第十話 ワーチューバー星空恵

「ザ・ワン?」


何だそのあだ名は。聞いた事ないけど。


「何をしても1レベルから上がらない世界でたった一人の男子高校生。Fクラス最弱のステータスにして永久の1レベ。人呼んで「ザ・ワン」」

「は?」


意味が分からないんだけど。

何もしてないのに二つ名ついてるんだけど。

思わず顔を上げ、その少女を見てしまう。

ショートヘアに大きな瞳。アイドルをやっていても驚かないほど小さくて可愛い少女だった。


彼女はニヤニヤしながら聞いてくる。


「へー知らなかったんだー」

「ああ。初耳だ」

「ふーん。小鳥遊君、もしかして友達いない人?」

「……」


俺は唖然として声が出なくなる。イマジナリーフレンド作っているようなやつに友達いない人扱いされたんだが。あり得ないんだが。


「図星って感じだねー!かわいそー!私が友達になってあげようか?」

「断る」


イマジナリーフレンド作ってるようなやつと友達になるわけないだろ。


「ありゃりゃ、メグたん、振られちゃいましたー!」

「友達なんかいらない。一人が好きなんだ。どっか行ってくれ」


俺は彼女と目を合わせないように再びスマホに目を向け、彼女と反対方向にゴロリと転がる。


「ねえねぇ、最後に一つお願いがあるんだけど?」

「断る」

「えーん、メグたん、またもや振られちゃいましたー」


こんなやばいやつからのお願いとか受けれるわけないだろ。帰れ。


「んーでも、そこを何とかお願い!人助けだと思って!」

「いや無理。お前と友達になんかならないぞ」

「いやそうじゃなくて、こっち」


何だろうと思って振り向くと、すぐ目の前に一枚の紙切れがあった。


その一番上にデカデカと書かれた文字を読む。


「WORLD TUBE出演同意書?」


ワールドチューブ。略してワーチュー。

月間アクティブユーザーが25億を超える世界最大の動画投稿プラットフォーム。

ワーチューに動画を上げることを専門にする通称ワーチューバーが職業として認知され始め、既に数十年。その勢いは収まることなく、この学園にも多くのワーチューバーがいる。


実際に俺が見た動画もワーチューバーの先輩の動画だ。


「ワーチューバーだったのか」


そう思って体を起こし同意書から顔を上げる。


「やっと目があったね!改めましてこんにちは!メグたんの迷宮探索ちゃんねるのめぐたんでーす!」


そう自己紹介した彼女の横では、カメラが浮いていた。


自動浮遊型映像機。

周りの障害物などを把握し、当たらないように移動しながら、AIに登録した人物を自動で録画してくれる最新のカメラだ。


「イマジナリーフレンドと喋ってるのかと思ったぞ」

「イマ……?ぷっ!あは!あはははははははは!」


俺の率直な言葉に、星空は腹を抱えて笑い出す。


「そ、そんなわけ、ぷぷぷ!君じゃないんだから、リアフレくらいいるって!あははははははは!!」

「笑い過ぎだろ」


あとチクリと刺すな。


「あはは!ああ、笑った笑った!君面白すぎ!」

「笑わせたつもりはないが」


呆れるようにいうが、星空は思い出し笑いでもするかのように顔がニヤけている。そして突然パチンと手を合わせて頭を下げてくる。


「お願い!その紙にサインして!」

「断る。この書類にサインして俺に一体何の徳があるんだよ」

「んー、そうだなー、DPとか、どう?」

「ほぉ?いくらだ?」


金か。なら話は別だ。値段によっては出てやらんこともない。


「五千でどう?」

「帰れ」


俺は同意書を放り投げ、寝転がる。あまり俺を舐めるんじゃない。


「ああ!待って待って冗談冗談!一万でどう?」

「帰れ。話にならん」


安過ぎる。一万DPとは、俺のダンジョン探索二日分である。どんな動画を出されるか分からないし、ネットで何を言われるかも分からないのに、その対価が一万は安過ぎる。


「ええー!一万DPって結構奮発したつもりなんだけど……」


だが、星空はそうは思わなかったようで驚いていた。


そんなわけないだろ、と思いつつ俺はそっぽを向く。


「うーん、一動画でそれ以上はなぁ……」

「無理なら諦めろ。顔はもちろん、声、後ろ姿含めて一切の映像の使用を認めない」

「ぐっ……それは困る。せっかくいいオチがついたのに!」


拳を握りしめながら熱く語っている。

人を勝手にオチ担当にするな。


「まあ、諦めて校舎屋上紹介だけ扱うんだな。先輩方も含め、散々あちこちのワーチューバーに紹介され尽くした屋上だけどな(笑)」


見てはいないが想像はできる。「東迷学園 屋上」とでも入れれば、似たような紹介動画が数十本は動画が出てくるだろう。

それだけワーチューバーはこの国に浸透している。


星空がやっていることは彼らの二番煎じ、三番煎じである。


「うーん、そうだけど……一本でこれ以上は……うーん……」


俺はもう何も言わない。ぶっちゃけどっちでもいい。


こちらが納得できる金額を支払えるのなら、考えなくもない。だが、安い金額に縋り付くほど困ってもいない。


しばらく考えていた星空だったが、折衷案でも思いついたのか顔を綻ばせる。


「そうだ!じゃあこうしよう!今日、私と一緒にダンジョン潜ってよ!」

「は?何言ってんだ?」


昨日ダンジョンからのドロップアウトを決めたばかりだ。しかも俺は1レベルにして学年最低ステータス。


星空がどこのクラスの何レベか知らないが俺がまともについていける筈がない。


「俺のレベル、知ってるよな?」

「もちろんだよ!だから君の狩りを私が後ろで見て談笑しながら撮影する!それを動画にする!」

「ふーん、見返りは?」

「五万DP!言っておくけどなけなしのお金だからね!」

「五万か……」


悪くない。これから何か新しいことを始めるのにもお金は必要だからな。


だが、ここで一つ気になる事がある。


「五万も出して利益出るのか?」


俺はワーチューバーの内部事情は知らないが、ネット情報だと1再生0.1円と聞いた事がある。

そうすると単純計算で1動画につき25万再生を叩き出さないといけないと言う事だ。


1動画25万再生というのは、それはもう超人気ワーチューバーと言っても過言ではない。

果たしてこの星空にその数字を叩き出せるのだろうか。


「出るわけないじゃん!赤字だよ!めちゃくちゃ赤字!だけどそれ以上に数字が欲しいの!」

「ふーん……いいぞ、サインしてやる」

「ほんと!」

「ただし、条件がある」

「なになに?」

「本名は伏せること。あと顔を映さない事。モザイクか何かしてくれ」


声は最悪別にいい。似たような声のやつもいるだろうし。ただ顔はまずい。別に犯罪歴があるわけではないが日常生活に支障きたす可能性がある。


「え!うーん……迷宮とかでも?」

「迷宮は被り物をしていく」

「ああ、なるほど。ってことはモザイク処理は屋上だけでオーケー?」

「ああ、不測の事態がない限りはそれで問題ない」

「うーん、よし!それで契約!」

「了解した」


俺は貰った同意書に自分の名前を書く。


「確かに!ありがとね!あっ、じゃあ電話番号交換しようか!編集したらあとで連絡するね!」

「ああ」


満面の笑みで俺から同意書と電話番号を受け取った星空はぴょんと飛び降りて屋上から出て行ってしまった。

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