第三十二話 喧嘩
それから一週間が経った。
俺は6層でのレベル上げに専念していた。小走りをしながらホブゴブリンを探し、見つけ次第、ダークショットで殺していく。
正にサーチアンドデストロイである。
6層の深淵の森は通常真っ暗で視界に大きな制限がある階層だが、ダークビジョンを使える俺にはそんなの何の関係もない。
生徒もろくに来ないから競争相手もいないせいで三分走ればホブゴブリンにエンカウントする始末。
経験値も悪くないので俺にとっては滅茶苦茶効率のいい狩場だった。
そして、この僅か一週間で三レベルも上がってしまった。ソロでの周回マラソンの効率の良さはたまらないね。
落ちた魔石は逃さず拾い集め、やり過ぎない程度に毎日換金をしている。
増え続けるDPにニヤつきが止まらない。
星空はあれから一日だけ配信に付き合い、もとい俺の証拠映像残しに付き合ってもらい、あとは自身の固定パーティーで頑張っている。
今や星空は9層に進んでいるらしく、悪戦苦闘しながらも頑張っているようだ。
9層でパーティーで狩りをするのと6層でソロで狩りをするの、どちらが効率がいいのかね。
そして如月と文月はというと、何とまだ金剛とパーティーを組み続けているらしい。理不尽な暴力を受けたと言うのに根性がたくましいやら図太いやら。
とはいえ、常に上を目指すそのど根性と執着心は尊敬に値する。
是非頑張って欲しいものだ。
次の日、いつも通り学校に行き、いつものように自分の席に座る。
すると前に声を掛けてきた女子生徒達がまた声を掛けてくる。
「ワン君!この前の星空さんとの配信見たよ!」
「そうか」
最近女子達は俺の事をワンと呼ぶようになってきた。星空との配信中にうっかり名前を呼ばれる可能性もあるので、こちらの方がありがたい。
「ワン君、もう七階層も余裕そうじゃん!めっちゃ強いじゃーん!」
「そうだな」
俺は素っ気なく返答する。彼女達に限らず、最近は男女問わず声を掛けられることが多い。
俺の話しかけないでオーラが見えないのかい?
「やっぱり早く強くなるのって、上位クラスの人と組んだ方がいいのかな?」
「そうだな。Aクラスの生徒と組んだ方が効率が良くなる」
これは事実だ。
6層のような人もいなければ視界も悪いような好条件でもなければ、気軽に魔法など使えない。
それ故、俺は星空と配信パーティーを組む時は前衛のアタッカー役なのだが、星空の魔法の方が敵を倒すのが早いため、効率は星空と組んだ方がいい。
「ふーん、いいなー、私もAクラスの人とパーティー組みたいなー」
俺に言われても困る。星空なら紹介してもいいけど。
そう思ったのだが、彼女達が星空にパーティーを組むメリットを提示出来るとは思えないので辞めとくか。
そんな事を思っていたら別の生徒が声を上げる。
「上位クラスの生徒に運良くパワレベしてもらった分際で王様気取りかよ」
声が聞こえてきた方を見ると、坂田やその友人達が俺を睨みつけている。
別に王様気取りなんてしていないけどな。
「坂田、動画見てないの?七層のコボルト、あっさり倒してたじゃん!」
「運が良かっただけだろ?Aクラス奴の力で、そいつの力じゃないじゃん」
「そうだそうだ」
他の生徒達もヤジを飛ばしてくる。
「そんなこと言って!レベル1なのに強いワン君が羨ましいんでしょ?」
「はあ?んなわけねぇだろって!レベルもステータス上がらないのに探索者なんて出来るわけねぇじゃん!俺ならさっさと探索者なんて諦めて退学するね」
「俺もー!はっはっはっ!」
坂田達はそう言って大笑いしていた。
「ステータス低くてもワン君は強いじゃん!」
「そうよ!ワン君も何か言い返しなよ!」
俺が?
言い返すことなんて何もない。何も思うところがないからな。
俺が無言でいると、それを見た坂田達は更に笑い転げる。
「ほら、当の本人は何も言い返せないみたいだぞ!」
「だろうな!Aクラスの人間におんぶに抱っこで迷宮探索やってるんだからな!はっはっはっ!」
「……」
俺が何も言い返さないことで女子達も何も言えずにいる。
そんな笑っている坂田達に静かに声をかける人間がいた。
「坂田、あんたさー、今何レベだっけ?」
文月だ。
スマホから目を離さずに坂田達に問いかけている。
「は?あ、いや、3レベ……だけど……」
「3レベって(笑)あんたそれでよく人のこと笑えるね。まじうけるんですけどー」
如月がそれに便乗し、坂田達を追い詰める。
「いや……」
「3レベってことは……あんた、まだゴブリン狩りしてんの?人のこと馬鹿にする暇があったらさー、ゴブリンの効率のいい狩り方でも勉強したら?」
「そうそう!あんた如きが人のこと馬鹿にして笑うとかあり得ないからー(笑)」
「ぐっ……」
如月と文月に馬鹿にされ、坂田達は悔しそうに黙ってしまう。
俺の事で争うの辞めてくれない?
というか誰であれ人を馬鹿にして笑うのは良くないぞ。
「お、お前らだって自分達の実力じゃないだろ!」
「はぁ?」
言い負かされて悔しかったのか、坂田の友人の一人、橋下が言い返す。
「ば、馬鹿お前やめろって」
「へっ!聞いてるぜ!上位クラスの野郎どもに片っ端から声を掛けてるってな!女は身体で馬鹿な男が釣れるんだからっ羨ましい限りだぜ!」
橋下がそう言った瞬間、空気が凍った。次の瞬間、文月が立ち上がると同時に翻り、橋下のすぐそばまで来ると、その顔面に渾身の一撃を喰らわせる。
「きゃーーーー!!!」
「はっしー!」
鼻血を出しながら吹っ飛びそのまま教室の壁に激突して動かなくなる橋下に坂田達が駆け寄る。
「ぶっ殺す!」
文月が肩をいからせながら気絶している橋下の方にゆっくり歩み寄る。如月は物凄く冷たい目でそれを見ているだけだった。
ヤバそうな雰囲気だ。橋下は顔面から鼻血じゃすまないレベルの血を流しているが、文月は止まる様子がない。次同じの食らわしたら下手したら死ぬぞ。
俺は念の為、ステータスを相園へと変更しておく。
「ちょちょっ!すまん!文月、勘弁してやってくれ!こいつ馬鹿だからこんなアホなこと言っちまうんだよ!」
橋本を守るように文月の前に出た坂田は、土下座をして謝る。
だが、文月は無言で前に進み続け、そして、その拳を振り上げる。
「ヒィィィーー!」
坂田が恐れ慄き悲鳴を上げるが、その拳が振り下ろされることは無かった。
「何のつもり?」
振り下ろされそうになった文月の拳を俺が止めたのだ。
「何のつもり?じゃないだろ。クラスメイトを殺す気か」
「は?あんたには関係ないでしょ」
「関係大有りだ。人死はまずいだろうが。退学じゃすまねぇぞ」
「だから?こいつ、殺さないと気が済まないんだけど」
「あんたが奈々美止めるならあたしがやるから」
殺さないと気が済まないとかリアルで聞くことになるとは。
まあ殺すは比喩だとしても、この文月と如月の雰囲気だと坂田達を再起不能にさせかねない。
別に坂田達がどうなろうと俺にはどうでもいい話なのだが、このクラスから暴力沙汰と再起不能で退学者を出すとなると、流石にまずい。
しかし、どうも謝るだけでは済みそうにないな。仕方がない。
「はぁ……しょうがねぇなあー。気乗りはしねぇが……。文月、ちょっと来い。如月も」
「はぁ?ふざけないで!誰があんたなんかに……」
「いいから来いって。損はさせねぇから」
「ちょっ!手、強いって!あたし7レベルなのに……放しなさいよ!」
「ちょっと!小鳥遊、奈々美を離しなさい!」
文月の腕を掴んだまま引っ張る。如月の文句の声が後ろから聞こえてくるが俺は無視して屋上に向かう。
そして屋上への扉を開けると同時に文月の腕を離す。
「ちょっと!」
「奈々美!大丈夫!?」
すぐに如月が追いかけて来る。
「あんた!ふざけんじゃないわよ!」
「悪かったよ。ほら、ポーション」
そう言って手をさすっている文月にポーションを渡す。
文月はそれを腕にかけながら、こちらを睨みつけて来る。
「あんた、どういうつもり?」
「どういうつもり、じゃないだろ。さすがにやりすぎだ」
「あれはあいつが悪いでしょ!」
「いや、突っかかったのはお前だし、お前も大概なこと言ってたと思うぞ」
「「……」」
俺の正論に二人は黙り込んでしまう。
「手を出したらそれこそ金剛と同じじゃないのか?」
「あんな奴と私達を一緒にしないで!」
「どこが違うのか俺には分からないが?」
俺が言い返すと、文月は顔を伏せて震える。
何だ、寒いのか。六月ももう終わりで暑くなってきた頃だけど。
そう思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「え?泣いてるのか?」
ポタポタとコンクリートの地面が濡れるのを見て、俺は気付いた。文月が嗚咽を出しながら泣き始めてしまった。
「奈々美……」
「私だって頑張ってるのに……何でそんなにあんたは私に冷たくするのよ……」
涙ぐむ文月を見て、如月も瞳を潤む。
冷たくした覚えはないんだけど。困った。星空でも呼ぼうか。
こういうのが嫌だから人と関わらないようにしていたんだが、だからと言ってあそこで止めない手は流石に無かっただろう。
「しょうがねぇなぁ……」
俺は頭をポリポリとかきながら、解決案を出す。
「文月、如月、明日の土日、暇か?」
「……暇じゃないわよ。迷宮潜るんだから」
本当に毎日迷宮行ってるんだな。俺なんか最近は週5位でしか行ってないんだけど。
「金剛と約束はしてるのか?」
「あいつは来ないわよ。土日は休みたいって……」
「じゃあ明日俺とパーティーを組め。土日で2レベは上げてやる」
「そんなこと出来るわけないじゃない」
「そうよ。私達の覚醒度知ってるでしょ?それにあんたのレベルじゃ……」
「お前らの覚醒度でも問題ねぇ。後レベルは関係ない。お前らも動画見たんだろ?」
そう言って、俺は校舎への扉を開けて首だけで振り返る。
「代わりにお前らは月曜日、橋下にちゃんと謝れ。それで今回のことはなしだ」
「……」
二人は何も言わないが、きっと分かってくれるだろう。知らんけど。
「んじゃ、泣き終わったら教室戻れよ」
そう言って扉を閉めた。
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