第5話 その男

 ストレートに伸ばした金髪がライトブルーの細く切れた瞳を覆う感じで垂れ下がり、後方はうなじを隠す様に肩まで伸ばされている。その金髪の隙間から覗く鋭い視線には、プライドの高さと何処となく相手を見下す気配が感じられた。

 スラリとした長身を白いマントに包んだグリージャと名乗るその男を見た時、何故か俺は素直になれない、何かが心に引っ掛かる様な複雑な気持ちを抱いた。


 転生後、初のドーナ討伐を体験した俺は、次の日隣の村のある地域で猛威を振るう新手のドーナを倒すべく、パーティーの仲間と共に早朝にこれまで滞在した村を出発した。その際にスタンが

「詳しくは村に着いてから話すが…」と前置きしてから「実はメンバーを一人増やそうと思っている。ラスボスのドーナまで後一息だが、確実に成果を上げる為に戦力の強化が必要だと思ってな」

 と話し出した。俺達が向かう次の村に取って置きの人材が居るという情報を掴んだ様で、そこで到着次第その人材と交渉を始めるらしい。

「どんな人なの?男?女?能力は?」

 サンディが興味深気に聞くと

「強力な冷凍能力の持ち主で、そうだな…、ゲイルより少し年上の男性と聞いている。まぁ、実際会ってみないと詳しい事は分からんが、情報をくれた人物が言うには、向こうも俺達のパーティーに関心を持って入りたがっているらしい」

 それを聞いたサンディは

「ヘェ、凄いね!私達の噂って彼方此方に広まっているんだ…」

 と驚くと同時に少し得意気な表情を作った。それを聞いた俺は

「これだけ成果を上げていれば、多少は名前も伝わるんだろうな」

 と半ば呑気な口調で言った。この時の俺は明らかに楽観的に構え過ぎていたが、それを長々と話しても仕方ない。先を急ごう。

 その日の昼頃に隣村に着いた俺達は、今まで通り先ず宿屋を決めてから、近くの居酒屋に足を向けた。話に出た新戦力の人物とそこで会見するらしい。

 果たして目的の相手は既に店内の隅に席を取って俺達を待っていた。それが冒頭に話した、長身のスマートな身なりの白人を思わせる男性だった。

「思っていたより早く来たな」

 そう言って席を立ち俺達に近寄ると、スタンと握手をしてから、他の三人の顔にサッと視線を走らせた。そして

「俺はもう加入の準備は出来ている。一刻も早く討伐に加わってドーナを倒したい。次の討伐はいつやるんだ?」

 と待ち切れないといった様子でスタンに聞いた。対照的にスタンが落ち着いた声で言った。

「まぁ、そう急がなくてもいい。こちらとしても加入は歓迎だが、入った以上このパーティーのやり方に合わせて貰いたい。過度な自分本位のやり方は極力控えて欲しいと思っている」

 それを聞いた男が少し眉をひそめた。

「俺の力を抑えないといけないのか?パーティーのやり方とか言っているが、俺の力を存分に発揮すれば楽勝じゃないのか?俺は早くドーナを倒して魔石を手に入れたいんだ。無駄な回り道はしたくないんだよ!」

 するとスタンは落ち着かせるかの様に

「君の急ぐ気持ちは分からないでもないが、俺達は無駄な被害を抑えて、確実に結果を出す事を重視している。自分本位のやり方でパーティーの戦い方を乱されるのは好ましい事ではない。こちらとしては一連の討伐過程の中で、君が効果的に力を活かしてくれるのを期待している」

「何だよ、思ったより窮屈なパーティーだな」半ば呆れた様な且つ小馬鹿にした口調でその男─グリージャ─が吐き捨てる様に言った「期待外れだ。もっと積極的に討伐を進めると思っていたけどな。ドーナを駆除する前にこっちがストレス溜め込んで先に倒れるんじゃないか?そんなやり方でよくここまで来れたモンだな。運が良いだけだったんじゃないのか?」

 それを聞いて露骨にムッとした顔をしたサンディの手を、マルルがソッと握ってなだめた。グリージャは仕方ないと言う様な表情を作って

「まぁ、何だかんだでアンタらが一番ラスボスに近い位置にいるからな。魔石の為には我慢しないと駄目という事か。その代わり」踵を返して背を見せながら顔だけ半分こちらに向け「やるなら出来るだけ俺の能力を活かせる作戦を立ててくれよ。せっかくメンバーの一人になったんだ。終わってみれば脇役程度の活躍だったなんて事になったら、わざわざ参加した意味が無いからな」

 と言いたいだけ言うと、サッサと居酒屋から出て行った。その姿を苦々し気に見ていたサンディが

「あんなの加えて大丈夫なの?」

 とすっかり不機嫌になった口調でスタンに疑問を向けた。スタンは意外とサッパリした表情で

「まぁ、最初はな。色々と意見の食い違いはあるさ。それに関してはしっかりと話をしておく。それでキチンと結果が出れば自然と理解は深まる。心配するな」

「そうかなぁ…?」

 納得しかねる感じのサンディにマルルが

「あの方の扱いに関しては隊長に任せましょう。それよりお昼を食べて、少し休みませんか?この村は湯治場として有名らしいですよ」

 と言って話題を変えた。それを聞いたサンディは

「…そうだね。今は気にしてもしょうがないか。よし、マルル、二人で美味しい物でも食べてゆっくりお湯に浸かろう!スタン、先に行っててもいい?」

 と明るさを取り戻してスタンに聞いた。

「あぁ、いいぞ。夜に宿屋で作戦会議があるから、それまでゆっくり楽しんで来い!」

 女性二人が外に出て行くのを見送った後、俺はスタンと店内の隅の席に着いて、軽いアルコールを摂りながら、一癖ある新人について話をした。

「情報によるとな」スタンがジョッキから一口啜りながら「俺と同じくかつては国王軍に所属していたが、そこの上官と揉めて辞めた後、狩人とかをやりながら基本ブラブラしていたらしい。まぁ、それに関しては大した重要ではない。注目したいのは彼の持つ超常能力だ」

「冷凍攻撃と聞いたが、どんな攻撃方なんだ?」

「君の火炎攻撃の氷版と思って貰えればいい。氷の槍を放ったり、強力な冷気で敵を包んで凍らせたりする事が出来る」

 確かに相手は爬虫類の化け物だから、その体温を下げる能力は効果的な武器になるだろう。

「ただあくまでも仕入れた情報によるとだが、威力の最高値を10だとすると、彼の能力は8~9止まりらしい。それでも並の能力者よりは遥かに強力だが」

 まぁ、あの態度や言動からして一途に鍛練に打ち込むタイプとは思えない。あくまで個人的主観だが。

後、正式には冷凍能力を発する物質の力を自在に使いこなす能力、と言った方が正しい。この世界の北の地方のみに存在する冷凍効力を秘めた粘土状の物質があり、国王の承認を得た一部の業者によって各地に供給されているが、電気の存在しないこの世界ではかなり重宝されているらしい。そしてこの物質を身に付ける事によって、各種の冷凍能力を発動出来る超常能力者がおり、グリージャはその中の一人であるという訳だ。

「彼の左の二の腕に青い玉の付いた腕輪がはめてあっただろう。あの玉の中にその冷凍物質が入れてあって、彼の能力の源になっている。冷凍能力を持つ者定番のアクセサリーという訳だな」

 今回彼を加入させたのにはパーティーの戦力強化もあるが、この周辺に根城を構えるドーナとも関わりがあるらしい。

「ここのドーナは番(つがい)で常に二匹揃って行動しているという情報を聞いてな」スタンが残り少なくなったジョッキの中身を一気に飲み干してから「二匹まとめて相手にするには、今までの三人だとかなりキツい。一人増やして、それが冷凍能力の持ち主なら攻略の難易度も下がる。具体的な作戦内容は今夜話すが、幸いグリージャも同じ宿屋と聞いているから、会議を進めながら少しでも交流の機会を増やした方が良いだろう」

 共にジョッキを空にして立ち上がると

「君も入浴して来たらどうだ?ここは混浴らしいぞ」

 とスタンがワザとらしくニヤけた表情を作りながら言って来たので

「そんなら二人で行こうか?あの娘達と一緒に裸の付き合いでパーティーの絆を深めるのも良いかもな」

 とこちらも悪ノリして返すと

「あの娘達にスケベ親爺認定されてパーティー解散だな」

 と言って明るく笑った。

 二人でしょうもない会話をしながら居酒屋を出ると、まだ陽は明るく村は行き交う人々で賑わっていた。だが、何処かに外敵に怯えている様な雰囲気も漂わせているのが同時に感じ取れた。

「ここのドーナを倒せば、また目標に大きく前進か…」

 魔石をゲット出来る範囲まで迫っているという、良い意味での緊張感と共に、知り合ったばかりの気の合う仲間と別れる事に対する心残りも、頭の中に僅かながら存在していた。

 少し複雑な気分を抱えながら、俺はめぼしいランチを求めて村の中をブラつく事にした。


 その日の夜に新メンバーを含めたパーティー五人が宿の1室に集合した。スタンを中心に席を占めたレギュラー陣に対し、グリージャだけが少し離れたベッドの上に気怠そうに座り、興味半分の表情でこちらを見ていた。

「次のドーナ攻略のカギは効率的な分断だと考えている」スタンがテーブルの上にある紙に具体的な図を書き込みながら「二匹の番(つがい)で強力なのは雄の方で体もデカイが、雌も凶暴で侮れない。二匹を切り離して個別攻撃で倒すのが、現状の俺達の戦力を考慮した場合一番確実なやり方になるだろう。まずパーティーを二手に分ける。ゲイルとサンディは雄に対していつも通りのやり方で弱点と能力を曝いてくれ。そしてグリージャ」ここでベッドの方に顔を向けて「俺と君が雌の担当になるが、君の役割は冷凍能力で雌の動きを一時的に止める事だ。俺が援護して君が雌の攻撃を受けない様に相手の気を引くから、その間冷波を浴びせ続けて、雌ドーナを仮冬眠状態に追い込んで欲しい。雌の動きが完全に止まったのを確認してから、俺が雄攻撃に加担してこれまでのやり方でトドメを刺す。それが済んだら全員で雌ドーナへの攻撃に移る」

 それを聞いたグリージャが、納得しかねないと言った感じで

「そんな面倒くさいやり方しなくても、俺が二匹まとめて氷漬けにすれば楽勝だろ」

 と不機嫌そうに意見をぶつけた。それに対してスタンは落ち着いた口調を変えずに

「気を悪くしたら申し訳ないが、君の力がどれ程のモノか、まだ我々は完全に把握していない。仮に君が言う通りの威力があったとしても、巨大なドーナを二匹まとめて秒殺するのは流石に不可能だ。体の小さな方の雌ドーナに冷波を浴びせる方が、現実的に一番確実な討伐方法だ」

 グリージャが不満気に声のトーンを上げた。

「俺を過小評価しているのか?お前ら全員の能力を全て理解している訳ではないが、技の強力さでは俺が一番の筈だ。昔いた国王軍の仲間だって認めてくれた。それなのに何でコイツらの手助けに徹しないといけないんだ ! ?」

 中々納得する気配のないグリージャに俺が

「君の能力が実際のドーナにどれ程の効力があるかまだ分かっていない状態なんだから、手堅くやるならスタンの言う通りにやった方が良いと思うぞ」

 と言うと、グリージャは鋭い目付きを俺に向けて

「お前如きに俺の能力の何が分かるんだよ!偉そうな口をきくな!」

 と激しく噛み付いて来た。

「エラそうなのはアンタの方でしょ!」サンディが強い口調で「このパーティーはスタンを中心に皆が協力して成果を上げて来たんだから!アンタの思いのままに動かせるパーティーじゃないのよ!少し自重したらどうなの ! ?」

 グリージャの荒々しい物言いに僅かな見下し要素が加わった。

「下っ端能力者だらけだから、協力しないとドーナを倒せないんだろ?俺の様な能力の強い者が加われば一撃で片を付けられるんだよ。そんな事馬鹿でも理解出来きると思うけどな」

「巫山戯たこと言わないで!」サンディが紅潮した顔にありったけの怒りをにじませながら「何の実績も無い初見さんが威張れる程楽な仕事じゃないのよ!力を合わせて一緒に頑張れない人なんて、居ても迷惑になるだけ!討伐を成功させたいのなら、もう少し協調性を持ちなさいよ!」

「糞みたいなパーティーだな」グリージャが心底ウンザリした様な表情を見せて「こんな有様でいつになったらラスボスを倒せるんだ?最も早く魔石を手に入れる可能性のあるパーティーだと聞いていたのにな。信じられんぜ」

 この上なく嫌な雰囲気が室内を支配した。そんな中、穏やかで透き通った声がこの重い空気を洗い流した。

「グリージャさん…。何故魔石の獲得をそこまで急ぎたがるのですか?急がなければならない理由があるのでしたら、お伺いしたいのですが…」

 マルルの素朴な質問に、グリージャの表情が一瞬固まった。傍若無人な振る舞いに僅かなぐらつきが見えた。

「そ、そんな事アンタには関係ないだろ!急ぐ事がそんなに悪い事なのか ! ?」

「いえ。理由次第では隊長も別のやり方を考えてくれるかも知れないと思ったので…。そんなに隊長の作戦に不満があるのでしたら、獲得を急ぎたい理由を話して、相談されてみるのもよろしいかと…」

「戦法を根本から変えるのはかなりの犠牲を伴う危険性があるが…」スタンがしかめっ面をしながらグリージャに向かって「そんなに早く討伐を進めたい理由があるのなら、取り敢えず一旦は聞こう。でも君の要望を全て叶えるという訳にはいかない。こちらにも譲れない範囲があるからな」

 苦虫を噛み潰した様な顔で、暫く黙っていたグリージャだったが

「今回はアンタの指示通りにやってやる。だが上手く行かなかったら、やり方を改めてもらう」

 と忌々しそうに言い放つと、荒々しく部屋から出て行った。

「まぁ、皆気にするな」スタンが元国王軍で部下を管理していた貫禄を見せ、何事も無かったかの様にサッパリした口調で「皆は作戦通りにやってくれればいい。彼を納得させるにはまだ少々かかりそうだが、そこはしっかり教え込んでおく。今日はもう寝て体力を養っておいてくれ。明日早朝にここを出発する」

 不機嫌さ全開のサンディの肩をマルルがやさしい笑顔で抱きながら、二人揃って部屋を出て行った後、俺も細部の確認を済ませ自室に戻った。

「スタンも大変だな…」

 彼の気苦労を心の中で労りつつ、前世のあの糞課長より遥かに有能な上司の下で働ける事に感謝しながら俺は眠りについた。

 そしてその24時間後に絶望的な悪夢に苛まれる事になるとは、俺はこの時不覚にも全く予想していなかったのである。


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