第6話 失策

 途中までは良かったのだ。イヤ、終わりを迎えるまでは、ほぼスタンの作戦通りに事が進んでいた。


 マルルの導きの元に、森を抜け草花の咲き乱れる広地で番のドーナと対面した俺達は、即座に討伐を開始した。雄ドーナは六、七メートルはある大きさで、灰色の体を先のドーナ同様ヌラヌラとした粘液が覆っていた。凶暴さ全開の物騒な顔の上には、鋭い角が二本突き出していた。雌の方は雄に比べ2メートル程上背が足りず角も生えていないが、狂気と残酷さを湛えた顔付きは雄に一歩も引けを取っていなかった。

 いつも通りに斬り込み隊長のサンディが雄ドーナに突進してその巨体を突き捲り、俺が威力を調節した火炎砲で彼女を援護する。一方でスタンとグリージャは雌ドーナと対峙し、冷凍波を使っての足止め作戦を開始した。

 だがグリージャの冷凍波が思った以上にドーナに命中しない、というか狙って当てられない。相手も動いているのだから当然と言えば当然だが、グリージャが初の実戦で力んでいるのか、中々雌ドーナの動きを止められないでいる。

「グリージャ、落ち着け!よく狙って!」

 スタンが雌ドーナの気を引きながら指示を送る。聖剣の効力で体力が向上しているとは言え、敵の注意を全て自分の方に引き付けるのだから、かなりのハードワークだ。

「言われなくても分かっている!クソッ、何で当たらねぇんだ ! ?」

 焦りのせいもあり、更に冷凍波の命中率が低くなる。下手に長引くと作戦全体に多大な支障を来す事になる。

「何よ、アイツ。口ほどにもないじゃない!」

 雄ドーナの周りを飛び跳ねながら、サンディが呆れた様な口調で吐き捨てた。

「最初は誰でも不慣れなモンだ。スタンが上手く援護するから心配するな。それより余所見してるとやられるぞ!」

 俺が火炎砲を撃ちながら注意するとサンディは

「フン、アイツと一緒にしないでよ!」

 と強気な物言いで切って捨てた。

 予想以上に時間を掛けてしまったが、何とか雌ドーナの体温を下げ動きを止める事に成功すると、スタンが休む間もなく俺達の雄ドーナ攻撃の方に加わった。

「待たせたな!サンディ、コイツの弱点は ! ?」

「ゴメン、攻撃能力の方は曝け出せたけど、思ったよりしぶとくて弱点の方がまだ…。もう少し待って!」

 必死にヒットアンドアウェーを繰り返しながら、サンディが弱点を見極めようとする。こちらも時間は掛けられない。早くしないと雌ドーナの体温が上昇し動きが回復するからだ。グリージャが冷凍波で追撃する事が出来れば時間を稼げるが、国王軍時代とは勝手の違う戦闘ですっかり疲弊してしまったのか、両手を腰に当て棒立ち状態になっているため、これ以上の働きは望めない。

 そうこうしている内にサンディが

「お待たせ!弱点は左胸部で、口からの酸性液と角からの粘液が武器!時々体中からガスも発するから気を付けて!」

 と、俺とスタンに伝えた。

「ご苦労さん!後は任せてくれ!」

 スタンがそれに答えて、聖剣を構えドーナに向かっていった。

 手間どいながらも作戦は順調に進んでいた。スタンの聖剣が雄ドーナを貫き、俺の火炎放射がその巨大な死骸を焼き尽くす。もう一匹残っているとは言え、この時点で信じられぬ結果がおとずれるとは、これっぽっちも予想していなかった。

 だが厄害は突然訪れる。俺が階段から転げ落ちた時と同じ様に…。

「ギリギリだな。丁度奴が仮冬眠から目覚めた様だ」

 雄ドーナの完全焼却されると同時に、雌ドーナが再び行動を開始した。スタンが檄を飛ばす。

「体力的にキツいかも知れんが、雄に比べれば仕留め易い筈だ。辛い所は助け合って最後まで乗り切ってくれ!」

「大丈夫よ!まだまだ行けるから!」

 疲れた様子を微塵も見せずに、サンディが雌ドーナに斬り掛かる。この後のいつもの流れの中で、最悪の事態が到来する事を誰が思い描いただろうか?

 スタンの聖剣で急所を剔られた雌ドーナが、地響きを立てて崩れ落ちる。そして俺が仕上げをするべく、横たわる化け物に近付き、いつも通り強力な炎でその死骸を包み込んだ。

 メラメラと火柱が上がり、ドーナの巨体が赤い炎で染められて行く。炎に照らされた一同の顔に、安堵の表情が浮かび始めた。離れた木陰で見守っていたマルルも、ホッとした様子を見せながら姿を現し、ゆっくりと俺達の方に歩み寄って来た。

 だが、この勝利の余韻は次に起こった信じられない事態で一変に吹き飛ばされる。

 真っ赤な炎を纏って燃え続けていたドーナの巨体が僅かに動いた、様な気がした。

「 ! ? 」

 誰もが気のせい、と思った。

 次の瞬間!

 グゥオォォォォッ!!

 燃え盛る炎の中から、死んだ筈のドーナが勢い良く立ち上がり、天地を裂く様な咆哮を轟かせた。その姿はたった今倒したばかりのドーナとは、明らかに異なる姿をしていた。身の丈が倍以上に大型化し、体の色も更に濃く変化していた。何よりその顔付き。倒す前も充分凶暴さを秘めた面影をしていたが、それに残酷さを加えた、鬼も裸足で逃げ出す程の恐ろしい面構えに変わっていた。

 驚愕の余り、全員が固まった状態で立ち尽くしていた。だがスタンの大きな声の指示で一斉に我に返った。

「退散だ!全員森の中に逃げ込め!」

 そう叫ぶと素早くマルルを抱きかかえ、グリージャの手を引っ張り、木々の生い茂る方角に向かって走り出した。俺とサンディも必死の形相ですぐ後に続く。ひたすら走った。後ろを振り返る間もなく懸命に走った。初めて体験する恐怖だった。

 どれくらい森の中を走っていただろう。誰からともなく立ち止まると、全員が暫くの間ショックと恐怖に満ちた表情をしながら、無言で荒い呼吸を続けつつ、必死に現状を理解する事に務めていた。

「追っては来ない様だ…」

 辺りの気配を見ながらスタンが言った。今までに見た事の無い程憔悴している様子だった。彼に限らず誰もが生気を失っていた。

「どういう事だ…?」グリージャが呻く様な声で「仕留めたんじゃなかったのか?何で奴は生き返ったんだ…?」

「ともかく今は」スタンが疲れた表情をしながらも声の張りだけは失わずに「一旦村に戻ろう。そして心と体を落ち着けて少し休んでから、また討伐を検討しよう」

 そう言ってフラフラと先頭に立って歩き出した。全員が最悪の事態に動揺を隠しきれない状態だった。

 だが、この後これより更に最悪なインパクトが俺を襲う事になる。俺はあの時受けたショックを生涯忘れないだろう。

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