第八話 迷宮学園の落第生

「待たせたな」

「ああ」


少し不審に思いながらも気さくに挨拶をする俺とは違い、坂田はぶっきらぼうに返す。


「「……」」


いつもと違う雰囲気に俺は黙ったまま立っていた。


それから数分、坂田は黙ったままだったので俺の方から切り出す。


「用はなんだ?ないなら帰るぞ。雨降りそうだし」

「昨日も……ダンジョンに行ったのか?」


空を見上げていた俺は突然喋り出した坂田に眉を潜める。


「は?ああ、行ったが?」

「レベルは?」

「1のままだが?」


呟く様に質問をして来た坂田に抑揚もなく返す。


「何でだ?」

「は?」

「何で翔は誰にも頼ろうとしないんだ!?」


急に何だ。意味がわからない。


「お前には関係のない話だろう?」

「関係ある!クラスメイトだろう?何で協力を頼まない?」


俺がクラスメイトに協力を頼まない理由。

そんなもの決まっている。


「俺はお前達と関わり合いになりたくないんだ。だから頼りたくないんだよ。恩を作りたくないんだ」


俺は別に坂田を友達と思ったことはない。坂田に限らずだが、誰かと一緒に遊びに行ったりもしていないし、仲良くなりたいとも別に思わない。


サッカーが大好きな人間が、ピアノが大好きな人間と仲良くなりたいと思うだろうか。

野球が大好きな人間が、パソコンゲームが大好きな人間と仲良くなりたいと思うだろうか。


俺は思わない。俺と彼等の趣味は全く違う。彼等の目指しているものと俺が目指しているものは違う。


だから、俺は彼等に頼らない。


「何だよそれ!意味わっかんねぇよ!」

「分かんなくていい。放っといてくれればな」


俺は無機質に、無感情にそう告げる。


「くそっ……くそっ……俺は、おれは……」


何に熱くなっているんだ。こいつの夢は確か……「この中央迷宮で誰よりも深く潜る」じゃなかったか。


それはつまり、この学園の誰よりもレベル上げを行い、この学園の誰よりも優秀な人間と友達になり、パーティーを組み、努力をするという事だ。


「お前、夢は諦めたのか」

「翔……覚えてたのか」

「ああ。なら俺に構ってる暇なんてないんじゃないのか?」


こいつがすべきことは如何に効率的に迷宮を攻略するか、そして如何にSクラスの人間と仲良くなるか、だ。


俺のような底辺と関わるべきではない。


「……俺は、最初、自分のステータスに絶望してた」

「ああ……」

「正直、屋上から飛び降りて死んだら生き返ってやり直せるんじゃないか、とまで考えたくらいだ」

「夢の見過ぎだな」

「そこまで追い詰められてたってことだ!」


夢を追うのは誰でもできる。だが、夢を叶えるには才能と努力がいる。

坂田には、その夢を叶えるのに必要な才能が致命的にない。


「だけど……俺と同じステータスでも飄々としているお前を見て、俺は……俺は救われたんだよ!何とかなるかもって気持ちを立て直せたのはお前のおかげなんだよ!」

「……」


どういう事だ。意味が分からない。

要はこいつが勝手に落ち込んで、勝手に立て直しただけだ。

本当に俺は何もしていない。


「そんなお前がいつまでも1レベルなのが悔しいんだよ!なんか力になりたいんだよ!」

「いらない。お前はお前のすべきことをしろ。俺は俺の力で何とかする」

「何とかなってないだろ!」

「だとしたら仕方がない。それが俺の才能の限界だ」

「お前は……くそっ!くそっ!何で分かんないんだよ!協力すれば何とかなるかもしれねぇのに……」


ならないだろ。俺は俺だけの知識で言っているのではない。

散々調べたのだ。調べ尽くしてやり尽くした。教師に聞いたりもした。それでも尚俺のレベルは1から動かない。


「協力してもどうにもならない。俺は今のこの現状を受け入れている」

「お前は……そんな理不尽を何でそんな簡単に受け入れてるんだよ……」


髪を片手でくしゃりと握りつぶしながら、絞り出す様な声を出す坂田。

だがしかし、俺の心はいつまでも静かなままだ。


「人間はあるもので頑張るしかない。俺も、お前もな」

「そういうことが言いたいんじゃない。そういう事が言いたいわけじゃないんだ……」


泣きそうになりながら顔を覆う坂田に、俺が思うところはない。

曇天の空からポツリポツリと雨が降ってくる。


「雨が降ってきたぞ。帰るか?」

「……」


顔を覆う坂田にそう声をかける。

だが、坂田は何も言わない。


「話、終わったのならもう帰るぞ?」

「……」


坂田にそう一声かけ、俺は寮への帰路に着く。


歩いている最中、雨はざぁざぁと強く降り注ぐ。傘も持ってないから仕方ない。


それよりも坂田のことだ。面倒くさくなりそうだ。あいつが俺に構う理由、それを本人から直接聞いてもよくわからない。

俺からすると坂田は単なる熱血勘違い野郎である。


「はぁぁ……ーー」


体の熱を全て吐き出す様なため息。


冷めてしまった。この学園に来た目的も、ダンジョンで金策することも、もはやどうでもいい。俺の中の熱を帯びた何かが今、消えた。


「諦めるか……」


何もかもがどうでも良くなってしまった。

散々やり込んだゲームのデータを消して中古屋に売った時の感覚に似ている。

緊張の糸が切れた様な、今まで頑張っていたものが全てどうでも良くなってしまう様な。

そんな感覚になってしまった。


別に俺はダンジョンに人生を賭けているわけでも、探索者を夢見ているわけでもない。


ダンジョンで楽に金を稼ぐよりも、面倒ごとの方が優ってしまった。


だから、この辺りが丁度いいのだろう。


「はぁ……」


降りしきる雨の中、俺は大きくため息をした。

俺は……今この瞬間、ダンジョンからドロップアウトした。


そう……俺は今年の新入生初の「迷宮学園の落第生」となったのだ。

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