第五十二話 学園長
金剛との決闘を終えた次の日、俺は学園長室に呼び出された。
「失礼します」
ドアをノックし扉を開けると、高級そうな大きな机があり、その奥にはこれまた高級そうな黒い椅子に座り、こちらを値踏みするような視線を向ける一人の女性が座っていた。
「初めまして、小鳥遊君。私はこの学園の学園長を務めている袴田忍と申します」
「小鳥遊翔です」
袴田忍。
40年以上前の迷宮が世界に現れ、日本にも出現した当初から迷宮に潜っていた、日本最古参探索者の一人。
鑑定石も覚醒石もない時代に迷宮に潜り、これらのアイテムを手に入れ、今の日本の探索者の礎を築いたと言っても過言ではない人物だ。
「小鳥遊君、貴方がここに呼び出された理由は分かっていますか?」
「いえ、わかりません」
俺は正直に答える。タイミング的には昨日の決闘の件の可能性もあるが、申請はちゃんと出した。
体裁としてはあれは単なる模擬戦だ。金剛も先輩たちに行っていたし、この学園なら数日に一度は起こる、よくあることだ。
俺と金剛の決闘もそのうちの一つ。
まさか決闘の度にこうして呼び出してるわけではあるまい。
他に別に呼び出されるようなことはしていない。素行も悪くないし、遅刻もあの一回だけだ。迷宮には定期的に潜ってるし、テストの成績も悪くない。
呼び出される理由がわからない。
「そうですか。では単刀直入にいいます。昨日の決闘の件です」
「決闘の件……ですか?」
どうやら昨日の決闘の件だったらしい。
「ちゃんと申請はしましたよ。ですからあれは決闘ではなく単なる模擬戦です」
「ここには私と貴方しかいません。ですからそう言った体裁は不要です」
「そう……ですか?」
それ学園長が言ったらダメだろう。そう思ったが本人がいいと言っているのならいいか。
「それで話を戻しましょう。今日貴方をここに呼んだのは昨日の1年Sクラスの金剛恭介君を貴方が病院送りにしたことです」
「はぁ」
それは確かに事実だけど、それが何か問題があるか?
模擬戦、もとい決闘では相手を病院送りにすることはこの学園では多々あることだ。
殺さないか再起不能にしない限りは大事にはならない。事前に調べていたし、金剛は顎の骨こそ折れているが再起不能の怪我など負わせていない。
そう思ったのだが、学園長の考えが違うようだ。
「金剛君の怪我を病院で検査したところ、顎の骨の再生と矯正、および歯の再生を行うのに手術が必要だそうです」
「はぁ」
「……金剛君は全治一ヶ月の怪我だそうです」
どうやら骨を粉々にしてしまったらしく、ポーションだけで治すと顎が歪んでしまうそうだ。
一度手術で形を整えてからゆっくりポーションと自己治癒力で治さないといけないとのこと。
「なるほど。それがどうしたんですか?」
「つまり、貴方はやりすぎたということです」
「やりすぎ、ですか?決闘で病院送りにされた生徒は少なくないという話を聞いてますが」
「ええ、貴方のおっしゃる通り、決闘では病院に送られる生徒は少なくありません。しかし、その殆どは数日で退院します。ですが、金剛君は退院するのに一ヶ月かかるそうです」
そうなのか。決闘で病院に送られる生徒が何人もいるって話は聞いていたが、その入院期間までは聞いていなかった。
普通は数日で退院出来るんだな。なら、一ヶ月は確かに長いか。
「人間は力を持つと暴力的になる傾向があります。自身が手に入れた強大な力を使いたがるのは何も金剛君だけではありません。本来はその力の行き先を迷宮と魔物に向けて欲しいのですが、人間が大勢過ごすとこういうことは多々起こります」
「はぁ」
「日本はまだマシで、外国では人種差別がいまだにありますからね。探索者同士の殺し合いは日常茶飯事との話も聞きます。それに比べて日本は殺し合いに発展することはまれ。それ故にこの程度の事でも大問題になってしまうのですけれど」
そう学園長はため息混じりに答える。そして首を横に振るとまっすぐに俺の目を見て厳かな声で告げる。
「1年Fクラス小鳥遊翔君。貴方は同学年の生徒に対して全治一ヶ月の重傷を負わせ、病院送りにしました。その処罰を言い渡します」
「はい」
「本来なら金剛君の入院期間と同じ一ヶ月、と言いたい所ですが、金剛君の普段の素行悪さ、貴方への決闘の申し込みや嫌がらせなどを鑑みて、減刑とします。小鳥遊君、貴方には10日間の自宅謹慎を命じます。授業はもちろん、迷宮への探索も全て禁じます。いいですね」
「……はい」
しょぼーん。
仕方がない。
学園長の言い分は筋が通っているし、ごねても事態が良くなることなどあるまい。
俺はトボトボと学園長室から出ようとした所、学園長から声をかけられる。
「待ちなさい、小鳥遊君」
「はい?」
俺はその声に振り返る。
「待ちなさい、貴方には聞きたいことが山ほどあります」
「山ほど、ですか?それって答えたら自宅謹慎なくなります?」
「いえ、自宅謹慎は決定事項です。これ以上の減刑はありません」
「そうですか……」
俺は落ち込みながら部屋を出ようとする。
「ちょっと待ちなさい、小鳥遊君」
「はい?ああ聞きたいことですか。何ですか?」
「聞きたいのは貴方の能力、ステータスについてです」
「はあ……」
俺は気の抜けた返事をする。それを確認した学園長は続きを話す。
「貴方のステータスは確認致しました。正直迷宮探索者として生きていくのは難しいでしょう」
「ええ、そもそも自分は迷宮探索者を目指していませんから」
「存じ上げております。大学への学費や貯金目的で迷宮に潜っているそうですね」
「はい」
「それならば尚更本当のステータスを公開して、Sクラスに行った方がいいのではないですか?」
「本当のステータス、とは?」
「ふぅ、隠しているのでしょ?本当のステータスを」
「何のことでしょう?疑問にお思いでしたら今から鑑定石で見に行きます?」
「……遠慮しておきます。きっと貴方は自分のステータスを隠せるのでしょうから。方法までは分かりませんが」
学園長はそう言って俺に鋭い視線を向けてくる。
「はぁ。それでSクラスに行かない理由ですか?この学園はステータスでしか判断なさらないでしょ?」
「確かにそうですが、剣王スキル持つ生徒を一方的に倒せるような生徒をFクラスのまま置いておくのは対外的にも生徒的にもあまり良くないのです」
「はぁ」
「貴方が望むであれば、特例として後期からSクラスへの転入を認めますが如何でしょう?」
「Sクラスへの転入……ですか」
「ええ」
「お断りします」
学園長からの提案を俺は断る。即座に断った俺に対して学園長は眉を顰める。
「何故でしょう?参考までに理由をお聞かせ願えますか?」
「1レベから上がらないのにSクラスに行っても意味がないでしょう?そもそもソロで迷宮に潜るつもりですし」
「ソロで?星空さんとはパーティーを組んでいるのでは?」
「たまにですよ。基本的には一人で迷宮に潜るつもりですので、どこのクラスでもどうでもいいんです」
「……そうですか。残念です」
学園長は全然残念じゃなさそうにそう言った。
話は終わったか。
そう思った俺は改めて学園長室のドアの部を握りしめる、
「では、失礼しました」
「……まだ聞きたいことがたくさんありますが、一先ずはいいでしょう。では、十日の謹慎、お忘れなく」
「はい……」
そう返事をして扉を開け、扉を閉じようとした時、小さい声でこう聞こえてきた。
「貴方には期待してます」
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