第十一話 動画撮影

その日の午後、俺は装備を整えて迷宮前で立つ。まあ装備といっても木刀と学校指定のジャージなんだが。


普段と違うのはスノーゴーグルをつけて口元と鼻を覆うスカーフをつけていること。頭には何もつけていないが、とりあえずこれで身バレはないだろう。


通りがかる生徒からは怪しい目で見られたりしているが、俺はそんなこと気にしない。実害がなければどうでもいい。


「おーい!」


しばらくそのままの状態で待っていると、寮の方角から星空が走ってきた。


「お待たせー!待ったー?」

「めちゃめちゃ待ったよ。待ち合わせから十分も遅刻してくんじゃねぇ」

「ひどー!そこは今来たとこ、でしょ?」

「帰れ」

「あははははは」


何がおかしいのか、星空は笑い転げてる。


「それで……お前はジャージじゃないんだな」


星空が着用しているのは動きやすさと可愛いさを重視したピンク色の服装だった。


「えー、そんなダサいの着てられないよー」

「ダサいか、これ?」


自分が来ている黒いジャージを摘みながら聞く。俺は嫌いじゃないんだが。


「えー、ダサいよー!そんな服じゃ全然映えないし、モチベも上がらないよー!」

「服なんて性能以外どうでもいいだろ」

「うわーあり得なーい……。私、その服初日以降着てないよ」


若干引いた目で俺を見る星空。何で俺がおかしいみたいになってるんだ。

しかし、俺にも言いたいことがある。


「だが、お前のそれは軽装すぎるだろ。何で半袖にパンツなんだよ」


ダンジョン内は服装自由とはいえ、星空は腕は素肌だし、下は股下すぐの短いパンツにスパッツを履いているだけだ。いくら何でも軽装すぎるだろ。


「10層位まではこれでいくよー!そんな強いモンスター出てこないしねー!」

「いや、2階層のレッサーラットに噛まれたら痛いだろ」

「レッサーラット?いや、ちょっと摘まれるくらいだからそうでもないよー!」


ちょっと摘まれるくらい?何いってんだ?俺なんか内出血して青あざが出来たんだぞ。


「そうなのか。やっぱり初期ステータスの防御力に差があるのか」

「うーん……分かんない。そんなに痛かったの?」

「ああ、青あざが出来た」

「青あざ!?レッサーラットで?あははははははは!」


星空が驚き、爆笑している。人の不幸がそんなに面白いですか。


「まあまあ、今日はスライムでいいよー。行けそうならラットも討伐しに行くってことで」

「おけ」


そう言うと俺たち二人は並んで歩き出す。


「そういえば、星空の武器はその腰の剣でいいのか?」


星空が腰に刺しているのは鉄の剣。特別なエンチャントがかかってはいないが、俺の木刀よりも余程攻撃力があるものだ。

しかし、星空は首を横に振り、鉄の剣を指している方とは反対の腰から長さ10センチほどのワンドを取り出す。


「私の武器は基本的にはこっちだよー!私、こう見えて魔法使いだから!」

「あーなるほど。何系?」

「雷!バババーンって奴!」

「ふーん」


すげーじゃん。羨ましい。ダンジョンが現れて数十年。魔法は世に浸透しているが、ゲーム好き、アニメ好きとしてはやはり憧れる。


「じゃあ鉄の剣は魔力切れのためか?」

「うーん、それもあるけど……動画のためかなー」

「動画の為?映えってやつか?」

「いや違う……」


そう言うと、星空は表情を暗くして、どんよりと答える。


「鉄の剣くらいさしておかないとコメントで『こいつ、ダンジョン行くのにワンドしか持ってないのとかあり得ないんだがw』とか、『ダンジョン舐め過ぎ。こう言うやつはすぐ死にます』とか書かれるわけですよ」

「お、おう……」


そんな事書かれるんだ。正論っちゃ正論な気もするが。


「舐めんじゃねぇ!自分の魔力総量くらい自覚しとるわぼけー!最悪下層の雑魚くらい素手で何とかなるつーの!ふぁっくゆー!」

「うお!うるさっ!」


突然叫び出した星空に、俺は一歩身を引く。


「って、事にならないように腰に剣を刺してるの!」


鬼の形相を一転、天使のような笑顔で言ってくるがもう遅い。


「溜まってるんだな」

「その言葉、コメント荒れるからやめた方がいいよ」

「何が!?」


訳がわからない。溜まっているの何が行けないんだ。


そうこうしているうちに一階層に到着する。


「んじゃ、録画、始めるね。準備はいい」

「ああ」


俺が頷くと、自動浮遊カメラ、通称AFCが撮影を開始する。


「こんメグメグ!メグたんでーす!という事で今回は私、メグたんが通うこの東迷学園の中央迷宮一階に来ておりまーす!ぱちぱちぱち!」


先程もテンション高めだったが、更にテンションを上げて話し出す。俺は画面に映らない端っこでそれを見守る。


「私の今までの動画を見てくれているみんなは、え、メグたん今更一階で何やるの?って思うかもしれないけど、今回狩りをするのは私じゃありませーん!何と!永久の1レベ、ザ・ワンの狩りを見てみたいと思いまーす!」


するとカメラが俺の方を向くので、軽く会釈をする。


「ども。知らぬ間に二つ名が付いてたザ・ワンです」

「彼の事が分からない人は動画の右端にあるこちらから先に前編を見ることをお勧めするよー!と、言うことで、何故彼のレベルが上がらないのか!?何故彼だけがこの世界の理の外にいるのか!?狩りを見ながら考察していくよー!みんなも気付いたことがあったら、どしどしコメント欄に書いてねー!よろしくねー!」


そう言うと、俺の方を振り向き、早速インタビューをしてくる。


「じゃ早速だけど、狩りをしながら質問していくね!

「ああ」


終始ハイテンションで話す星空だが、俺はマイペースで答える。


「じゃあ、ワン君!1日どれくらいスライム倒してるの?」

「ここ数週間は一時間で30体前後。毎日三時間くらい狩りしてるから90体位だな」

「へー!1日90体!?と言う事は周回ルート回ってる感じかな?」

「ああ。先輩の動画見て一番効率のいいルートを毎日周ってる」

「ふむふむなるほどなるほど。あ、スライムだ!早速だけど倒してみてもらっていい?」

「いいぞ。まあ別に普通だと思うが」


目の前に現れたスライムを右手の木刀で殴りつける。


もはや何千回とした作業。手慣れたものだ。


「おおー、ぱちぱちぱち!かっこいい!」

「どーも」


露骨にヨイショしてくる星空に対してドライに返答する。


「どうだ、何かおかしなことあったか?」

「うーん、特にはないかなー?普通だと思う」

「だよなー」


やはり俺の狩りにおかしな所はないらしい。


「んじゃ次行こっか!」

「ああ」


あくまでハイテンションでドコドコと進んでいく星空の後を追った。


それから二時間、狩りをした俺はダンジョンの出口付近まで来ていた。


それまでの間にとにかく質問され、色々な事を聞かれたので、素直に返答しながらスライムを狩っていた。


「うーん、結局何でレベルが上がらないのか分からなかったねー、残念!」

「ああ。別にいいよ」


正直期待してなかったし。


「でもでも、この動画を見ている人の中にはいっーぱい有識者がいるからきっといい解決策が出るかもしれないよ!」

「ああ、期待しないで待ってる」


確かにこの動画を見た人間の中にはネットに転がっていない特別な知識を持った人間もいるかもしれない。

そう思うも少し期待感も出てくる。


「じゃ!そろそろ終わりにしようか!」

「そうだな。いい感じに狩り出来たし」


そう言うと星空は洞窟内を見渡し、一番明るくてみやすいスポットに俺を呼ぶ。


「という事で、今回は以上!もしよかったらチャンネル登録とグッドボタン!よろしくお願いしまーす!それと何かわかった人はコメント欄にぜひ書き込んでねーばいばーい!」

「ばいばーい」


星空は手を振り、俺は口だけでさよならをすると、AFCの録画が切れる。


「ふぅ、こんなところかな」

「ああ。じゃあ、約束の金、振り込んでくれよな」

「金の亡者すぎるんだけど!分かってるって!」


そう言うと、スマホを取り出して何か操作する。


ピロリン、と言う音がして俺のスマホが鳴る。


「確かに5万DP受け取った。まじ助かる」

「もう大切に使ってよ!そのお金で配信機材買おうとしてたんだから!」

「ああ。無駄にはしないよ」


そんな事を言いながら一階層から外に出る出口のすぐ前まで歩く。


「あっ!スライムだ!」

「出口付近にいるのは珍しいな。まあサクッといっとくか」


俺は木刀を握り、今までのように木刀を振り上げ、スライムに叩きつける。

すると、スライムが黒い灰になって消えた瞬間、全身の血流が促進されたかのように身体が熱くなり、力が湧いてくる。


「おおー、久々だなー」

「え、何?何か言った?」

「いや何でもない。帰ろう」

「おっけー!」


二週間振りの感覚だ。聞いた話によればこれがレベルアップということのはずなのだが、きっと俺のステータスは1レベのままだろう。


そんな事を思っていた時だった。


隣を歩く星空にやけに注目がいく。何と言うか視界が狭まるというか。何ともいえない感覚。


この感覚。覚えがある。


そう入学式の坂田の時だ。ならばきっとこれは……。


そう思い、星空を見続ける。すると、すぐに俺の体に変化が訪れる。体中に力が漲り、何かわからない未知の感覚が身体中を駆け巡る感覚。これがきっと魔力というやつなんだろう。


さらには、肉体が圧倒的に強化されたのを感じる。

軽く握り拳をしてみても、先程までとは比べ物にならない握力だった。


「星空」

「え、何?どうしたの?」


突然名前を呼ばれた星空は驚き、握り拳をして俯いたままの俺をみて立ち止まる。


「感謝する」


間違いない。俺は今、星空のステータスをコピーした。





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