第二十七話 薬井

目的を達した俺は、未だ部活勧誘会が開催されている体育館からそっと抜け出す。


「相園花美先輩、ね。闇魔法に風魔法」


思わず一人事を呟く。ありだ。コピー対象として何ら不足はない。風魔法は多少音が出るが光などが発せられず、目に見えない攻撃だ。つまりは俺にとって非常に使い勝手がいい魔法。


闇魔法は言わずもがな。


狙っていた魔法におまけまで付いてくるとは。

やはり多様な才能が集まる東迷学園。俺の望む魔法を持っている人間がいた。


俺はそのことに喜びを隠せないでいると、後ろから声をかけられる。


「どいて……」


その声に振り返ると、そこにはちんまりとした少女が立っていた。


彼女は知っている。今さっき登壇して、部活説明を行なっていた人物だ。


薬草学部部長、薬井・エイミー・穂波。


薬草学部。治癒魔法の中にはダンジョン産の薬草が必要なものがあり、それらの採取や、研究を主に行なっている部活らしい。


聞いた話によれば、日本人なら誰でも知っている様な薬会社が、多額の資金援助をしているらしく、部室には億を超える機材まで揃っているのだとか。


まあそんなことには興味がないが。


「失礼」


そう言って俺は横にずれる。立ち塞がる気はない。先輩の顔を立て、素直に道を開ける。


「ん」


そう言って俺の目の前を通る彼女を観察する。


俺の興味は彼女が入っている部活ではなく彼女自身にある。それは、彼女がこの迷宮学園の生徒で五人といない治癒魔法を使える人間だからだ。


聞いた話によれば攻撃魔法がないため回復特化ではあるが、高い覚醒度に高いステータスに高レベルの治癒魔法を持っているという。将来のコピー対象としては十分候補に上がる。


しかし、今ではない。

そう思い、俺も踵を返し、帰ろうとすると、また後ろから声をかけられる。


「ちょっと待って」

「はい?何でしょう?」


突然呼び止められた俺は足を止めて振り返る。そこには先ほどの眠そうな路傍の石を見る様な瞳ではなく、何か不思議なものを見る様な視線だった。


「貴方、今、何を見てたの?」

「は?」


何を言ってるんだ。何ってちょっと薬井を見て、すぐに視線を外して普通に帰ろうとしただけだ。

そのはずなのだが、薬井の受け取り方は違った様で執拗に聞いてくる。


「貴方、今、私の何かを見てた」


ズイズイと近寄られ、俺は壁際に追い込まれる。


「何を言ってるんだ?俺が持っているスキルは転倒阻止だけだぞ?」


確かに彼女のいう通り、俺は彼女自身を見ていなかった。俺が彼女を記憶し、覚えているのは彼女のスキルが非常に有用だから。

周りの生徒達は彼女の外見や小さくて幼い顔立ちや白人の血が流れているのか透き通るような青い瞳を愛くるしいだの可愛いだの言っていたが、俺はそれら一切に対して、全く興味がない。


俺の彼女に対する印象は、有用なスキルを持っている女子生徒。それだけだ。


だから、ある種俺が見ていたのは彼女ではなく彼女の才能の方と言えなくもない。


だが、そんなことあり得るのか。確かに俺が彼女を見る目は異質だったのかもしれないが、スキルでさえ俺はまだ何もしていない。


それにも関わらず、俺の視線のおかしさに気づいたというのか。


だが俺もここで本当のことを話す気はない。


「さっきも言ったが俺は本当に何もしていない。悪いが離れてくれないか?」

「いや、行動じゃなくて視線の話。何を見てたの?」

「いや、だから……」


突き飛ばすわけにもいかないので、困っていると、体育館の方から誰かが走ってきた。


「エイミー!」


薬井の名前を呼びながら女子生徒が走ってきた。そして、俺が薬井に迫られている様子を見て目を丸くする。


「エイミー!ちょっと!」

「あっ……」


一瞬の硬直の後、薬井の肩を掴んで抱きしめる様に離れる。


「ごめんなさいね。エイミーに何かされた?」

「いや、俺が彼女の通行の邪魔をしてしまったみたいでね。自分はこれで失礼させていただく」


これ幸いと俺は足早にその場を去った。




ーー。


「エイミーちゃーん、もう!一人で帰っちゃダメでしょ!まだ勧誘会終わってないんだから!」

「別に。入る人は入るし、入らない人は入らないでしょ」

「それでも、よ!終わった後に部長集めて部長会をするって話だったのに!」

「興味ない。それよりさっきの男子生徒……知ってる?」


普段人に興味のない薬井が珍しく興味を持った事に驚きながらも、その女子生徒、二条院桜は頷く。


「知ってるわよ。有名人だもん」

「教えて」


普段の眠そうな視線ではなく、しっかりと見開いた青い瞳で見つめられた二条院は体を抱きしめて悶える。


「あーん、どうしよっかなー!今夜……一緒にお風呂……」

「早く」

「もー」


つれない薬井に頬を膨らませながらも、自分の知識にあるその男子生徒のことを話す。


「1年F組小鳥遊翔。通称ザ・ワン」

「ザ・ワン?」

「世界でただ一人、1レベルから上がらない男子高校生。結構な有名人よ。知らなかった?」

「知らない。でも……もう忘れない」


真剣な瞳で小鳥遊が去っていた方を見つめる薬井に、二条院もふざけるのをやめて同じ方を見る。


「へー、貴女の視線感知スキルに反応があったの?」


視線感知スキル。薬井がごく一部の友人にのみ話している隠匿スキルだ。

迷宮内では不意打ちや背後からの奇襲などを防ぐのに使っている。普段も自身に向けられている視線が善意のものか、悪意のあるものかを見分けるのに使用されている。


そして小鳥遊が薬井に向けた視線は薬井の記憶にない様なものだった。


「そう。でも初めてされる視線だった。すごく気味が悪かった」

「ふーん……小鳥遊翔君ねー……私も覚えとくわ」

「ん」


そう一言言うと、薬井達は部室へと帰っていった。

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