろ。
「さて、とりあえず、保健の先生呼んでくるか」
「あ、私が行ってくるよ!」
「おお、頼んだ」
走って練習場を出て行った星空を見送り、俺は床に腰掛ける。
「ふわぁ……」
俺は倒れ伏す金剛の横で欠伸をする。
これでしばらく平和な日々を送れるだろう。
そう思うと気持ちが軽くなる気がした。
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