第三十三話 友達の友達

「それで、二人のパワレベをしたの?」

「ああ」


あれから三日後の月曜日の昼、いつもの場所で星空にそう言われた。


「ワン君も大概おかしなことに巻き込まれるね」

「本当だよ。勘弁して欲しいぜ」


何度でもいうが俺は何もしていない。昨日だってただ見てただけなのに場が勝手に白熱しだしたのだ。


「うーん、動画にしたい」

「無理だろ、流石に」


再生数は取れそうだけどな。


「何層でパワレベしたの?」

「ん?15層」

「うっぞ!15層!?」

「ああ」


15層。草原の丘。

昼固定のだだっ広い草原のステージ。所々に少し小高い丘があるものの、基本的には見渡しのいい草原のステージだ。


出る魔物は一種類のみ。

牛の頭に2.5mを超える筋骨隆々の肉体を持つ有名な魔物、ミノタウロスである。


両手持ちの大斧を持ち、オーク以上の俊敏さと怪力を持つ魔物である。


この15階層は、草原で魔物を探しやすい階層にも関わらず、生徒にあまり人気がない。


それは、ミノタウロスの突進と大斧の一撃が15層の威力ではないこと。そして、この草原よりももっと効率のいい狩場が下の階層にあることが挙げられる。


安全マージンを考えるなら20レベル近く欲しいところだが、20レベルもあるならもっと下の階層で効率のいい狩場があるのだ。


結果、この階層はあまり生徒のいない過疎階層となっていた。


「ミノタウロスの突進、二人に当たったら危ないと思うけど、どうやってパワレベしたの?」

「相園先輩のステータスで敵を見つけ次第両手両脚切り落として、転がしたやつを二人に刺し殺させた」

「えぐっ!ワン君、人の心ないの?」

「何でだよ。魔物は生き物じゃないだろ」


魔物は魔物だ。人間じゃないし、ましてや生き物ですらない。両手両足を切り落として転がすことに何の躊躇いもない。


「確かに魔物は生き物じゃないけど……。二人はどうだったの?」

「引いてたぞ。訳分からん」


普段から魔物を殺してまわっているのに無抵抗の敵を殺すのに戸惑う理由が分からない。というか、パワレベってこういう事だろ。


「それで二日で2レベルも上がったの?」

「ああ。やっぱり下層でのレベル上げは効率がいいみたいだな」


覚醒度10パーセント未満なのにたった二日で2レベルも上がるのはかなりの高効率だろう。


おまけに俺も1レベル上がった。


「ふーん、ちなみに今のSクラスの最強パーティーの到達階層は14層らしいよ」

「そうか。一ヶ月で4層しか行けなかったのか。手間取ってんじゃねぇか?」

「そういう事じゃなくて!人に見られたらどうするのって話!」

「いや、俺ら全員ちゃんと覆面して行ったし、ドロップアイテムも全て回収して売ってない。狩りも階層の端っこでやったからまずバレてないぞ」


覆面渡したら二人とも凄い嫌がってた。それでも身バレ防止のため、無理やり2人に被せさせ、長槍を買わせて持たせて15層にワープした。


その15層では誰とも会わなかったし、目撃者がいても俺らとはわからない。物的証拠はミノタウロスの魔石やレアドロップの角やらは全て回収して俺の部屋に保管している。


二人が喋るか、俺の部屋に人が勝手に入って漁られるかしない限り、俺らが15層で狩りをしていたことはバレないはずだ。


「それなら別にいいけど……」

「何だ、なんか不満なことでもあるのか?」


星空が顎に手を乗せながら不満げな顔をしていたので理由を聞いてみる。


「別に?私、まだ8レベルなのに!ワン君が同じクラスの人を9レベルに!しちゃった事とか別に気にしてないし!」

「そうか。気にしてないならよかった」


レベルのところがうるさかったが、星空はFクラスの人間にレベルで先を越されたことを怒ったりはしていないようだ。


「気にしてるよ!何でわかんないかなー!」

「気にしてんのかよ。気にしてないって今言ったのに」

「当たり前じゃん!私の覚醒度知ってるでしょ?29パーセントだよ?くぅー、悔しい!」

「29……?あれ、28パーじゃ無かったっけ?」

「レベル上がった時に一緒に上がったの!」

「おー、すげーじゃんおめでとう」

「ありがとう……じゃなくて、私より覚醒度三分の一しかないのにもう9レベルでしょ!?信じられない!」


どうやら星空は自分よりも如月達のレベルが上であることに腹を立てているらしい。

なら話は簡単だ。


「パワレベして欲しいならしてもいいぞ?15層のミノタウロス狩りするか?」

「いやいいよ。ワン君みたいにステータス隠せないしね」

「やっぱり不自然に思われるか」

「うん」


星空は迷宮探索系配信者として、ステータスを公開している。不自然にレベルが上がるのが早かったりすると、すぐにバレてしまう。


星空がそれでもいいならと思っての提案だったのだが、やっぱりだめか。配信者は大変だな。


「でもでも!私のレベルを早く上げるとっておきの方法があるよ!」

「へー」


パワレベ以外でレベル上げを早くする方法なんて、無理な階層へのダンジョンアタックしかないと思うが、普通に危険だからやめた方がいい。

それ以外で方法があるのなら聞きたいな。


そう思った俺に星空は指を立てて顔を近づけながら言った。


「ワン君が私達のパーティーに参加すれば解決するよ!」

「ふーん」


つまりはパワレベか。パワレベの効率の良さはこの二日間で実感した。2レベ上げると言った以上、徹夜してでも2レベル上げるつもりだったのだが、初日の6時間で8レベルになったのを見て、安心した。


それでも、二日で休憩も入れて18時間も迷宮に篭りっきりだった。正直二度とやりたくない。


「ふーんじゃないんだけど!今遠回しにパーティーに誘ったんだけど」

「は?断るに決まってるだろ」

「何でよ!私のパーティーはみんな口が硬いから大丈夫だよ!」

「俺が友達の友達を信じる人間に見えるか?」

「え……、今なんて言ったの?」


星空が信じられないような顔でこちらを見ている。普通に聞こえる声で喋ったと思うんだが、聞き取りづらかったか。


しょうがないからもう一度言う。


「俺が友達の友達を信じる人間に見えるかって言ったんだ」

「え……今、私の事、友達って……」

「お前が言ったんだろうが!何に感動してんだよ」


星空が口元を隠し、目をうるわせながら感動している。何でだよ。


「ワン君、心あったんだ……」

「酷すぎない?」


俺はロボットじゃないんだが。

そんな事をしていたら、誰かが階段を上がってくる音がする。


「また誰か来たな。……二人」

「二人……?ああ」


昨日、土日のことはすっぱり忘れて俺のことは無視しろって言ったはずなんだけど。


屋上への扉が開かれ、生徒が出てくる。


「小鳥遊、いる?」


如月の声だった。


「……」

「いるよー」


俺が何も言わないでいると、星空が勝手に返答する。

二人は無言で梯子を登ってくると、寝っ転がっている俺を見下ろしていた。


「学校ではもう話しかけるなって昨日言ったはずだが?」

「ごめん……」

「まあまあ、何か言いたいことでもあって来たんでしょ。聞いてあげなよ」

「……」


仕方ない。俺は体を起こし、建物の縁に腰掛ける。


「それで、今度は何の用だ?」

「その前に……」


そう言うと、二人は星空をチラリとみる。


「私はワン君の秘密、全部知ってるから気にしなくていいよ!」

「そうなんだ」


全部じゃないだろ。レベルとか覚醒度とかスキルとか言ってないこと色々あるぞ。


まあ星空の知ってることっていうのは俺の実力のことだろうけど。


「その、昨日はありがとう」

「あんたのおかげで退学にならずに済んだし、レベル上げまで手伝ってくれて……」

「ああ。別にいいよ。二人とも9レベになって覚醒度も10パーセントになったんだろ?」

「うん」

「あんたのおかげで来季からはCクラスに行けそう」

「そりゃよかった」


その為にパワレベしたんだからな。

坂田達もそうだが、Fクラスで一番面倒ごとを持ち込んでくるのは彼女達である。


彼女達の覚醒度を上げ、Cクラスへの転入条件を満たすことで、Fクラスから追い出すのである。

予定通りに上がれるみたいなので俺は満足だ。


それに……。


「ちゃんと橋下に謝ってたな」

「そういう約束だったし」

「あんたがしろっていうから仕方なく……」

「仲直りできたみたいでよかったよ。大事にならなかったみたいだし」


普通の学校なら退学ものの不祥事だが、この学園ならば怪我をさせたくらいでは退学にはならない。精々が謹慎位だが、橋下にも原因があったし、喧嘩両成敗ということでお咎めなしだ。


鼻の骨折もポーションで一瞬で治ったみたいだしな。


「話は終わりか?」

「うんそれだけ」

「本当にありがとうね」


それだけ言うと二人は帰って行った。二人がドアを閉め、階段を降りる音を聞きながら、俺は眉を顰める。


「何が言いたかったんだ?」

「え!?何言ってんの?」

「何が?」


俺の呟きに物凄い驚いたように星空が入ってくる。


「何がって!感謝の言葉を伝えたかったからに決まってるでしょ!分かんないの!?」

「うん?それだけの為にわざわざここまで足を運んだのか。義理堅いな」

「いや普通だよ……。君って人は本当に……」


本当に、何だろうか。


ガクリと項垂れる星空に疑問を持ちながらも、俺は再度寝っ転がるのだった。

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