第六話 上がらないレベル

ーー更に三日後。


「……何故だ?」


俺は一枚の紙を前に誰とはなしにそう呟く。


レベルが上がらない。


もはや一階層は俺だけ。一番効率がいい周回の狩場で三日前以上の効率でスライムを狩りまくっている。アクセサリーの材料にもなるかなりのレアドロップアイテム「スライムの核」も三つも手に入れた。それ程までに狩りまくっているのに一向にレベルが上がらない。


何故だ。


十日以上狩りをして、覚醒度は変わらず2%。レベルもステータスも変化なし。

ネットで調べてみても、そんな情報は一つもない。つまり、俺は世界で唯一レベルの上がらない人間という事になる。


俺は自分を特別な人間だと思ったことはない。格別優れた人間だと思ったこともない。


だが、逆に他人出来ることは自分でも出来ると信じていた。


しかし、そんなことはなかった。俺以外の誰にでもできる事が、俺には出来ない。


そんな事があり得るのか。


何がいけないのか。レベルアップに特殊条件があるなんて、どれだけ調べても出てこない。


「……ょう」


俺だけに与えられた何かしらの枷があるのか。それを解くにはどうすればいいのか。


「翔」


ヒントはないのか。そもそも鑑定石ですら分からないのにどうすれば……。


「小鳥遊翔!」


突然でかい声で名前を呼ばれ俺はびくりと肩をすくめる。

俺は突然の乱入者に迷惑そうな顔を向ける。


「何だ?突然耳元で叫ぶな」

「突然じゃねぇよ!何回も呼んだのに翔が反応しないから……」

「……そうか。それは悪かったな。で、何だ?今忙しい」

「いや、翔の顔色が悪いから……」


そう言われ、俺は思わず顔を触る。寝ても覚めてもレベルが上がらない事に思考が回ってしまい、最近あまり眠れていない。きっとそのせいだろう。


「大丈夫か?」

「ああ、体調は別に問題ない」


そう答える俺に、坂田は心配そうな顔で提案してくる。


「なあもしお前さえよかったら……」

「いらない。悪いが一人にしてくれ」

「そ……うか……」

「ああ、悪いな」

「な、何か手伝える事があるなら言ってくれよ!」

「ああ、ありがとうな」


そう言って坂田は離れて行った。

あいつは何でこんなに俺に構ってくるんだ。

意味がわからない。入学初日にちょっと話したのとステータスが同じだっただけだ。


俺と坂田の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。それにも関わらずここまで構ってくる理由がわからない。


……。


まあ変な奴なんだろう。それよりも俺のレベルだ。今日は思い切って二階層にでも行ってみるか。


放課後、俺は中央迷宮の二階層に来ていた。二回層にはスライムとレッサーラットという魔物がでる。


レッサーラットは名前の通りネズミのモンスター。その大きさはバスケットボールサイズのドブネズミで、ゲームであるような傷病症状を与えるものは二回層では出てこない。


ただ噛まれると痛い。しかもスライムよりも圧倒的に速く、攻撃力も高い為、一階層でダンジョンを舐めた生徒が毎年ここで痛い目を見る。


とはいえ、まだまだ人死が出るモンスターとは程遠い存在。1レベルからでも、初期ステータスが高い生徒や戦闘に自信がある生徒はいきなり二階層に来たりする位だ。1レベルでも倒せないことはないだろう。右手に木刀に学校指定の黒のジャージを着て二階層に行く。


「あれ?小鳥遊君?」


二階層に来た俺は偶々クラスメイトと鉢合わせてしまった。


「君は……」

「一ノ瀬だよ!話すのは初めてだね!よろしくね」

「そ、そうか。すまんな、人の名前覚えるの苦手でな」

「いいよー!でも……小鳥遊君って……」


一ノ瀬が気まずそうにしている。


「ちょっと色々試しているところだ。二階層のモンスターを倒したらレベルアップするかもしれないし」

「そうだよね!頑張ってね!」

「ああ」


そう言って一ノ瀬は二階層の魔物を倒しに行った。


「ふぅーー……」


まああり得ないと思うが。既にこの事態があり得ない事態なのだ。俺以外にレベルが上がらない人間などいない。それならば、俺だけにしか上がらないレベルアップの方法があるのかもしれない。


そう思って二階層に来たのだが……。


その夜、鑑定石で鑑定を受けた俺は、ベッドに寝転がりながら一枚の紙を見る。

結局レベルは上がらなかった。


「くそっ……」


手を下ろすと同時に紙を手放した。

ダンジョンで活躍出来ないのが悔しいのではない。俺は別にダンジョンへの熱量などないのだから。


だが、俺以外の誰もが出来ることが出来ないことに腹が立つのだ。


何か、特別な何か。俺だけがした何か。


思い当たる節なら、一つだけある。

この学園へ入学した初日、俺は坂田に対して何かをした。俺はその事についても既に調べてある。何かの対象として坂田を選んだのだろう。


俺のステータスが坂田と一緒の理由は、俺が坂田のステータスをコピーしたからだろう。


しかし、そんなスキルは聞いた事がない。では、どうすればそれを解除できるのか。


触れない。目に見えない。そんなものどうすればいいのか。


基本的に対象を指定するスキルの解除はできない。バフであれデバフであれ、その解除は時間経過のみ。だが、その常識が俺には通用しないのだ。俺がコピーした坂田のステータスは一向に元に戻らない。二週間も続くスキルなんて存在しない筈だ。


一応、解除にあたる言葉を手当たり次第口にした。

しかし、何をしても変化はなかった。


レベルアップ。探索者が魔物を倒し、一定数以上の経験値を手に入れると上がるもの。


坂田にレベルアップの感覚を聞いてみた事がある。


「レベルアップした感覚?何というか、血が体中を巡って身体が少しふわふわして力が漲ってくるんだ」


そう言っていた。

血が体中を巡って、身体がふわふわして力が漲ってくる感覚。

実は俺にもそんな感覚を味わった事がある。

しかも三度も。


坂田の言っている事が事実なら、俺は今4レベルという事になる。


だが、それも確かめようがない。しかもいくら効率が良かったからと言って、一階層のスライムを狩っていただけで二週間足らずでレベルが3も上がるなど、覚醒度30%超えのSクラスの生徒ですら無理だ。

スライムから得られる経験値はかなり低い。

そんな効率が良かったのなら一階層はもっと混雑している。


一階層というのはそれだけ非効率な狩場なのだ。

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