第11話 LAST TARGET

 目の前には黄色と赤茶色に染められた、草一つ生えてない死の大地が延々と広がっていた。遥か彼方の地平線まで、目に留まる物が何も無い、所々ひび割れた土のみが続くだけの世界。時折乾いた風がその土の上を荒く擦る横に駆け抜けて行く。生死を掛けた最終バトルの舞台としては余りにも殺風景な場所だったが、逆にそれが、ここまで来たらもう後戻りは出来ないという現実を、冷酷なまでに俺達に提示しているかの様にも思われた。


 ハラシ村を出て、次の少し大きい村に向かう途中、グリージャの背の上で運ばれていたマルルが、一度だけ目を覚ました。

「ここは…」と虚ろな瞳で回りを見渡して「…あぁ…私…今まで…。み、皆さん、済みません…。あの…ドーナは…?」

 と戸惑いながらも何とか状況確認に努めようとしていた。

「大丈夫だよ、マルル!」直ぐにサンディが近寄り声を掛けて労った「ドーナは私達がやっつけたから安心して!それより、ありがとう!マルルのおかげで私…」

「あぁ、サンディ…。元気になったんですね…。良かった…」弱々しくも穏やかな笑顔を見せた「あぁ、でも…、ごめんなさい…。私まだ…頭の中が…ハッキリしなくて…」

「無理しなくてもいいぞ」スタンが心配するな、と言った口調で「今はまだゆっくり休んでいても大丈夫だ。焦らないで回復に努めてくれ。それより今回は本当に君に助けられた。感謝するよ。ありがとう。ご苦労さま!」

「いえ…」スタンの言葉に安心したのか、落ち着いた表情を浮かべ、静かに目を閉じた「何かあったら遠慮せずに起こして下さい…。私はもう少しだけ…済みません…」

 久しぶりにマルルの声を聞けた事で、心なしかメンバー全員が元気を貰えた様な気分になった。歩調を上げて次の村を目指し、陽がやや下がりかけた頃には目的地に到着する事が出来た。村の規模は大きく、宿屋や飲食店もある。多くの村人が行き交い、かなり賑わった雰囲気が漂っていた。

「湯治場もあるらしいから、今日は疲れを取って体力を回復させる事に努めてくれ。いつもの様に夕食後に作戦会議を開く」

 宿屋に着いて昼食を取りスタンの指示を聞いた後、各自一旦自由行動になった。サンディはマルルの部屋で、彼女の眠るベッドにもたれ掛かりながら、休息を兼ねての添い寝。男衆三人は湯を浴びに向かった。その晩にスタンが村中を回って集めた情報を元に作戦会議が開かれた。

「最後のドーナは今までとはケタ違いの化け物の様だ」スタンが険しい目付きで情報を述べた「細かな点までは掴めなかったが、体のデカさや攻撃力は過去最大級と思っていい。とは言えこれまでの戦法を大きく変えるつもりはない。時間を掛けて弱点を曝いてからトドメを刺す。ただし、グリージャの冷凍能力が若干低下しているから、ドーナを倒してからの凍り付けを成功させる為に、彼にはその時まで極力攻撃を控えて貰わなければならない。その分、俺とゲイルが協力して攻撃を組み立てて行く事になる」

 スタンの説明を聞いたグリージャが、申し訳なさそうな顔をして、俺の方を向いた。

「スマンな…」

「気にしなくても大丈夫だ」俺は努めて明るい口調で彼を元気づけた「全員で弱点を補って行けば、必ず上手く行く。今までも色々な困難に遭遇して来たが、その都度力を合わせて乗り切って来たんだ。心配するな」

 サンディも元気一杯な笑顔を見せグリージャを励ました。

「そうだよ!最後の戦いだし、皆で頑張れば絶対に勝てるって!頼りにしてるからネ!」

 二人の言葉を聞いたグリージャは少し安心した感じで頷いた。作戦会議が終わり必勝を誓い合った後、各々が自分の部屋に戻る時に、グリージャが俺に言った。

「このパーティーの強みだよな。常に前向きに仲間を信頼し励まして自らも鼓舞する。それが目に見えない力になって、自分に備わって行く様な気になるんだよ。今回最後になって初めて、心底から皆と一心同体でドーナと戦えそうな気になって来たよ。まぁ、有終の美を飾れる様にお互い勝利を祈ろうぜ」

 部屋に戻りベッドに横になりながら、グリージャの言葉を反芻した俺はハッキリした根拠は無いものの、明日相まみえる最強の敵に対し、何故か謎めいた自信を心の中に抱いているのを感じていた。それがフラグにならない事を願いながら、俺は目を閉じ最後の討伐前の眠りについた。


 翌朝、目を覚まさないマルルを宿に残し、俺達四人は村から数キロ離れたドーナの潜む決戦場所へと出発した。どんよりとした曇り空が、これから迎える厳しい戦いを暗示しているかの様に思えた。どの様な感情が皆の心中に渦巻いているのか、決戦場所に歩みを進める中、四人は厳しい表情を変えず、終始無言のままだった。

 そして辿り着いた戦いの地は、先に述べた生命の存在を一切廃したかの様な、乾燥しきった死のフィールドだった。無感情とも言える風の音が、聞き心地の悪い環境音となって耳に流れ込んで来る。

 そして、何気なく足元に目を向けた俺の視界に、この上なく縁起の悪い物体が飛び込んで来た。それは黄色に変色した明らかに人間のそれと分かる数個の骸だった。

「これ…」俺の横にいたサンディも気付いた様だった「私達より先にドーナと戦ったパーティーの人達かも…」

 俺はつい無意識の内に両手を合わせて南無阿弥陀仏、と呟いた。それを見ていたサンディが不思議そうに聞いた。

「何、それ?何かのおまじない?」

 彼女の素朴な疑問に俺は少し慌てて

「い、いや…。昔お婆ちゃんがよく言ってたのを聞いてて…。俺も詳しくはよく分からんけどな…」

 それを聞いたサンディは

「ふぅん…」と言って、変なの、という様な顔をしたが「じゃあ、私も祈っておこう。仇は取ってあげるからね。安らかに眠ってね」

 と俺と同じく両手を合わせた。俺はそれを見て、ハッと思いながらグリージャに視線を向けた。俺と同じ前世の彼に今のやりとりを聞かれたら、変な疑いをかけられ面倒くさい事になる所だったが、幸いな事に別方向を見ていてこちらの会話には気付いていない様だった。危ない所だった。グリージャは背後でそんな事が起きているとは露とも知らず、両手を腰に当て

「来たのはいいけどよ、こんな何も無い場所で、敵さんは何処から出て来るんだ?遥か彼方から走って来るとでもいうのか?」

 と辺りを見回して怪訝そうに言った。それを受けたスタンが

「ここはヤツの縄張りだから、俺達の存在を察知したら直ぐに姿を見せるだろう。どんな現れ方をするか分からんから、気を引き締めて態勢を整えておけ」

 と注意を促した。

 その時、突如グラグラッ、と音を立てて足元が激しく揺れ出した。

「来たか ! ? 」

 メンバー全員の顔に一斉に緊張が走る。何秒地の揺れが続いただろう。前方数百メートル辺りの地面が盛り上がると、直ぐに土煙を巻き上げて“奴”の頭部が地表から飛び出した。悪魔の如き咆哮の直後、ゴゴゴ…という重低音と共に残りの全身が一気に地面を突き破り、最後の対戦相手の巨体が俺達の前に圧倒的な威圧感を持って、遂にその姿を現した。高い位置から俺達を見下ろす太々しさを纏ったその態度は、まるで無言の挑戦状をこちらに叩き付けているかの様だった。

 それは今まで戦って来た数多のドーナとは明らかに異なる体型をしていた。10メートル以上の体躯は勿論、体の各パーツに統一感がまるで感じられない。ワニを思わせる頭部、指先の伸びたカメレオンの様な腕、前回倒したドーナよりも更にカエルに近いボディと足、そして尻尾は本で見た肉食恐竜の様に太くて長い。それらが合わさった全身がヌラヌラした薄緑色の粘液に包み込まれている。キメラの権化みたいな怪物だ。直視もしたくない醜い姿だが、コイツを倒さないと全てが完結しない。

「行くよ!」

 怖いもの知らずの斬り込み隊長サンディが、勢い良くその異形の化け物目掛けて飛び込んで行った。俺とグリージャは左右に分かれて、敵の下半身を中心に牽制の飛び道具を放つ。スタンはドーナの背後に回り、聖剣の力でパワーアップした体力を駆使して攻撃を加える。今まで数々のドーナを葬って来た勝利の方程式。最後の決戦でも変えるつもりはない。例え敵が強力でも粘り強く攻め続ける。そうすれば勝機は必ず訪れる。

 全員がそうした思いを胸に粘り強く攻撃を続けた。しかしこのキメラドーナはやはりラスボスと呼ぶに相応しい相手だった。狙い通りに進んでいた戦況が急転直下し、大ピンチに陥る様な事態が突然訪れる。

 四人の攻撃に振り回されていたかに見えたドーナの右肩にイボの様な出来物が現れ、みるみる内にスイカ程の大きさに膨れ上がった。直後にいきなりそのイボが弾け、破れた皮膚から白濁の液体がバケツをぶちまけた様に飛び散った。そして、その濁った水は、ドーナの右後方で高々とジャンプして次の一撃を加えようとしていたサンディをモロに直撃した。突然の奇襲に慌てて体をかわそうとしたサンディだったが、放射された水の勢いは予想以上の速さで、彼女の反射神経を持ってしても及ばず、思い切り白濁水を全身に浴びてしまう事になった。

「ひゃあぁぁぁんっ!」

 まさかの反撃を喰らったサンディは、態勢を崩しながらも何とか高い位置から怪我する事無く着地した。しかし更にドーナの追撃は続いた。首を左右に振り目を拭いながら、必死に顔に付着した液体を除こうとするサンディに、ドーナの右手がシュルシュルと伸びて行った。先程カメレオンの様な腕と形容したが、その腕にはあの生き物の自在に伸びる舌の機能も備わっていた。漸く視界を取り戻したサンディは迫って来る魔手に気付き、それを避けようとジャンプしたがワンテンポ遅かった。まるでハラシ村のデジャブを見ているかの様だった。ドーナの伸びた手が、サンディのはち切れそうな太腿をガッチリと掴み、そのまま一気に上へと引き上げた。

「ああんっ…」

 ドーナの右肩上にサンディの体が逆さに吊されると、俺達は一旦攻撃をストップせざるを得なくなってしまった。

「どうするんだ ! ? 」とグリージャが困惑顔で俺達の方を向いた。

「ゲイル、あの腕に火炎砲を当てられるか?」

 スタンが俺に問い掛けたが、正直あの細い腕を正確に狙うのは今の俺にはハードルが高過ぎる。しかしこのまま黙って見ている訳にもいかない。

「やってみる…」

 俺はサンディを掲げるドーナの腕に火炎砲の標準を合わせようとしたが、的が細い上に一秒たりとも静止する様子が無いので、中々狙いを定める事が出来ない。

 そうこうしている内に事態は最悪の展開を迎えた。

 ドーナのワニの様な口が上を向いて大きく広がり、その口にサンディを掴んだ右腕がゆっくりと伸びて行った。

「ア、アイツ、まさか…!」

 吊した物体を下の穴に落とす作業を思わせる様な“捕食”だった。獲物を掴んだ右腕が開いた巨大な口の真上まで伸びると、そのままじわじわと下に降り始めた。逆さに吊されたサンディの体が頭からゆっくりとドーナの口の中に降ろされて行く。

「止めろ!」

 俺とグリージャが必死にドーナのボディに飛び道具を放ったが、それに臆する事もなく見せしめの様な捕食が続けられた。頭、胸、腹、脚と時間を掛けてサンディの体がドーナの口中に消えて行き、最後に懸命にバタつかせていた脚が完全に口の中に呑み込まれると、残酷な捕食者は満足げに開いていた口を閉じ、どうだと言わんばかりの憎々しげな様子を見せて俺達を見下ろした。

 サンディが殺られた…!

「テメェ、この野郎!!」

 猛烈な怒りと殺意が心の中で爆発した。気が付けば、俺とグリージャは狂った様に、己の飛び道具を親の仇よりも憎い存在となった化け物目掛けて乱射していた。

「落ち着け、お前達!」スタンが必死になって俺達の乱行を制した「気持ちは分かるが、感情的になったら更に状況が悪化する!冷静になれ!」

「じゃあ、どうすればいいんだよ ! ? いい方法でもあるのかよ !?」

 グリージャが過去最大級の荒々しさを込めた口調でスタンに噛み付いた。俺も怒りと焦りを隠さずに怒鳴った。

「悠長になんかしてられねぇんだぞ!」

 自分でも気付かぬ内に言葉遣いが乱暴になっていた。スタンに対してあんな口の利き方をしたのは、後にも先にもこの時だけだった。

「頼むから落ち着いてくれ!」スタンは願いをかける様な言い方で必死に俺達をなだめた「いいか、よく聞いてくれ!君達はヤツの顔面に集中砲火を浴びせろ!俺がその間にヤツに接近して腹を斬り裂く。サンディもまだ即死した訳ではない。上手く行けば救出出来るかも知れん!」

 全員が理性を取り戻すのに懸命だった。今までのドーナとの戦いの中で、この時が最も絶望と悲壮感に心中を支配されていた。最適な手段をともすれば泣きそうになりながら、無我夢中で模索していた。そんな俺達から、勝利の二文字は無情な素振りを見せて、ほぼその姿を消そうとしていた。だが、この時立ちはだかるドーナに僅かな異変が起きていた事に、俺達は全く気付いていなかった。

 その事態を最初に察して声を上げたのはグリージャだった。

「オイ、アレを見ろ!」

 彼の指差す先を見ると、勝ち誇ったかの如くそびえ立つドーナの腹部の一部が、尖った形を見せて盛り上がって来た。そしてその先端が更に鋭くなった次の瞬間

 バシュゥッ!

 音を立てて鋭利な剣先がドーナの腹を突き破り、勢い良く外に飛び出した。その剣先が上下左右に動いて傷口を拡げると、更に外に向かって突き出され、剣全体とそれを握る手がハッキリ見える程に姿を現した。丸呑みにされたサンディが、希望を繋ぐ反撃の一手を地獄の様なドーナの体内から命懸けで打ち放ったのだ。

 これを見たスタンの反応は早かった。

「俺が救出に行くから、君達はヤツの顔に集中砲火を浴びせてくれ!」

 と素早く指示を飛ばすと、聖剣を構え想定外のダメージに苦しむドーナに向かって突進した。俺の火炎砲とグリージャの冷凍波が巨大なワニ型の顔面に撃ち込まれる中、スタンは聖剣でデップリとしたドーナの腹を、体内のサンディが傷付かない範囲で切り裂き、飛び出した彼女の腕を必死に引っ張った。

 だが、この救出劇も容易には進まなかった。体内の粘液に塗れたサンディの腕をしっかりと掴む事自体が難しく、引っ張っる度にすっぽ抜け、また掴み直す、と言った行為を何度も繰り返した。勿論ドーナの方も、こちらに対して協力的な姿勢を見せる様子はこれっぽっちも無い。休む事無く激しく体を動かして暴れ回り、引っ張り出すタイミングを簡単には与えてくれなかった。

「このままだと、体内のサンディが窒息してしまう…」

 事態が長引く事を懸念した俺はグリージャに

「ヤツの後ろに回って、俺の力を加えた君の冷波砲を当てて、押し出す形でサンディを外に飛び出させるやり方の方が、上手く救出出来るかも知れん」

 と提案した。それに答えてグリージャも

「今の状況よりは良いだろうな。このままズルズル長引かせてもラチがあかんしな」

 と同意した。俺達はドーナの横を駆け抜け後ろに回ると、標的から約五、六メートル程の距離を取り作戦を実行した。グリージャが片膝をつき掌を広げて腕をドーナに向けて伸ばし、砲撃の体勢をとった。

「よっしゃ、頼むぞ!」

 俺がグリージャの両肩に左右の手をそれぞれ置いて、パワーアップする気を送り込み始めると、彼の掌が青白く光り出した。それが音を立てる程の眩い輝きに変化すると、彼の鋭い掛け声と共に凄まじい勢いの波動砲となって、ドーナの背中に強烈な威力を纏って発射された。

 つんざく様なドーナの絶叫が響き渡り、その巨体が大きく反り返った。

「スタン!引っ張り出せそうか ! ?」

 俺はドーナの向こう側にいるスタンに、今聞いた絶叫に負けない位の大声を出して聞いた。

「肩まで飛び出た!まだまだだ!」

 スタンの返事が俺以上の大音量で返って来た。

「もう一発行くぞ!」グリージャが振り返って「思い切り力を注いでくれ!」

 二人の渾身の力を込めた共同作業が、再び青白の波動砲となって、ドーナの背中に更に強力な威力を持ってブチ当てられた。先程より大きな絶叫が轟くと、巨大なキメラの化け物がサンディの体を上半身まで腹の傷口から出した状態で、こちらに体の正面を向けた。そして狂気の満ちた凶暴な面構えで俺達を睨み据えた。その直後

「危ない!伏せろ!」

 グリージャが叫んだのと同時に、ドーナのワニ型の口から緑色の液体が俺達に向けて発射された。間一髪で身をかわすと、目標を外した液体が乾いた地面に当たり、ジュウ…という音を立てて煙を立てた。

「コイツも溶解液の使い手か…」俺は再びドーナの後ろに回り込みながら、グリージャに声を掛けた「もう一発喰らわせれば、救出出来そうだ!頼む!」

「何度でもやったるわ!」グリージャが俺の後に続きながら「スタン、コイツの前に回って気を引かせてくれ!」

「オウ!分かった!後は頼んだぞ!」

 俺達と反対方向に走るスタンが大声で返答した。

 もうこれは俺とグリージャだけの作戦じゃない。スタンも含めた三位一体の総力戦だ。俺とグリージャが三たび冷凍砲の構えに入る。背を向けたドーナはスタンが上手く気を引いているのか、こちらを振り返る気配を全く見せない。そのドデカい標的に対し、青白い冷たい光が強力な大砲となって撃ち当てられるべく、みるみる危険な輝きを増していった。そしてその発光がこれ以上ない眩さに達した時

「行ぃぃけえぇぇぇぇっ!!!」

 大号令発動!前の二回を上回る凄まじい冷波動砲が、ドーナの背中に猛烈な勢いを持って叩き付けられた。こちらも前の二回以上の大きな絶叫が発せられ、渾身の一撃を喰らったドーナの体が、90度を越す角度で後ろに反り返った。

「二人とも、救出成功だ!良くやった!」

 スタンの嬉しい報告がドーナの体越しに聞こえた。俺とグリージャは安堵と達成感の混じった労いの視線を交わすと、動きの止まったキメラドーナの前方に移動した。体内から引っ張り出されて何とか生還したサンディは、全身粘液まみれでスタンの足元にヘタリ込み、荒く呼吸をしながらぐったりとしていたが、駆け寄った俺達の姿を見ると、弱々しくも精一杯の笑みを見せた。

「…あ…りがと…う…。死ぬ…かと思っ…た…。でも…大丈…夫…だよ…」

 それだけの言葉を口にして、目を閉じ大きく息を吐いた。

 俺達も彼女の無事な様子に安堵の溜息をついたが、この一連の救出劇は想像以上のドーナに対する効果的な攻撃となって、その肉体にかなりのダメージを与える事に成功していた。人間一人分の大きさの傷口を土手っ腹に開けられ上に、強力な波動砲を三度に渡って背中に当てられた事で、この怪物の背骨は骨折寸前に至る程の損傷を受けていた。実際、一旦距離を置いてドーナの姿を見ると、登場時のふてぶてしさを漂わせた力強い威圧感が消え、体を左右に揺らせながら、辛うじて体勢を保っている様子を確認する事が出来た。

「チャンスだ!ここで一気に仕留められるかも知れん」スタンが聖剣に力を込めながら「ゲイル、グリージャ、もう一踏ん張りだ。最後の力を貸してくれ!」といつもの冷静さを取り戻して俺達に声を掛けた。

「…ヤツに掴まる寸前に…分かったんだ…けど…」サンディが顔を上げ声を絞り出す様に発した「ヤツの弱…点…は…、恐らく…右の胸の下辺り…。ゴメン…絶対とは…言えないんだけど…」

 俺は最後まで自分の役割をしっかりと実行してくれた彼女に寄り添うと

「それだけ分かれば充分だ。ありがとう」

 と言ってその頭を優しく抱え、無意識の内に額にキスをした。そして剣を片手に立つスタンに

「俺とグリージャで援護する。聖剣の最後の仕事、よろしく頼む!」

 と本心から何の偽りも無い気持ちをそのまま素直な言葉で伝えた。

 心強い笑みで俺を見たスタンの表情には、今までの仲間に対する感謝と、ここは自分に任せろという確固たる自信が漲っていた。そのまま無言でドーナを見据えると、剣を構え小走りに最後となる仕上げに向かっていった。

「そんじゃ、やるかぁ、俺達も!最後の仕事とやらをな!」グリージャが後ろから俺の肩をポンと叩くと「左右に分かれて援護するぞ!しっかり頼みますよ、色男さん!」とからかう様な目付きでこちらを見てから、スタンの後を追って走り出した。

 イヤ、あのキスはそういうつもりでは無く、ただ単に感謝の意を込めただけ…と誰も聞いてない自己弁護をしながら、サンディに視線を向けると、力無く座り込みながらも、ほのかな満足に浸っている感じで、あの体内地獄が嘘であったかの様に穏やかに目を閉じていた。

 大ダメージにフラつきながらもキメラ型のラスボスは、まだ気を許して挑めない危険なオーラを纏っていた。改めて攻撃意識を持ち直した俺とグリージャが左右両側から牽制の砲撃を加える。だがその威力はかなり低下していた。特に再三に渡る冷波砲を放ったグリージャの破壊力は目に見えて落ちているのが分かった。そんな状況の中、着実に距離を詰め獲物に接近したスタンが、払う様に伸びて来るカメレオンの手を交わしながら、ドーナの弱点に狙いを定めると一気に聖剣を構え直して突進した。そして、長かったドーナとの戦いに終止符を打つべく、雄叫びと共にその巨大な敵の弱点に俺達の積年の思いを込めて、自らの武器を深々と突き刺した。

 断末魔の大絶叫!

 目をカッと開けたまま動きの止まったラスボスキメラドーナがゆっくりと後方に倒れて行く。その巨体が地響きを立てて地面に崩れ土煙が舞い上がるまでの一連の流れが、まるでスロー再生を見ているかの様に感じられた。立ち込めた土煙が晴れると、仰向けのドーナの事切れた姿が死んで尚不気味さを漂わせながら、そこに横たわっていた。

 遂に仕留めた!だが、これで全てが終わった訳ではない。むしろその後に一大問題が控えていた。

「グリージャ、凍結出来るか?」

 聖剣を収めながらスタンが少し不安げにグリージャを見た。

「正直、かなり難しい」グリージャが厳しい表情でドーナの死体を見つめて「このデカさと俺の残りの体力から見て、ゲイルの力を借りても部分的な凍結が精一杯だ」忌々しそうに唇を噛み「クソッ、最後の最後で肝心の仕事が出来ないなんて…」

 このままドーナを放置して万が一蘇生したら…。険しい顔をして暫し考えていたスタンが、意を決したかの様に俺に向かって尋ねた。

「ゲイル、君の方の体力は残っているか?コイツを燃やせるだけの火炎を出す事は出来るか?」

「俺の火炎で ! ? 」俺は思わず大きな声で聞き返した「大丈夫なのか?そんな事をして、また急激な進化を引き起こしたら…」

 戸惑う俺対して、スタンは言い聞かせる様に

「勿論リスクはある。だが凍結という手段が使えない以上、今の状況から考えて燃やすしか他に方法は無い。このままドーナの死体を放っておく事は出来ないし、今はやれるだけの事をやるしかない」

「しかし…」

 あの炎の中から突如立ち上がって俺達を襲って来た番の雌ドーナの恐ろしいイメージが、まだ頭の中から消え去っていなかった。この大事な局面で、俺の力のせいで全てを台無しにしてしまう様な事があったら…。

 決断を中々下せない俺にグリージャが近寄って来て、信頼を込めた口調で語り掛けた。

「ここはもうお前しかいないよ。もしあの時と同じ事態になったとしても、全部お前のせいにはならん。肝心要な所で力を出せなかった俺にも責任がある。お前の火炎での焼却が、今の時点で出来る最良の方法だ。迷う事は無い!」

 あの時、俺にあらん限りの罵声を浴びせたグリージャが、今は心から勇気付けてくれる。彼の励ましを聞いた俺の心が大きく動いた。スタンも俺の肩を強く掴んで力を込めて熱く言葉を掛けた。

「全ての責任は俺が背負う。焼却を指示したのは俺で君はそれに従って動いただけだ。君だけが全ての責任を被る必要は無い。深く考えずに実行してくれ。頼む!」

 もう…やるしかないのか…。そんな思いに揺れる俺の手が温かく柔らかに握り締められた。思わず顔を向けると、疲労し切った体を懸命に起こして寄り添ったサンディが、全てを預けた眼差しで熱く俺を見つめていた。

「私達、最後はゲイルに任せるやり方で今までやって来たんだもん。何十匹ものドーナをこの方法で片付けて来たんだよ。ここで失敗したとしても、ゲイルのせいにはならないよ。このやり方で一緒に頑張って来た私達全体の責任だよ」更に体を預け顔を近付けて懇願する様に「いつも自信満々でドーナを焼き尽くすゲイルを見ながら、ここまで討伐を続けて来たんだよ!不安はあるけどもうゲイルしか望みは残ってないし、やっぱり最後もゲイルの炎で終わらせたい!皆も今はゲイルを信じているから!ねぇ、勇気出してやろうよ!お願い!自信を持って!ゲイル!」

 やるしか無いだろう!これだけ仲間に励まされて、それでも躊躇う必要が何処にある?それに…。

 前の世界で俺がここまで周りに頼られて期待された事があったか?見た目格好良く動くだけがヒーローじゃない。皆の熱い願いを一心に背負い、リスクを恐れず行動し期待に答える。これこそ立派なヒーローの行動じゃないか!

 俺は数メートル先に横たわるドーナの死体を見据えると、覚悟を決めてゆっくりと歩を進め出した。途中、何気なくチラと視線を横に移すとグリージャと目が合った。安心を与える様な表情で俺を見ながら、頼むぞと言うかの様に、軽く頷いた。前世でも本来ならこんな感じで俺を見てくれたのだろうか…?そんな思いに引き摺られてしまったのか、全く無意識の内に、俺は彼に頭に浮かんだままの言葉を掛けていた。

「有難う、真木課長。必ず美緒ちゃんに会わせてやるから!」

 俺の言葉を聞いたグリージャの顔が、瞬時にして文字通り豆鉄砲を喰らった鳩の様になったのが、今思い出すと少し滑稽だった。勿論その時はドーナ焼却という大仕事に考えを全振りしていたので、彼の表情の激変は殆ど意識に無かった。

 巨大なキメラドーナの死体の横に立った俺は覚悟を決めると、目を閉じて両掌をその巨躯にかざす様に向けた。

 準備OK!発射!

 俺の両掌から真っ赤な炎が勢い良く目の前のドーナの死体目掛けて放たれた。もう迷いは無い。もっと強く!ひたすら強く!燃やせ!焼き尽くせ!

 念じる思いが強まるのに比例して、炎の勢いも更にスケールアップしていった。最早不気味なドーナの形状は目認出来ず、視界の先にあるのは、炎に包まれて燃え盛る巨大な物体だった。その炎は永遠に燃え狂うかの様に思われた。それを見つめる俺の脳内には、この世界に来てからの様々な出来事がバラバラに浮かんでは消えて行った。色々あったが、これで、終わる…。と、ここまで思った所で、慌てて考え直す。炎の勢いに押されていたが、果たして完全に焼却出来るのか?また急に進化したドーナがいきなり目の前で立ち上がり襲って来る…事は…。あの時のドーナの恐ろしい顔付きが脳内にフラッシュバックされ、緊張が体中を包み込んだ。

 だが、その悲劇が繰り返される事はなかった。永遠に続くと思われた炎の猛威がゆっくりと沈静化して行き、それが完全に消え燃え尽きた時、最後の敵の死体は真っ黒な灰の塊に姿を変えていた。最早そこに生命体としての面影は1ミリも残っていなかった。

 やった…のか…?

 そう思いながら息をつこうとした時、後ろから思い切り抱き付かれた。首だけ後ろに向けると、サンディが歓喜の表情で俺に密着していた。

「やったよ、ゲイル!やっぱり最後はゲイルしかいないよ!凄い!凄いよ!アリガトウ!本当にアリガトウ!」

 途中から泣き声に変わっていた。抱き付く力も今までに無い位に強かった。そんな喜びに満ちたサンディの体の感触をホッとしながら感じ取っていると、スタンが穏やかに微笑みながら俺に近付き

「お疲れさま!有難う!よくやった!」

 と言葉は少ないが、感謝の籠もった力強い口調で労った。そんな状況を少し離れた位置から何とも言えない表情で見ていたグリージャが、サンディの熱い抱擁が漸く終わった後、ゆっくりと俺に近付いて

「ご苦労さん。お疲れ」

 と握手を求めて来たが、俺が応じて握り返すと、喜びも半分な顔をして

「お前、マジで古井なの?」

 と疑いに満ちた目で俺を見てきた。俺が苦笑いしながら頷くと、手を握ったまま

「マジか…。お前が…こんな…凄い仕事を…」

 色々な思いが頭の中に渦巻いているのを、必死に納得させようとしているかの様だった。握手を解く事もせず、目を閉じて首を垂れた。それを見ていると、何かこちらも変な気まずさを感じて来た。前世でのあの険悪な雰囲気が頭の中に蘇って来る…。と、顔を上げたグリージャが、そんなバツの悪さを払うかの様に明るいトーンの言葉で俺に言った。

「お前、やる時はしっかりやるじゃねぇかよ!あの会社でのモタモタぶりは何だったんだよ!騙しやがって!」

 呆れた様な苦笑いをしていた。両手を腰に当てると軽く空を仰いで

「いつ俺の事が分かったんだ?ハラシ村の時か?」

「いえ…」俺も軽く笑って「ドーナを間違って進化させた時。あの夜、課長が俺の名前とあの口癖を言ったでしょ。こっちこそ心臓が止まるかと思った。何であの人がここに居るんだ、って…」

 グリージャは全てを悟ったかの様に半笑いしながら、俺に尋ねた。

「お前はこの後どうするんだ?前世に帰るのか?」

「具体的には決めていませんが、この世界からは去るつもりでいます」

 それを聞いたグリージャは大きく息を吐くと、サバサバした口調で

「そうか、まぁ、いいや。これで目標は達成したんだ。やっと前世に戻れる。魔石を手に入れて…」

 とここまで言ってから、急に真顔になって騒ぎ始めた。

「そうだよ!魔石だよ、魔石!どこにあるんだ ! ? 言われた通りラスボスドーナを倒したんだぞ!どうすれば手に入るんだ ! ? 」

 グリージャの急の質問を聞いたスタンとサンディは、改めて魔石の件を思い出したかの様に顔を合わせた。

「ドーナの大将を倒したら手に入るとは聞いていたが…」スタンが少し困惑気味に「具体的な入手方法はな…。ドーナを倒す事だけに集中して来たからな。考えてみれば、魔石をどうこうというのはあまり頭に無かったな…。サンディはどうすればいいか、知っているか?」

 スタンに訊かれたサンディは、こちらも冴えない顔をして、首を振った。

「ううん…。私も何が何でも手に入れたいとまでは思ってなかったから、半分は噂程度で聞き流してたよ。兎に角ドーナをやっつけて、世界が平和になればそれで良かったから…。石はオマケで、貰えたらそれでいいや、みたいな感じで…」

 そう言えば、マルルも含めて三人とも魔石を手に入れても特に大きな願いは無い、みたいな事を言ってたな。でも、こっちからして見れば、魔石を入手出来るか否かは重大な問題だ。言ってしまえば、魔石を獲得する為にここまで頑張って来たんだ。特にグリージャにとっては死活問題と言ってもいい。今更分かりませんで済まされるか!

「ドーナの体内に隠されているんじゃないかな?」

 俺が黒焦げのドーナの死体を見ながら言うと、グリージャは

「あの中か ! ? クソッ、絶対に見つけ出してやる!」

 と言って、変わり果てたドーナの亡骸に飛びつき、灰と化した巨躯を狂った様に引っ掻き回し、魔石を探し始めた。俺も一緒になって、灰の塊の中に両手を突っ込み、ボロボロの屑を掴んで石の感触が無ければ払い、また手を突っ込むという作業を繰り返した。そんな俺達の尋常じゃない様子を見ていたスタンとサンディも、取り敢えず協力する、と言った姿勢を見せて暫くの間大量の灰の中を漁った。だが、何分、何十分と時間を掛けて、全長十メートル近いドーナの灰と化した死体の中を探り続けても、一向に石らしき物体は発見出来なかった。

「全然無ぇぞ!どうこう事だ ! ? 」

 すっかり冷静さを失ったグリージャが叫ぶと、それ程魔石に固執していないスタンが非情な見解を示して言った。

「もしかしたら、一緒に燃え尽きちまったかも知れんな…」

 それを聞いたグリージャの顔がみるみる間に絶望に浸食されて行った。

「何だって…?それじゃあ、魔石は…もう…」

 「あの火炎は俺が今まで見て来た中でも、最大級だった」サバサバと語るスタンは、既に諦めモードになっていた「魔石の成分までは詳しく分からんが、あの火力なら黒焦げになっても、まぁ、おかしくは無いな…」

 この非情過ぎる意見に、俺とグリージャの顔から完全に生気が消え失せた。

「…そん…な…」

 黒い灰の中にガックリと膝を突いて茫然自失状態になるグリージャ。その隣で俺も魂を抜かれたかの様に立ち尽くしていた。

 スタンの見解が当たっているとしたなら、何という残酷な結末。選りにも選って、俺自身の手で最大の目標が文字通り灰燼に帰してしまうなんて…。嘘だろ…、こんな結末…。いや、俺なんかより、グリージャ─課長の気持ちを考えると…。愛する娘さんを救う為に必死になって今まで戦って来たのに…。

 俺はもうどうしたらいいのか、完全に気持ちの整理が付かなくなっていた。

 気が付けば俺は、四つん這い状態で意識が飛んだままのグリージャに、もたれる様に覆い被さっていた。自分でも知らない内に泣いていた。

「…課長さん…もう俺を殺してもいいよ…」悔し涙か、やり場の無いやるせなさの表れか、俺は泣きながら喋り続けた「…やっぱり俺はこの世界でも役立たずのカスだった…。どこに転生してもバカな古井のままだったんだ…生きている価値も無ぇ…」

 これを見ているスタンとサンディは何の話かと思っただろう。でも、そんな事今はもうどうでもいい。俺の慟哭は止まらなかった。

「アンタの唯一の希望を、この手で握り潰してしまったんだ…。最悪だよ…最低だよ、俺は…。もう、アンタの気の済むまで、どうにでもしてくれ…。いや、殺してくれ…。お願いだ…」

 グシャグシャに泣き崩れながら語り続ける俺に、サンディが寄り添って声を掛けて来た。俺がショックのあまり気が変になったと思ったらしい。

「ねぇ、どうしちゃったの?ゲイル。大丈夫?」俺の背を摩りながら、心配そうに顔を寄せて来た「せっかくドーナを倒す事が出来たのに…。そんなに石が欲しかったの?ゲイル達の願いが何だったのかは知らないけど、私に出来る事なら何でも協力してあげるよ。だからそんなに落ち込まないで。元気出してよ、ねぇ…」

 必死に慰める彼女の声も段々物悲しく切ない響きに変化して行った。その声につい釣られて、何気なくサンディの方に視線を移した俺は、ハッとして目を凝らした。

 微かな緑色の光!

 それは、サンディの上半身を覆っている衣の内側から発せられていた。俺は迷わず目の前にある二つのたわわな丘の谷間に手を突っ込むと、夢中で指を弄りながら狭い範囲で輝く光体を探した。無我夢中になって動かす指先に硬い物が触れる。あった!引っこ抜いた俺の手には緑色に光り輝く小さいサクランボ程の石が握られていた。

 次の瞬間。

 バシーン!!

 強烈な一撃が俺の横っ面に炸裂した。目から火花が飛び散る程の衝撃。吹っ飛ばされた俺が顔を上げると、顔面を真っ赤にして、両手で胸を庇う様に隠したサンディが、これ以上無い恥じらいを込めた表情で、信じられないと言わんばかりに俺を睨みつけていた。

「なっ…、何すんのよ、ゲイル!バカ!このスケベ!変態!」

 「ちっ、違う!待ってくれ!」俺は怒り狂うサンディに、取ったばかりの石を見せながら、必死になって言い訳をした「これだよ!この石!これが君の衣服の中にあったんだ…」

 俺の弁明が終わらぬ内に、後ろからグリージャの手がニュッと伸びて来て、アッという間に俺の手から石を奪い取った。そしてそのまま両手で石を掴むと、穴の開かんばかりに眼を開いて、無言の状態で思わぬ収穫物に視線を注ぎ捲った。頬を抑えながら彼の手の上で光る緑色の石を見つめる俺の肩越しから、スタンが覗き込む様な形で顔を伸ばし

「話に聞いていたのとほぼ同じ形状だな。例の石で間違い無いんじゃないか?」

 と俺達を安堵させる鑑定を下した。そして胸を庇ったままのサンディの方を向き

「君がドーナに呑み込まれて、体内で必死に藻掻いている内に、奴の体内に隠してあった石が衣服の中に入り込んだのだろう」

 と推測した後、感謝と半ば皮肉の混じった笑みを見せて

「大活躍じゃないか、サンディ。ドーナに決定的なダメージを与えた上に、大事な石まで奪い取って来たんだからな。ゲイルとグリージャは今後君に頭が上がらないだろうな」

 そう言ってからニャッと笑った。それを聞いたサンディは若干照れた様な笑みを見せたが、俺をチラッと見た後、少し唇を尖らせて

「もう…、バカ…」

 と敢えて冷たさを装った素振りを見せ、小さく呟いた。

「悪かったよ…」俺は頭を掻きながら「必死に探していた物が目の前にあったから、つい…。それより慰めてくれて有難うな。最後まで色々気を遣わせて申し訳ない…」

 そう言って頭を下げると、サンディは漸く機嫌を直して

「い、いいよ、もう…」と照れ臭そうに言って、多少の恥じらいを残しつつ、いつものサッパリした感じを取り戻して「私の方こそあんな事しちゃってゴメンね。でも、ゲイルが悪いんだよ。いきなり手なんか突っ込んで来て…。ビックリしたよ。本当に頭がおかしくなったと思っちゃった」

 と軽く笑ってからスタンに向かって

「それより早く村に戻ろうよ!ドーナを倒して石も手に入れた事だし。それに体中ベタベタで気持ち悪くてしょうがないんだ。早く体を洗ってサッパリしたいよ!」

 スタンも肩の荷が降りたといった感じで明るい笑顔を見せた。

「そうだな。もうここに長居する事も無い。皆、本当にお疲れ!そして有難う!今夜は盛大に祝おう!そして全てを忘れてたっぷり休んでくれ!」

 そう言って皆に労いの言葉を掛けると、疲れを感じさせない足取りで、満足げな表情を湛えながら村に向けて歩き出した。サンディも全身に充実感を滲ませ、スタンの後に付いて歩を進め、戦場を後にした。

 俺はゆっくりと立ち上がると、依然として緑色の光の前に固まったままのグリージャの片手を取り、これまたゆっくりとした動きで彼を立ち上がらせた。漸く石から目を離したグリージャは、半笑いの何とも形容し難い顔を作り

「上げて落としてからまた上げる。最後の最後まで、ホント疲れさせてくれるよ。こんな演出、一切望んで無いんだけどな…」

 と言って心底疲弊し切った様子を見せると、先を行くスタン達の後を追い掛ける様にフラフラと歩き出した。俺は軽く走って彼に追い着くと、その肩に手を回した。そのまま二人の転生者は左右にヨロけながら歩く酔っ払いの様な足取りで、奇妙な凱旋パレードをしながら村への帰途についた。

「気心の知れた戦友みたいな感じで素敵ですね」

 体調が回復して村の人口で出迎えてくれたマルルの言葉を聞いた俺達は、お互いに満更でもないと言った笑顔を作り、顔を合わせて笑い合った。





 

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