第三十一話 選択肢

「あ、危ない!」


星空がそう叫ぶ。それと同時に金剛の拳が如月に下ろされる。


「きゃっ!」


如月に拳が当たる瞬間、如月を守るように文月が間に入り、文月の腕に拳が当たる。


ドンという、とても人を殴ったとは思えない音がして、二人が吹き飛ばされる。

レベルによる肉体の強化により、相当な力だったようだ。


「あ?誰だ!」


星空が叫んだことで、向こうもこちら側に気付いたようだ。金剛が灯りをこちらに向けて叫ぶ。

俺達はナイトビジョンで昼間のように三人が見えているが、向こうからはこちら側が見えていない。


仕方ない。俺達はバックから万が一の時のために持ってきていた懐中電灯を取り出し、そちらに近寄る。


「こんにちはー」

「あ?お前……恵じゃねぇか!何でこんな所にいるんだ?」


怒っていた金剛の顔が、星空を見て明るくなる。俺は一瞬、恵って誰だ、と思ったが、そう言えば星空の下の名前が恵だったな。


「下の名前で呼ばないでってこの前言ったはずなんだけど」


星空が低い声を出しながら、金剛を睨む。

あれ、俺にはメグメグかめぐたんって呼んでって言ってなかった。

こいつはダメなのか。


どうやら星空に相当嫌われているらしい。しかし、金剛の方はヘラヘラとしてどこ吹く風だ。


「おいおい、酷いじゃねぇか。仲良く昼食をした仲なのによぉ」

「一回だけね?私はあんたみたいな女を殴る男は嫌い」

「はっはっはっは。おいおい、これはこいつらが悪いだろ。パワレベしてやってるって言うのにぐちぐちうるせぇから」

「あんた、自分のステータス知ってるよね?それで自分よりステータスの低い女の子殴るってどう言う神経してるの?」

「躾だよ躾。生意気で話の通じない女は殴って躾ねぇと分かんねぇだろ?」

「本当にさいってー」


星空が吐き捨てるように呟く。

躾ねー。それは親がやるべき事でパーティーメンバーがやるような事じゃないんじゃないか。


あと、殴られたのならともかく、口論で手を出すのはダメだぞ。


「んで?そっちの男は誰?彼氏か?」


そう言って金剛は無遠慮に俺の方に灯りを向ける。眩しい。


「はぁ?ワン君はそんなんじゃないし!」

「ワン?ああ、あの1レベルから上がらないって言う無能野郎か。へー、センスのねぇ格好してんな?」


鼻で笑い嘲笑うようにそう言ってくる。


「え、センスないか、この格好?」


俺は自分の服を摘みながらそう言う。相変わらず学校指定のジャージだが、俺は別にこの服は嫌いじゃない。


星空といい金剛といい、ファッションセンスのわからない奴らだ。


「ぷっ!あははは!何だこいつ!相当頭いかれてるぜ!才能もなければ頭も悪いのか!あははは!」

「ちょっと!いくら何でもワン君に失礼でしょ!謝りなさいよ!」

「あははは!くっくっくっ!」


金剛は星空に怒られても笑い続けている。そんなに面白い事を言っただろうか。


「あー、笑った笑った。んじゃ、気分良くなったから帰るわ」

「ちょっと!あの二人はどうするの!」

「あ?しらねぇよ。勝手に帰んだろ。じゃあな」


そう言うと、困惑する俺らを置いて本当に帰ってしまった。

金剛の後ろ姿が見えなくなると、星空は倒れている二人に駆け寄る。


「二人とも大丈夫?ポーションあるから使って!」


そう言って、うずくまる文月にポーションを振りかける。


「奈々美!大丈夫!?奈々美!」


如月は無事なのか、文月の体を必死に揺すりながら声をかけている。


「あまりゆするな。星空に任せろ」


如月を抑え、星空に文月の対応を任せる。


「星空、文月の様子はどうだ?」

「うーん、腕にヒビが入ってたみたいだけど、ポーションかけたら治ったよ。あとは運んで安静にするだけだよー!」

「そうか」


文月の名前を呼んで泣き崩れる如月を一旦置いて、文月に近づく。


「動かして大丈夫そうか?運ぶのは俺がやるぞ?」

「大丈夫だと思う。お願いね」

「ああ、お前は如月を頼む」

「うん!」


泣いている女の扱いは俺にはよく分からないからな。気絶している人間を安全に運んだ方が楽だ。


「よっと……」


文月の首の下と脚に手を入れ、お姫様抱っこで持ち上げる。ステータスが高いだけあって羽のように軽い。これなら五層のワープゾーンまで持っていくのに問題ないだろう。


それにしても昨日俺にパーティーの誘いをしてきたことを考えると、今日から組み始めたのだと思うが、初日から争っているのか。


前途多難だな。



文月を保健室に預け、如月達とは別れた次の日、俺は屋上のいつもの場所で寝転がっていた。


すると、ガチャリと屋上への扉が開く音がする。


「小鳥遊、いる?」


如月の声がしたので手をあげて、建物にいることをアピールする。


如月が梯子を登ってきて、寝転がっている俺を見下ろす。


「……」


俺をじっと見つめたまま何も言わない如月に疑問を持った俺から声を掛ける。


「何だ?」

「……」


聞いても何も答えない。見つめても何も出ないぞ。


俺は不思議に思いながらもスマホに目を移す。


「ねぇ、何で小鳥遊はパーティーを組まないの?」


しばらくの沈黙の後、口を開いた如月の言葉がそれだった。


「メリットがないからだ。レベルも相変わらず上がらないし、人付き合いの面倒臭さを考えたら一人の方が楽だからな」


これ前に話さなかったっけ。


「レベル上がらないって。でも強くなってるじゃん」

「そうだな」

「数値に見えないレベルでも上がってるんじゃない?」

「そうだとしても確認のしようがないから関係ないな」

「それはそうだけど……」


残念ながら如月の予想は全然当たってない。まあ普通は見えない何かが上がっているって考えるよな。


「それで、俺からも聞きたいことあるんだが」

「何?」

「何でFクラスの生徒とパーティー組まないんだ?」


苦労して嫌な思いをして上位クラスと組むよりも、同じクラスの人間と組んだ方がいいと思うんだが。


「あんたと同じ理由よ。メリットがないから」

「俺と同じ理由ということは……金か?」

「違うわよ!レベル上げよ!」


そっちか。それなら確かに自分達より覚醒度の低い人間と組むメリットはないな。


「でも、長い目で見たら意味があるんじゃないか?」

「私達はさっさとレベル上げて覚醒度上げて上位クラスに行くの。そんな一年も二年も待ってらんないのよ」


なるほどねー。上位クラス目指すならFクラスの生徒とパーティー組む意味はないな。


「でも……あんな事が続くと……正直きついわね」


どうやら昨日、金剛に友人が殴られたことにより、精神的に参ってるようだ。


しかし、俺から言えることは別にない。

レベル上げを諦めてFクラスでメンバーを探すか、理不尽を我慢するか。二つに一つだ。


そして彼女達は我慢する選択を選ぶようだ。


「しんどいなら諦めるって手もあると思うけどな、俺は」

「気遣いありがと。でも……それだけはない」


そう言うと、如月は建物を降り、校舎に入ってしまった。

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