第3話 王都脱出

「完全に暗くなりましたね、そろそろ行きましょうか。」

「おう、海岸の方へ抜けるってことで良いんだよな?」

「はい、そちらから船で脱出する手筈でございます。」

「分かった。頼んだぞ。」


荷物をまとめると、4人はひっそりと小屋を抜け出し、海岸に向かって歩き出した。方向的には、王宮の方へ戻る形である。しばらく市街地を進んだ後、王宮の城壁を左手に見ながら海岸に向かって進んでいく。海岸に近づくと、辺りはもう真っ暗闇である。王宮からの追手は我々が内陸の方へ逃走したと思っているらしく、海岸のほうは全く警戒されていなかった。


「ここで少し待っていてください。船をとってきます。」

テグラはそう言うと、サルファとともに、サルファが昼間に買い付けておいた船を取りに行った。


砂浜に座り、ママクチャ海の波を眺めながら二人の帰りを待つ。視覚の頼りは月明かりだけである。ママクチャ海は我らが知る唯一の海である。しかし、その向こうに何があるのか、誰も知らない。パーチャ地方やカーシケ地方、マプー地方のように陸があり、我々と同じような人々が住んでいるのだろうか、それとも全く違う形をした生物が住んでいるのだろうか。もしくは、ただ海が永遠と続くだけで果てはないのだろうか。海を見ていると、未知の世界への冒険心がくすぐられる。



しばらくすると、テグラとサルファが小舟を曳いて戻ってきた。


「この小舟で沖まで向かい、沖でミナカイ号に乗り移りましょう。」


ミナカイ号とは我々の脱出用に沖にひそかに停泊している船だ。

当初の予定では、王妃を暗殺したあと小舟を奪ってそのまま海へ脱出し、ミナカイ号に合流する手筈であった。


「ミナカイ号のやつらも心配してるだろうな。なんせ俺らが1日経とうとしても現れないし、暗殺が失敗したと思われても仕方ないぜ...。」

「そう、それが心配だ。暗殺が失敗したと判断してすでにサランゴに引き返しているかもしれない。」

「私たちは取り残されたかもしれないってこと...ですか。」

「そうなったらその時です。この小舟をサランゴまで漕いでやりましょう。私が必ずお二人をサランゴにお届けいたします。」

「ああ、頼んだぞ、テグラ。」

「はい、なんといっても私はバルモッサ海戦を生き延びた水夫ですから。」

「おう、頼もしいぜ。」

「後でその戦の話ゆっくり聞かせてもらおう。」

「それでは、出しますよ。」


テグラとサルファは小舟を浅瀬まで曳いていき、準備完了の合図をした。


「ワンタ、行くぞ。」

「おう。」


我々二人が小舟に乗り込むと、あとの二人も乗り込み、小舟は沖に向けて出発した。テグラとサルファで小舟を漕いでいく。


月明かりが水面を照らしていて美しい。昼間の海とは違った美しさがある。しかしこんなきれいなここの海が、過去に大量の血で染まったことがある。そう、あの修羅の戦、バルモッサの海戦が行われた海なのだ。


「では聞かせてもらおうか、バルモッサ海戦の話。」

「はい、あれは25年前ですね。私はまだ20歳でした。」

「俺らがちょうど生まれた年だ。」

「ああ、だから私も詳しいことは知らない。北コスコ帝国とチムー王国の戦争だったことくらいなら知ってるがな。」

「その通り、北コスコ帝国とチムー王国の、人呼んで十年戦争。その戦争を終わらせた海戦がバルモッサ海戦でした。」

「十年戦争は勝敗がつかなかったんだよな?」

「はい、バルモッサ海戦と、その直前に陸上で行われたテルタカモの戦いで両者多大な損害を出し、両者とも戦争の継続が困難になり、停戦の協約を結んだのです。」

「それは和議ではなかったのか?」

「いえ、両者とも敵対関係を解消する気はさらさらなく、それから25年間、小競り合いやにらみ合いが続いているという状態になったわけです。」

「そういう経緯があったのか。」

「そんで、その海戦が修羅の戦と呼ばれてるんだよな?」

「あの海戦は激戦でした...。私は雇われ水夫として従軍していたのですが、両軍合わせて約700艘もの船が集結し、海を埋め尽くしました。あの日、戦の火蓋が切られたのは陽が完全に昇ったころ、それから陽が落ちるまで激戦が続きました。」

「700艘も...。そんな大きな戦だったのか。」

「両軍威嚇などする間もなく、全力でぶつかりました。船同士が衝突し木片をちりばめながら沈んでいく。船から船へと兵士が飛び移り船上で殺し合いが始まる。重さに耐えきれなくなった船は轟音を発しながら沈んでいく。沈みゆく船により波が揺れる。戦闘に参加していない船も波に襲われ沈んでいく...。船の操縦はおろか、立っていることもままならない有様で、生きるか死ぬかの瀬戸際でしたよ。」

「700艘も船がいたら半端じゃない波が起こるだろうからな。」

「途中から、両軍後詰の船から火薬を投げ込んできました。油とともに翔んでくる火薬は着地した瞬間爆発し、周りの人間をふっとばして船を破壊していきました。そして、その時私はまさに前線にいたんです。次々と翔んでくる火薬を避けながら必死に逃げ道を探しました。周りの船は次々に爆散し、燃え盛り、沈んでいきました。」

「そんな激戦地にお前はいたのか。」

「本当、忘れられないですよ。その時に一度死んで生まれ変わったものと思って今を生きています。」

「その中からあなたは逃げおおせたのか。」

「はい、火の海と荒波のなか、なんとか数人の仲間とともに櫂を持って小舟に乗り移り、それを漕いで逃げることができました。陽が沈むころには、海は白兵戦で斬り殺された兵士たちのおびただしい量の血で染まり、沈んだ船の瓦礫と沈んだ兵士たちの死体で埋まりました。」

「本当に激戦だったんだな...」

「両軍合わせて5万人が海に沈んだと言われています...。」

「まさに修羅の戦だったんだな。」


過去の戦がそれほど激しいものだったとは。チムー王国と北コスコ帝国の因縁が深くなるのも納得である。



「そろそろミナカイ号が見えてくるはずです。」

「おう、やっとか。」

「まだ引き返してないといいのだが。」


「あっ!見えました!ミナカイ号です」

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